「あなたは自由です」障害のある弟を持つ東大卒弁護士が語る、きょうだいの生き方 『きょうだいの進路・結婚・親亡きあと』前編

「あなたは自由です」障害のある弟を持つ東大卒弁護士が語る、きょうだいの生き方 『きょうだいの進路・結婚・親亡きあと』前編

「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」
アドラーが言うように、対人関係の悩みは大人になっても尽きません。

しかもそれが自分の兄弟姉妹の悩みだったら……。

同じ家庭環境で育ち、親より長い時間をともに生きる兄弟姉妹。家族であることは逃れたくても逃れられない事実です。
「嫌だったら関わらない」で済まされるのでしょうか?
結婚相手にどう紹介する? 相続はどうなる? そもそも兄弟姉妹って扶養義務はあるの?

5歳のときに3歳下の弟の「聴覚障害」がわかったのは、弁護士の藤木和子さん。「私と弟の将来はどうなる?」「将来は弟をよろしくね、と言われるけど……」「結婚はできるの?」「弟のことはどう説明したらいいの?」など、漠然と抱えていた悩みが、20代後半に現実の悩みとしてドッと押し寄せてきたと言います。

家族への関わり合い方に悩みながら、弁護士として様々な兄弟姉妹の関係に向き合ってきた藤木さんが、法律的な視点から兄弟姉妹の幅広い悩みや疑問に50個回答したのが、2024年3月20日に上梓された著書『きょうだいの進路・結婚・親亡きあと』。時に「家族」という「絆」に縛られてしまう人に寄り添った一冊です。5月17日には、認知症の母・ダウン症の姉・酔っぱらいの父との同居暮らしを連載し、『ポンコツ一家』という書籍にまとめたにしおかすみこさんとの対談イベントが開催されることになったのを記念し、本書に寄せられた兄弟姉妹の悩みを抜粋してお伝えします。
※本書では、障害のある人の兄弟姉妹のことを「きょうだい」とひらがなで表記しています。

障害のある弟を一生世話するのでしょうか

障害のある弟がいます。きょうだいは一生、世話をしなくてはいけないのですか?

相談者 親や周囲から「将来はよろしくね」「きょうだいがいるから安心」と言われます。私は弟とずっと一緒に暮らして、世話や生活費の面倒をみなくてはいけないのですか?

藤木さん NOです! 法律上、親は成人になるまでは子どもの世話をしなければいけませんが、きょうだいは違います。世話(福祉サービスの手続きや見守り、お金の管理などを含む)をするかは、あなたが選べます。弟さんが心配なのはわかりますが、このような言葉がけは×です。

相談者 すごく安心しました! 関わり方も、毎日、月1回、年1回、ほとんど関わらないなど、選べるのですね。

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藤木さん 弟さんには、生活の世話や住む場所は福祉サービス、お金は障害年金や生活保護など、国や市区町村の制度があります。「憲法」の「生存権」の保障は国の責任です。

相談者 そんな制度があるのですね!

藤木さん 今もこれから先も、あなたの幸せと親の幸せ、弟さんの幸せ、全員の幸せが合えば一番ですが、対立したり、調整が必要なこともあると思います。そのときに思い出してほしいのが、「あなたがあなたの幸せを求める権利、自分の人生を自分で選ぶ権利を守ります!」という法律の考え方です。

相談者 私は何かを考えるときの土台に、いつも弟の障害や親の希望があった気がします。簡単には割り切れませんが、一度、土台を取り払って「自分」のことを考えてみようと思います。

親からも兄からも暴力を受ける

親や兄の暴言・暴力から逃げて新しく自分の人生を生きたい! 私は支援を受けられますか?

相談者 親や兄の暴言・暴力にはもう限界です! 実家から逃げて新しく自分の人生を生きたいです。親族や友人には事情を言えません。公的な支援で住むところやお金のことを助けてもらえますか。

藤木さん 福祉事務所に相談しましょう。未成年の場合は児童相談所です。あなたに入る意思があれば、緊急にそのままシェルターなどに入れる場合も。貴重品や身分証明書などはできるだけ持っていきましょう。当面の衣食住などのお金や医療は生活保護で受けられます。安心できる場所で心身を回復させ、これからを考えましょう。

相談者 シェルターの場所は安全を守るために秘密と聞いたことがあります。公的シェルターは連絡や外出の制限があり、民間シェルターは自由な施設もあるらしいですね。

藤木さん はい。公的シェルターや児童相談所では命の危険からの保護が優先されます。民間シェルターは柔軟に受け入れてもらえる傾向にあります。それぞれの生活のルールは守ってください。
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相談者 まずは心身の回復からですが、心理ケアやアドバイスを受けながら、自立に向けて就職先と住む場所を探したり、家事を習ったりしたいです。

藤木さん 応援しています。心身のためには、規則正しい食事と睡眠、身体を動かす、話す(自分で抱え込まずに支援者に相談、おしゃべりする)など、楽しめる時間を大事にしていきたいですね。

家の戸籍から出て、親きょうだいと関係ない戸籍を作れる?

実家の戸籍から出て、自分の戸籍を別に作る制度がある!? 「分籍」について知りたい

相談者 自分の戸籍を作ることができる「分籍」という制度があるそうですが、どんな制度ですか?

藤木さん はい。分籍は親の戸籍に入っている未婚の成人が、親の戸籍から抜けて、独立した自分の戸籍を作ることです。なお、結婚する場合も、親の戸籍から抜けます。自分と配偶者との戸籍になります(親の戸籍から出た後は、元の戸籍には戻れません)。
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相談者 分籍届の見本がインターネット上にありますが、記入するのは、自分の名前、生年月日、住所、本籍、新しい本籍、父母の氏名、続柄(長男など)、そして署名押印だけ。簡単な書類ですね。費用も手数料の数百円のみ。この「分籍」にはどんな意味があるのですか?

藤木さん まず、親の戸籍から出て、自分の独立した戸籍を新しい本籍地(日本国内であれば自由に決められる)に作ること自体に宣言的な意味があると思います(法的に家族関係を解消するものではありませんが)。親に分籍したことを伝えるかどうかは自分の判断ですが、親の戸籍には「除籍(戸籍から抜けること)」「分籍」と記載されるため、親が戸籍を取ったときにはわかります。また、分籍後に結婚等をした場合は分籍後の自分の戸籍だけに記載され、親の戸籍には記載されません。

「あなたがどうするかは自分で決められます」

藤木さん自身も「自由」の本当の意味に気づいたのは、弁護士になってから数年後だったと本書で次のように述べています。

“悩んだ末に、地元の父の事務所で働いていましたが、仕事はやりがいよりも大変さが大きかったです。弟に障害があるから自分が父の跡継ぎとして弁護士にならないといけなくなった、自分が好きで選んだわけじゃない、という気持ちではできない仕事でした。口から出るのは不満の言葉。仕事も、父との関係も、恋愛もうまくいかず、心身の調子も崩しました。
そんな時に、ふとした会話のなかで、先輩弁護士に「毎日、すべてのことは、一つひとつ自分で選択しているんだよね? あなたは自由だよ。誰の許可もいらないんだよ」と言われてハッとしたのです。”
『きょうだいの進路・結婚・親亡きあと』(中央法規出版)より

5歳からきょうだいとして自分の兄弟姉妹と向き合ってきた藤木さんが50個の質問を通して弁護士として伝えたいことは、「あなたがどうするかは自分で決められます。誰の許可もいりません」ということ。

憲法の「個人の尊重(自由)」「幸福追求権」「自己決定権」は、親、兄弟姉妹、障害の有無に関わらず全ての人々が持つ権利であり、結婚や出産、住む場所、進路や職業、家族の世話をどこまでするかなど、全て自分の意思で選べます。

法律は全ての人の自由と幸せの味方です。まずは自分一人や家族だけで抱え込まず、周りに相談してみることで自分自身の自由な権利について考えるきっかけになるかもしれません。

抜粋記事後編「東大卒弁護士が語る「そもそも兄弟姉妹とは?」あまり知られていない相続の落とし穴」では、「じゃあ兄弟姉妹っていったい何?」ということを法律的に解説します。

書籍「きょうだいの進路・結婚・親亡きあと」の表紙画像


●イベント告知
『きょうだいの進路・結婚・親亡きあと』刊行記念イベント
『ポンコツ一家』のにしおかすみこが弁護士・藤木和子にきく
「自分の人生をハッピーに生きる」ための法律講座
5月17日(金)ジュンク堂書店池袋本店&オンラインにて開催!

●イベント情報
開催日時:2024年5月17日(金)19:30~21:00
場所:ジュンク堂書店池袋本店&オンライン(アーカイブ配信あり)
登壇者:藤木和子さん×にしおかすみこさん
※イベント開催中は字幕がご覧いただけます。アーカイブ配信中はトーク内容のテキスト等を公開します。

障害のある人の兄弟姉妹のことを「きょうだい」や「きょうだい児」ということがあります。近年、指摘されているヤングケアラーの課題とともに、「きょうだい」についても、ここ1~2年で特に話題になっており、特有の悩みを抱えた人が多くいます。
好評書『ポンコツ一家』の著者であり、ダウン症の姉がいるにしおかすみこさんと、『きょうだいの進路・結婚・親亡きあと』の著者で、聴覚障害のある弟と育った弁護士の藤木和子さん。
本イベントではにしおかさんが「自分の人生を生きる」ために押さえておきたい法律を藤木さんに学びつつ、きょうだい当事者としての本音を語り合います。

●予定しているトーク内容
・進路選択で医療福祉の仕事は候補になりましたか? 芸人・弁護士になっていなかったら何をしていましたか?
・友人や交際相手、職場などで障害のある兄弟姉妹のことを本当は話したいけれどなかなか話せない!ということはありましたか?
・親亡きあとについて、親にどうやって切り出せばいいでしょう?
(親の高齢化や病気、親に治療や介護などを受けてもらうことも含む)
・家族が世話をできなくなった場合、どうしたら?

<イベント詳細・お申し込みはこちら>
https://online.maruzenjunkudo.co.jp/products/j70019-240517

●登壇者

藤木和子の写真
藤木和子
弁護士(法律事務所シブリング) 1982年生まれ。埼玉県出身。
東京大学卒業。5歳の時に3歳下の弟の聴覚障害がわかり「きょうだい」となる。2010年頃から「きょうだい会」に参加。先輩の体験談からヒントを得るとともに、きょうだい特有の悩みの幅広さと難しさを痛感したことから、きょうだいの立場の弁護士として発信や相談を始める。全国障害者とともに歩む兄弟姉妹の会、Sibkoto(障害者のきょうだいのためのサイト)、聞こえないきょうだいをもつSODAソーダの会などの運営に関わる。ヤングケアラー経験者としても、全国の自治体や学校、団体で講演。弁護士としては家族関係が専門。優生保護法弁護団等に関わる。

にしおかすみこの写真
撮影/大坪尚人

にしおかすみこ
芸人(ワタナベエンターテインメント) 1974年生まれ。千葉県出身。
2007年日本テレビ「エンタの神様」で女王様キャラのSMネタでブレイク。春風亭小朝師匠の指導のもと落語に挑戦。高座名は「春風こえむ」。現在ではテレビ東京「なないろ日和!」など、リポーターとしても活躍。
2023年に刊行した『ポンコツ一家』では、認知症の母、ダウン症の姉、酔っ払いの父という、自身の家族の姿を愛をもって描き話題になった。
趣味はマラソンやベジタブルカービングなど。デジタルメディア「FRaUweb」にて「ポンコツ一家」連載中。

後編「東大卒弁護士が語る「そもそも兄弟姉妹とは?」あまり知られていない相続の落とし穴」はこちら

リンク先はFRauというサイトの記事になります。
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