あらゆる人に寄り添うユニクロでいたい~聴覚障害の社員の思い~

あらゆる人に寄り添うユニクロでいたい~聴覚障害の社員の思い~

現代社会にメス~外科医が識者に問う

 10月上旬、大阪・関西万博で開かれたファッションショーで、シニア世代のモデルがカラフルなユニクロの服を身にまとい、ランウエーを歩いた。満面の笑みを振りまいて。

 医療と衣料を掛け合わせ、高齢者、障害や疾患を抱える人を元気にしたいー。医師の河野恵美子氏が抱き続けてきた思いに、「服には未来社会を明るくするチカラがある」という考えを掲げるカジュアル衣料大手のユニクロが共鳴し、実現したショーだった。

 これまでも、ユニクロと河野氏は協力し合い、入院や介護で役立ちそうな商品を展示会や特設サイトで紹介してきた。そうした企画を、中軸となって引っ張ってきたのが、同社を展開するファーストリテイリングの社員で、生まれつき耳が聞こえない塩田知弘さんだ。あらゆる人に寄り添って服を届けたいと考えいている塩田さんに思いを聞いた。

塩田知弘さん

塩田知弘さん


 ◇障害者も高齢者も、誰も取り残さない

 河野 塩田さんとユニクロとの出会いを教えてください。また、その後のキャリアとご自身の現在のお仕事について簡単にご紹介いただけますか。

 塩田 2011年に住まいの近所にあったユニクロでアルバイトを始め、13年にファーストリテイリングの社員となりました。聴覚障害者の本部勤務は僕が初めてでした。ただ、入社したものの、周りが何を話しているか分からなくて、苦労しました。

 そうした時期に、たまたま、会長兼社長の柳井正さんと話す機会があり、悩みを打ち明けたんです。そしたら、柳井さんから指摘されたんです。周りの人が気付かないような困りごとに気付いているのなら、なぜそれを変えようとしないのかと。そこで気付いたんです。困りごとを解決するためにはアクションが大事なんだということに。それから、だんだんと自分の考え方や、仕事の仕方も変わっていきました。その後、ユニクロの営業部で地域と店舗をつなぐ個店施策チームなどにも携わりました。

 入社してから今まで、仕事の目的やスタンスというのは変わっていないです。ユニクロは、あらゆる人の生活をより豊かにする究極の普段着「LifeWear(ライフウエア)」というコンセプトを掲げています。また、弊社の根底には「MADE FOR ALL(メード・フォー・オール)」という精神があり、誰一人取り残さない社会も目指している。自分は障害者という立場でもあるので、障害者も取り残されることがないよう、社会を変えていきたいと思っています。

 今は社長直轄プロジェクト・ダイバーシティ&インクルージョン推進チームに所属しています。ファーストリテイリングには、従業員が働きやすい環境をつくるため、ジェンダー、国籍、LGBTQ+、障害者という四つの軸があります。自分は障害者に関わる業務を担当をしていますが、あらゆる人という視点で考えたとき、障害者だけに特化するのではなく、それを切り口に高齢者、外国人、LGBTQ+、多様な従業員が働きやすい、あらゆる層のお客さまが買い物しやすい環境をつくりたい。そういう目的を持って仕事をしています。

河野恵美子氏

河野恵美子氏


 河野 ありがとうございます。塩田さんと私は共通の友人を通じて知り合いました。初めて話したのは2021年秋ごろでしたね。そのとき、「医療×衣料」の力で高齢者や病気と向き合う方、介護を受けている方を元気にするプロジェクトを立ち上げたいとお伝えしました。さらに、そのプロジェクトで塩田さんに中心的存在として関わってほしいともお願いしました。

 外科医である私がなぜ「医療×衣料」の力で高齢者らを元気にしたいと思ったかというと、看護学生のとき、訪問した特別養護老人ホームの入所者が全員、同じようなつなぎの服を着てベッドに横たわっていて、衝撃を受けたからです。「自分も年を取ったらこうなるのか」と。その状況を友人に伝えたところ、北欧の高齢者がおしゃれをして施設で過ごす写真を見せてくれて、さらに衝撃を受けました。その状況を何とかしたいと思いながら日々忙殺されて何もできずにいました。

 この思いとプロジェクトについて話したとき、どう思いましたか。

 塩田 2020年10月に、ユニクロ銀座店で視覚障害者の買い物をお手伝いするイベントを行ったのですが、そのことを思い出しました。そのイベントは、目の見えないお客さまから、「ユニクロは人が多過ぎてスタッフがどこにいるのか分からない」といったご意見や、「何年もユニクロで買い物していない」と書かれた手紙をいただいていましたので、それをきっかけに開きました。

 そのイベントを通して、視覚障害がある人にはアテンドのサービスが必要ということが分かりました。服の色を伝えることの難しさやデザインも見られないので、口頭での説明は難しい部分はありましたが、今まで通りの接客スキルでは足りないということが分かりました。ユニクロは店舗ありきの企業。現場から「やるべき」という声が上がったら、基本的には断らないというスタンス。この視覚障害の人に向けた店内での買い物をサポートするサービスは、今も必要に応じて対応できるようにしています。

 河野先生の話を聞いて、来店による買い物には盲点があるということを気付かせてもらいました。お店に来られるのは健康な人が多いということ。そこまで考えたことがなかった。

塩田知弘さん

塩田知弘さん


 ◇医療・介護のプロ集め、展示会

 河野 大阪・梅田のグローバル旗艦店「UNIQLO OSAKA」(25年10月23日閉店)で、21年12月、医療従事者や介護士に向けて、高齢者や障害者、介護が必要な人が着脱しやすい商品、前開きのインナーや軽量のダウンジャケットなどを、機能性・特徴を説明するパネルも使って紹介する展示会を開きましたよね。

 私の「医療×衣料」のプロジェクトを始めたいという呼び掛けに対し、塩田さんが「ユニクロの店舗でイベントを開きませんか」と提案をしてくれたときは、とてもびっくりしたんです。この企画を思い付いた背景を教えてください。

 塩田 高齢者施設や老人ホームにいると、なかなか思うように外出できませんので、ユニクロの店舗に来ていただく機会もないんですね。そうした方々は衣服については家族に任せていると。それを知ったとき、おしゃれが楽しめているのかな、自分の意思で欲しい物が買えているのかなと、もどかしく思いました。こうした問題を、展示会を通して(ユニクロの)本部の関係者にも知ってもらいたいと思いました。

 いろいろ調べるうちに、大阪は高齢者の人口も多いので、大阪の店舗でイベントを開いた方が、説得力も増すのではと思い、やれたらいいなと思ったんです。そこで、営業の責任者や店長に相談したら、やりましょうと言ってくれたんです。

 河野 展示会の反響はどうでしたか。

 塩田 この経験をもとに、ユニクロではお店に買い物に行けないお客さまのため、施設への訪問販売も充実させています。現場のスタッフには、お店に来るお客さまだけでなく、来られない人のためにもという意識が芽生えました。


 ◇入院生活などで役立つ商品、サイトで紹介

 河野 展示会と同じ21年12月にはユニクロは「プロがおすすめする、医療・看護・介護に役立つ工夫満載のアイテム特集」という特設サイトも立ち上がりました。私と訪問介護ステーションを経営している女性が選定した、入院や介護などで活用できる商品を載せています。サイト立ち上げの経緯を話していただけますか。

河野恵美子氏(右)

河野恵美子氏(右)


 塩田 展示会では商品を見てもらうだけでなく、アンケートで評価してもらったのですが、医療従事者や介護士の意見やアドバイスというのは、普段の接客では聞けないものばかり。これを埋もれさせては非常にもったいないと思い、そこで思い付いたのが特設サイトの立ち上げでした。

 河野先生にサイトの監修者になってもらい、今では春と秋の年2回更新し、既存商品の中から高齢、介護、病気の人に適した服を、けがや病気、加齢に伴って、肩が動きにくい、腰が弱くなった、そういった方にも着やすい服を紹介しています。服選びに困っているお客さまだけでなく、従業員にも役立つ情報のものになっていると思います。

 実際、近くに病院がある店舗では、「入院生活に向いている服を探しているのだが」などと聞かれることがあります。そうしたとき、従業員がこのサイトを見て「これには伸縮性があります」などと接客で生かすことができる。

 河野 サイトの更新に向けて、ユニクロから最新の商品が私の元に届くと、それを全てチェックしています。そして、高齢者や障害者に合う・合わないだけでなく、なぜ合うのか、合わないのかという理由を細かくコメントします。服を着させたり、脱がせたりと介護や看護する人も大変なので、そういう視点も伝えます。伸縮性が高いので着脱しやすい、保温性が高いので体温調節機能が低下する高齢者に向いているーなど。いろんなコメントを、文献で調べてデータと併せてユニクロに送っている。

 そうした私が送った細かい情報は特設サイトには載っていないですが、知識としてユニクロにたまってきていると思います。高齢になると、ボタンやファスナーで苦労するのですが、ボタンなどの大きさに改良が見られました。

 塩田 河野先生と介護のプロの方からの商品に対するコメントでは、いろんな気付きがあります。

 このサイト、現在は春夏・秋冬に合わせて、年2回、アップデートされていますが、最初は予算もなく大変でした。サイトを運用し始めたころは、お店に出ている商品から入院や介護・看護に合う物を河野先生たちに選んでもらっていたので、サイトで商品を見て買いに来られたときには在庫がないということもありました。

 河野 そうでしたね。プロジェクトチームがユニクロ内で立ち上がる前は、塩田さんともう一人でサイトも担当していました。ここまで来られたのは、塩田さんの踏ん張りのおかげが大きいと思っています。

 塩田 シニア世代の需要というのを河野先生がユニクロの役員の前でプレゼンしてくださったことがありました。その内容が役員の心に刺さったみたいです。日本は超高齢化社会だが、今後は世界でもそうした国が増える。そうであるならば、日本で好事例をつくろうではないかと。最初は有志による活動だったが、今はチームとして動いています。

塩田知弘さん(左)

塩田知弘さん(左)


 ◇仲間増え、ファッションショー開催

 河野 今年10月3日には大阪・関西万博でファッションショーを開くまでに成長した。私はずっとファッションショーをやりたいと思っていたので、実現してうれしかったです。

 このショーの発端は、万博に先駆けて行われた、新たな産学連携などの創出を狙い、関西の大学が万博のテーマ「いのち輝く未来社会」を連想させる最先端技術やビジネスモデルを提案する発表・展示会「Challenge万博」に私が登壇し、「医療×衣料」などのことをプレゼンしたことでした。これを受け、電気事業連合会から万博で出展するパビリオン「電力館 可能性の卵たち」の屋外ステージでイベントをやらないかと声を掛けてくださった。せっかくの機会なのでユニクロに「一緒に何かできませんか」と相談させていただいたんですよね。


 塩田 このファッションショーにユニクロは協力という形で携わりました。実は最初からファッションショーをすると決まっていたわけでなく、河野先生から「一緒に」とお話をいただきましたが、イベントの方向性が決まらず、悩みました。一番悩んだのは、恐らく僕ではなく、一緒に取り組んでいるマーケティング担当の社員だと思います。何ができるだろうかと、半年くらいかけて話し合いました。

大阪・関西万博でのファッションショーの様子(ユニクロ提供)

大阪・関西万博でのファッションショーの様子(ユニクロ提供)


 当初は、展示会のときのように服をパネルで紹介しようか、とか。主催者は大阪医科薬科大学で、テーマは河野先生が掲げる「『医療×衣料』のチカラ」だったので、高齢者施設に行って、入所者の人たちにユニクロの服を着てもらい、一人ひとりを撮影して、お話を伺って、その内容をパネルにして展示しようかとも考えた。そうしたところ、役員から「もっとわくわくするようなことがしたいよね」とアドバイスを受けた。河野先生が以前から言っていたファッションショーはどうかなと思い、その役員に再度相談したところ、「いいね」と言ってもらった。

 河野 ファッションショーのイベント名は「WEAR LIFE, LIGHT UP THE WORLD―人生をまとう。世界を照らす。―」で、モデルさんは60代以上の12人。このショーを見る同年代の人たちが自身と重ねられるよう、お話を伺いながらその人らしさが出るようスタイリングを決めていきました。人生の先輩である〝レジェンド〟たちが、カラフルなユニクロの服を身にまとい、ランウエーを華やかに明るい笑顔で歩く姿を見て感激しました。すてきな舞台を準備してくれて、さすがユニクロと思いました。

 塩田 最初は自分一人でやっていたところもあったが、今では、いろんな社員が関わってくれていて、いろんな動きが出てきている。ファッションショーに関しては、最終的にはライブ配信もできました。

 河野 ユニクロは世界に配信できるプラットフォームを持っている。全世界の人とスタッフにこのステージを見てもらえれば、「医療×衣料」への理解が深まるのではないかと思い、ステージだけやるのはもったいないと伝えてはいましたが、どういう形になるかは知らなかったので、ライブ配信をすると知ったときはうれしかったですね。

塩田知弘さん(左)と河野恵美子氏

塩田知弘さん(左)と河野恵美子氏


 ◇多様なニーズに対応できるよう意識改革を

 塩田 ライブ配信のコメントなどを分析してみたら、モデルさんの姿に「憧れた」という声や、「ユニクロにしかできないね」という意見もあった。このファッションショーで新しい可能性を見いだしたと思っているので、この次のアクションをどうするか、この取り組みを広げていくにはどうすればいいかを話し合っています。ユニクロというのは、種まきから始め、出てきた芽を少しずつ育てていく会社ですし。

 やっぱりビジネスなので、売り上げを上げるために何をやらないといけないかということも考えなければなりません。それと同時に、高齢者や障害者も含めて、あらゆる層に向けて、もっと一人でも多くのお客さまにユニクロの服を届けるために、何をしないといけないのかも考える。そういう意識改革が課題なのだと思います。

 河野 ビジネスとしてしのぎを削るのはよく分かります。個人的には、ベビー、キッズに向けた服を展開するように、レジェンドに向けたものがあってほしいと思っています。若者と高齢者では体形も身体的機能も違いますし。

 塩田 レジェンドに向けたマーケティングについては今後も考えていかないといけないことだと思います。

塩田知弘さん(左)と河野恵美子氏

塩田知弘さん(左)と河野恵美子氏


 ◇少数派の声も反映させたい

 河野 このプロジェクト、続けるのが大変な時期もありましたが、それを乗り越え、今では周りの従業員も巻き込み、成長しています。それが本当に素晴らしいなと思っています。この取り組みを今後どのように発展させていきたいと考えていますか。

 塩田 カスタマーセンターには毎日たくさんの意見が届きます。でもそうした届く声というのは多数派が多いんです。障害者や高齢者の声というのは、なかなか上がってこない。もちろん、多数派の声も大事ですが、声を出せないでいる人も大事。両方の軸から商品をつくることによって「LifeWear」が実現していきたいし、それがあるべき姿だと思います。

 河野 最後に読者に向けてメッセージをお願いします。

 塩田 少しでもユニクロに思うことがあれば、声を上げていただきたい。それが小さな声だとしても、いつかそういう少数派の声も反映させるのがユニクロの課題です。声を上げてもらえると、いいものづくりにもつながります。服だけでなく、買い物がしにくい、アクセスが不便、何でも教えてほしい。お客さまの声が一番重要なんです。(了)

聞き手・企画:河野恵美子(大阪医科薬科大学医師)、文・構成:及川彩


 塩田知弘(しおた・ともひろ) 2011年にアルバイトとしてユニクロ店舗で働き始める。13年にファーストリテイリングの社員となった。同社にとって聴覚障害者の雇用は初めてだった。現在は、社長直轄プロジェクト・ダイバーシティ&インクルージョン推進チームに在籍する。生まれつき耳が聞こえないが、話すことはできる。発声は、子どものころから訓練し、身に付けた。8歳のときにサッカーに興味を持ち、健聴者のチームでプレーした。24歳で、聴覚障害を持つ選手で構成されるデフサッカー男子日本代表に選ばれ、耳が聞こえない・聞こえないアスリートの最大の国際スポーツ大会「デフリンピック」の13年ブルカリア大会、17年トルコ大会に出場。その後、デフサッカー男子日本代表のコーチを務め、昨年開催されたアジア太平洋ろう者競技大会でチームを優勝に導いた。1987年生まれ。東海大開発工学部卒。静岡県藤枝市出身。

 河野恵美子(こうの・えみこ) 大阪医科薬科大学一般・消化器外科医師。01年宮崎大学を卒業。06年に出産し、1年3カ月の専業主婦を経て復帰。11年「外科医の手プロジェクト」を立ち上げ手術器具の研究を開始、15年に2人の女性外科医と消化器外科の女性医師を支援する団体「AEGIS-Women」を設立。20年に内閣府男女共同参画局「令和2年度女性のチャレンジ賞」を受賞。22年「手術執刀経験の男女格差」の論文をJAMA Surgeryに発表。24年に「令和6年度女性のチャレンジ支援賞」「平塚らいてう賞特別賞」(AEGIS-Women)受賞。パブリックリソース財団「女性リーダー支援基金~一粒の麦~」二期生。厚生労働省医学生向け労働法教育事業の委員。

(2025/12/08 05:01)


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