AirPodsの「聴力支援機能」で広がる新たな可能性

AirPodsの「聴力支援機能」で広がる新たな可能性

最も身近なイヤホンが実現する「機能」の意義
村上 タクタ : 編集者・ライター
2024/11/29 8:00

AirPods Pro 2に、聴力が不自由な人をサポートする『ヒアリング補助機能』が搭載された(筆者撮影)
AirPods Pro 2に、聴力が不自由な人をサポートする『ヒアリング補助機能』が搭載された(筆者撮影)

若い頃には気が付かなくても、人の能力というのは徐々に衰える。40代、50代になると、若い頃のようにさっそうと走ることはできなくなり、目も徐々に衰える。もちろん、聴力も衰える能力のひとつだが、何しろ当人は聞こえてないのだから、衰えに気付きにくい。おばあさんや、おじいさんに話しかけても、なかなか気付いてもらえない……という経験は誰しもあることだろう。しかし、自分はどのぐらい聞こえているのだろうか?

AirPods Pro 2に、新機能として『ヒアリングチェック』『ヒアリング補助機能』が追加されたので、難聴に悩む友人の助けを借りて試してみた。


外部音取り込み機能がさらに進化


アップルのAirPods Pro 2やAirPods 4にノイズキャンセリング機能が付いていることは多くの方がご存じと思う。ノイズキャンセリング機能をオンにすると、周囲の音の音量が『スッ』と下がって静寂な空間に包まれる体験は、周囲の雑音のストレスから我々を守ってくれる。

この機能は、AirPodsの外部についたマイクが周囲の騒音を感知し、それと逆位相の音を出して、音の波を打ち消し合て騒音を聞こえなくするという仕組みによって実現している。

また、ノイズキャンセリング機能を使っている時に周囲の人と会話するために、『外部音取り込み』『適応型オーディオ』という機能も設けられている。これらの機能は、ノイズキャンセリングで周囲の音をキャンセルしている時に、人の声だけを拾って、内部のスピーカーで再生することで実現している。

では、この機能を強化したらどうだろうか? 遠くの音を聞く『超聴力』というのも実現するのではないだろうか?


AirPods Pro 2で、『ヒアリングチェック』してみよう


などと思っていたら、アップルがその機能を実装してきた。実装されたのは、『超聴力』ではなく、『音が聞こえにくい人をサポートする』というヘルスケア機能。

我々は若い時からイヤフォンで音楽を聞いてきた最初の世代で、大きな音で音楽を聞き続けると『イヤフォン難聴』という事態が発生すると言われている。我々は上の世代よりも早くから難聴になる可能性があるのだ。

実際に、難聴というのは初期には気付きにくいものらしい。健康診断で『ピーピー』という音を聞く診断はあるが、筆者はこれまであまり気にしてこなかったのだが、AirPods Pro 2の『ヒアリングチェック』を試したみた。

この機能は、iPhone(またはiPad)と組み合わせて使い、健康診断と同じような『ピーピー』という音が鳴ったら、iPhoneの画面をタップするという方法で行う。筆者も試してみたが、『ピーピー』という音がかなりかすかになる領域までテストされるので、かなり静かな場所でやらないと、周囲の音も気になると思う(ノイズキャンセリングがあるとはいえ)。最後には、自分の呼吸音なども気になるぐらいなので、テストは夜の自宅などで行うのがよいと思う。

異常があれば、『ヒアリング補助機能』が動作するのだが、筆者は『異常なし』という結果しかでなかったので『ヒアリング補助機能』のテストはできない。

筆者の結果。右が7dBHL。左が3dBHL。dBHLは「デービー・エイチ・エル」と読み、デシベルとヒアリングレベルを合わせた単位。若い健常な人のいちばん聞える状態を0dBHLとして、26dBHL以上を軽度難聴、41dBHL以上を中等度難聴とするという(筆者撮影)
筆者の結果。右が7dBHL。左が3dBHL。dBHLは「デービー・エイチ・エル」と読み、デシベルとヒアリングレベルを合わせた単位。若い健常な人のいちばん聞える状態を0dBHLとして、26dBHL以上を軽度難聴、41dBHL以上を中等度難聴とするという(筆者撮影)
そこで、AirPods Pro 2のこの機能をレポートするために、難聴の友人に協力をお願いすることにした。

現在のところ『ヒアリングチェック』と『ヒアリング補助機能』が使えるのはAirPods Pro 2のみ。ファームウェア バージョン7B19以降にアップデートする必要がある。AirPodsのファームウェアは、手動でアップデートできず、無線LANに繋がるiPhoneと一緒に置いておくと、いつの間にかアップデートされるという仕組み。iPhoneは、iOS 18.1にアップデートする必要がある。


『難聴』にも、さまざまな症状がある

取材に協力してくれたのは、ライター仲間の飯塚敦(はぴい)さん。累計1万食を食べ歩いたというカレーライター、フードジャーナリストで、テレビ、ラジオなどでも活躍中だ。

テック系の記事も書かれるので、よく取材などでご一緒するのだが、最近『中等度、高度の難聴になって、補聴器を作った』との話を聞いていた。取材時も、ちょっと聞きづらそうにしてらっしゃるし、多くの人がいる発表会などではつらそうにされていたので(補聴器が音を強調するので、雑音が多い場所はつらいらしい)心配していたのだ。

アップルの『ヒアリング補助機能』は補聴器とは違って、軽・中度の難聴の場合に『ユーザーによる補聴のための音の増幅に関する設定を行うために使用される家庭用のプログラム』となっており、『管理医療機器』としての認定を受けている。しかし、本来、飯塚さんのような中等度、高度の難聴の場合は、医師による診断を受けるべきで、飯塚さんもそうされている。

今回は、あくまで取材として、AirPods Pro 2のヒアリング補助機能を利用してもらって、どの程度の効果があるのかを聞いてみるという意図のために試用してもらったことをご理解いただきたい。また、『難聴』といっても、原因も症状もさまざまなので、もし、ご自身で「難聴かな?」と思ったら、ぜひ医療機関の診察を受けていただきたい。

『ヒアリングチェック』中の飯塚さん。ヒアリングチェックはかなり静かな場所で行う必要がある(筆者撮影)
『ヒアリングチェック』中の飯塚さん。ヒアリングチェックはかなり静かな場所で行う必要がある(筆者撮影)

飯塚さんは、若い頃のアクシデントで右耳が聞こえづらくなったそうだ。衝撃を受けてすぐは大丈夫だったのだが、長い時間が経つうちに徐々に聞こえにくくなったという。特に低音が聞こえないとのこと。対して、左耳は医師の診断によると心因性のものらしい。ストレスを受けたことが原因で難聴になったそうで、音程が半音ズレて聞こえたりとやっかいなものだという。音楽を聴いても、すべて音痴な人が歌っているように聞こえるそうで、iPhoneからはMusicアプリが削除されていた。

現在、普段は左耳に医療器具としての補聴器を使っている。価格は約10万円とのこと。会話などは可能になるが、人の声の領域を強調して伝えるので、ツンツンした音になり長時間使うと疲れる面もあるとのこと。音程がズレて聞こえるので、警告音が警告音に聞こえなかったり、左右の聞こえる度合いが違う(右の方が聞こえにくい)ので、音の方向が分かりにくのが困る。たとえば、話しかけられた方向、クルマの来る方向が、音からわからないのは不自由だという。


飯塚さんに、『ヒアリング補助機能』を試してもらった


まずは、AirPods Proの『ヒアリングチェック』をしてもらった。

結果はこちら。右耳が52dBHLで中等度難聴、左耳が65dBHLで高度難聴とのこと(筆者撮影)
結果はこちら。右耳が52dBHLで中等度難聴、左耳が65dBHLで高度難聴とのこと(筆者撮影)

医療機関の診断(右耳が中等度難聴、左耳が高度難聴)と、同じ結果が出たことになる。

次に、『ヒアリング補助機能』を試してもらった。『ヒアリングチェック』をすると、iPhoneの設定画面に『ヒアリング補助機能』のボタンが現れ、それをオンにすると『ヒアリングチェック』で計測した検査結果に基づいて外部の音が強化されてAirPods Pro 2から聞こえるようになる。つまり、低音が聞こえにくければ低音を平常レベルになるように強調してくれるということだ。

そのスイッチを入れた瞬間の、飯塚さんの笑顔が忘れられない。

「おやおや? これはいいかもしれない!」

とにかく音質がいいし、両耳から聞えるのもいいそうだ。

「人によって症状は違うから、一概には言えないかもしれないけどね」とジャーナリストでもある飯塚さんは慎重に言う。「これは相当いいよ。補聴器は聞こえるように人の声の音域を強調するから、聞こえやすいんだけど、長時間使うと疲れるんだよね。これは、自然な感じに聞える。しかも、久しぶりに両耳から自然な感じに聞こえる。わー、欲しいなぁ。買おうかな。こないだ無駄遣いしなきゃよかった。これいくらだっけ? 3万9800円? 補聴器よりはだいぶ安いね」

と、笑顔で矢継ぎ早に語りかけてくれる。

AirPods Pro 2の『ヒアリング補助機能』を使って笑顔になる飯塚さん。かなり快適なのだそうだ(筆者撮影)
AirPods Pro 2の『ヒアリング補助機能』を使って笑顔になる飯塚さん。かなり快適なのだそうだ(筆者撮影)

数日間、日常生活でも使ってもらってから、あらためて感想を聞かせてもらった。

あまりに快適なので、半日ぐらい入れっぱなしにしていたりするという。

人との会話もスムーズになったし、日常生活でもさまざまな音が聞こえるようになって便利になったという。クルマを運転している時もウインカーの音がはっきり聞こえる、緊急車両のサイレンの音も方向がわかる。

※飯塚さんの聴力の場合、警報音などは聞こえるので法制度上、運転免許の取得維持などに問題はない。


従来は、Mapsのナビゲーションの声が周囲の音と区別が付きづらかったのだが、両耳から聞こえるようになると方向性がわかるようになって、運転しながらナビを聞けるようになったとのこと。同様に運転しながらの会話などもしやすくなったのだそうだ。

われわれは日常気付いていないが、左右の音が聞こえて音の方向性がわかる。方向性が分かることで周囲の雑音から、聞きたい音や声が浮き上がって聞こえる。方向がわかるというのはとても大事なことなのだ。


聴力の大切さを知る機会に


『ヒアリング補助機能』は、アップルのウェブサイトでは『軽度、中程度の難聴』をサポートするとのことだが、中等度、高度な難聴を抱える飯塚さんでも十分に効果があったようだ。もちろん、症状もいろいろだし、今後悪化しないのか? など対応が必要な場合もあるだろうから、医療機関の受診は大切。

しかし、「もしかして難聴?」というような、軽度の難聴の場合に、まずはチェックしたりするのにAirPods Pro 2は十分に役に立ちそうだ。

また、音楽の音の最大音量を制限することもできるし、 外部音取り込みモードの時に、難聴の可能性を高める85dB以上の音を制限することもできる(例えば、路線バスや地下鉄で約95dB、ライブイベント会場で約105dB)。これにより、日常から難聴になる可能性を下げることもできるのだ。

AirPods Pro 2を使っている方は、まずは一度『ヒアリングチェック』を試してみていただきたい。大丈夫だったとしても「この聴力を大事にしよう」と今ある聴力の大切さを再確認できるはずだ。

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村上 タクタ  編集者・ライター


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