ろう・難聴の高校生 受験事情

ろう・難聴の高校生 受験事情

岐阜聾学校の校舎

ろう・難聴の高校生 受験事情

公開:2024年12月6日(金)午後1:00
更新:2024年12月6日(金)午後1:00
NHK


ろう学校と一般の高校 大学進学率の格差

12月に入り、まもなく本格的な受験シーズンが始まります。今回のテーマは「ろう・難聴の高校生 受験事情」です。ろう・難聴の受験生が必要な配慮を受けながら、希望に沿った進路を目指せるようになるためには何が必要なのか、ゲストの皆さんと考えていきます。

一人目のゲストは、筑波技術大学の教授で、聴覚障害のある学生を支援する「日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)」の事務局長でもある、白澤麻弓(しらさわ・まゆみ)さんです。

白澤麻弓さん
白澤麻弓さん

以下は、2023年3月に高校を卒業した人の大学などへの進学率を表したグラフです。

2023年3月に高校を卒業した人の大学などへの進学率を表したグラフ

左側が一般の高校からの大学進学率で60.8% 、右側が特別支援学校のうち主な障害種別が聴覚障害の学校、いわゆるろう学校の高等部からの進学率で36.3%でした。

白澤さん:
「ろう・難聴高校生の中には、一般の高校から大学に入る子たちもいるんです。また、特別支援学校に通っている聞こえない子どもたちの中には、ほかの障害も併せ持つ子たちもいたりして、 必ずしも大学進学を目指している生徒さんだけではないので、このグラフだけをもって語るのは、なかなか難しいな、とも感じます。

ただ、その点を加味したとしても、やっぱり聴覚障害のある高校生たちの大学進学には、何かハードルがあるんじゃないかな、と感じさせられる、そんなデータだなと思いました」


ろう・難聴の高校生たちの受験の実態

困難な状況の中で、ろう・難聴の高校生たちはどのように受験に臨んでいるのか。2024年度に大学受験をする、あるろう学校高等部の3年生を取材しました。

岐阜ろう学校高等部3年生の藤川心花(ふじかわ・みはな)さんは、難聴者です。同級生は5人で、そのうち藤川さんを含めて2人が大学進学を希望しています。藤川さんが大学進学を目指しているのは、将来の夢を叶えるためです。

藤川心花さん
藤川心花さん

藤川さん:
「私は将来、特別支援学校の先生になりたいと考えています。両親が先生で、私も先生がいいな、みたいな感じだったんですが、特別支援学校の先生になりたいと思ったのは、高校1年生の(ときの)担任の先生の姿があったからです」

その担任の先生とは、清水太一(しみず・たいち)さんです。藤川さんの担任を離れた今も、休み時間や放課後などに、たわいない話をしたり、相談に乗ったりしてくれています。

清水先生(右)と藤川さん(左)
清水先生(右)と藤川さん(左)

清水さん:
「彼女自身が、すごく一生懸命で努力ができる生徒です。そういう努力の結果、達成できるんだということを生徒に伝えたり、生徒に寄り添って相談に乗ったりすることができる先生になってほしいな、という気持ちは少しあります」

藤川さんは、1年生のころから進学したい大学を探し始めましたが、ある大学のオープンキャンパスで壁を感じる出来事がありました。コロナ禍のため、オープンキャンパスはオンラインで行われていました。しかし、手話通訳や文字通訳がなく、内容が理解できず、その大学の受験は諦めました。

結局、受験するのは1校だけだといいます。

藤川さんの母親:
「やっぱり選べないんです。いろいろなところで選べない状況になっていることは多くて。いろいろな選択肢を用意できるようになっていってほしいな、というのはすごく思います」

藤川さんの母親(左)と藤川さん(右)
藤川さんの母親(左)と藤川さん(右)

ろう学校でも面接の練習などを行い、合格に向けて受験勉強に励む藤川さんですが、一般的な塾や予備校では、手話通訳や文字通訳といった「情報保障」の提供がないため、自分で努力するしかないと思っていました。

そんな中、母親が2023年の12月に、「ろう・難聴中高生の学習支援の会」を見つけてくれました。全国の高校生と中学生20人ほどを、手話通訳や文字通訳など、生徒それぞれが希望する情報保障を提供しつつ、オンラインで無償で指導しています。

学習支援の会代表の斉藤みか(さいとう・みか)さんは、ろう・難聴の生徒にも、学習や進学を支える場が必要だと考えています。

斉藤みかさん
斉藤みかさん

斉藤さん:
「学校以外に、受験に向けてそれぞれに合わせてサポートをするっていう場が、ほかの大半の生徒はあるのに、ろう・難聴の生徒さんにその機会がないというのは、大学に行くのが難しくなりますよね」

藤川さんは週2回、志望校に特化した受験指導を受けています。この日は、志望理由書の添削をしてもらいました。

手話通訳(左)を交えつつ、斎藤さん(右)に志望理由書の添削をしてもらっている藤川さん(中央)
手話通訳(左)を交えつつ、斎藤さん(右)に志望理由書の添削をしてもらっている藤川さん(中央)

藤川さんの受験科目は、面接と小論文とグループワークです。このうち、藤川さんが心配しているのは、ほかの受験生と、あるテーマについて話し合うグループワークです。

イラスト「個人面談」「小論文」「グループワーク」

藤川さんはオープンキャンパスのとき、音声を文字で表示するアプリを使用して参加しましたが、話についていけないことがあったといいます。

藤川さん:
「私以外、全員聞こえる人なので、手話もできないし、聞こえない人が日常生活にいるわけでもない普通の学校に通っている人たちなので、(話し合いの)内容が入ってこなくて、あまり最後のまとめの発表がうまくできなくて。ちょっと、本番は大丈夫かな?と」

学習支援の会には、同じろう者・難聴者の立場から生徒たちを支えるカウンセラーがいます。そのひとりが、守屋敬介(もりや・けいすけ)さん。大学院生で、学習支援の会のOBです。高校生のとき、ろう学校ではなく一般の高校に通っていました。聴者の中で取り残されそうになったらどうすればいいのか、自身の経験をもとに、藤川さんにアドバイスをしました。

守屋さん(左)に相談をする藤川さん(右)
守屋さん(左)に相談をする藤川さん(右)

守屋さん:
「手話通訳がいない、ノートテイクをしてくれる人もいない、『ゆっくり話してください』ということになったとき、自分がしっかり積極的に相手に呼びかけていかなければならないんですよね。そういうところも覚えておいてほしいなと思います。

藤川さんは、ろう学校でずっと手話で育ってきた。 手話も分かる、ろう文化も分かるという強みがあると思うので、その強みを出していく。自分で説明できること、話せることがたくさんあると思うので、自信をもって面接試験を受けてほしいと思います」

藤川さんは、自ら大学に働きかけて、グループワークが始まる前に、ほかの受験生に向けて説明する時間を設けてもらうことにしました。

藤川さん作成の説明ボード
藤川さん作成の説明ボード

藤川さん:
「自分が聴覚に障害があるからこそ、ろう学校の子どもたちが抱えている思いなどは、 少しは理解してあげられるのかもしれないって思っているし、自分と同じ障害のある子どもたちを支えてあげられるような先生になれたらいいなと思います」


希望に沿った進路選択のために 情報保障や合理的配慮など

大学院生で、聞こえない大学生や大学院生の全国ネットワーク「全日本ろう学生懇談会」の会長をしている、小間拓海(こま・たくみ)さんにもお話を伺います。

小間拓海さん
小間拓海さん

小間さん:
「情報保障という面で考えたときに、選ぶ大学が一つだけというのは、本当に苦しいんじゃないかと思って、(自分も同じような経験をしたので)とても共感しました。情報保障があるかないかで進路を選択しなければならない。そもそも同じ土俵に上がれないということは、非常に苦しいと思います」

番組では藤川さんのほかにも、ろう・難聴の高校生などに受験に関する経験談を聞いてみると、以下のような声が寄せられました。

ろう・難聴の受験生の声

「合格しても、十分な情報保障ができないかもしれないと遠回しに受験を断られた」

白澤さん:
「こういうふうに話をすることで、『ろう・難聴の高校生が受験を諦めてくれるかもしれない』という思いを持って発言したのであれば、それは不当な差別的取扱いと捉えられてもおかしくない行為になります」

「障害のある学生を支援する窓口がなかったため その大学の受験をあきらめた」

白澤さん:
「聞こえない学生さんの気持ちはよく分かるのですが、窓口がないから諦めるのは、私たちの立場からすると、ちょっともったいないなと思います。皆さんが受験をして入学したら、そのあとに大学が頑張って体制をつくってくれる可能性は、大いにあると思うんです」

「受験したいと考えたときには 配慮申請の時期が過ぎていた」

白澤さん:
「受験上の配慮を申し出るときには申請が必要になります。その申請の時期は多くの場合、数週間から1か月、あるいは長ければ2か月ぐらい締め切りが早く、前倒しに申請をしなきゃいけないということが、よくあります。ですから、模試の入試判定や、いろいろな情報を見て、直前になって志望する大学を変えたいと思っても、そのときには締め切りを過ぎているということが起こってしまうんですよね」

番組の様子

このように、まだまだ受験のハードルがたくさんありますが、こうした状況を改善していくために、まず大学側が取り組むべきこともあります。

白澤さん:
「2024年4月に障害者差別解消法が改正されました。 そのため、すべての大学で、合理的配慮の提供をしなければいけないという法的義務が課せられることになりました。少なくとも(障害のある学生を)受け入れることを前提に、何ができるのかということを考えていくということ、そこを一つの基盤にしてほしいなと思います」

小間さん:
「『ろう学生懇談会』には、スムーズに受験して合格できたという学生もいますが、自分が初めての受験生で、情報保障を一から作らなければならなかった学生もたくさんいます。情報保障をきちんと整備するのは簡単なことではありませんが、今後ろう・難聴の学生が入学することを想定して、全国の大学で(情報保障が)当たり前になって、ろう学生が、どの大学でも選べるようになってほしいと思います」

一方で、受験生側ができることもあるといいます。

白澤さん:
「まずは自分に何か配慮が必要ということや、授業に参加したときに何か困りごとがあるというときには、そのことを悩まずに大学側に伝えてほしいと思います。

こういうことを伝えると合否判定に影響があるんじゃないかと思って心配する子たちもいるんですけれども、大学の入試というのは、ちゃんと厳正に行われているものなので、そこは安心していただいて大丈夫です」

親御さんや先生はどんなサポートをしたらよいでしょうか?

白澤さん:
「聞こえない学生がしっかりとニーズを伝えられるように、まず自分の中のニーズ探しを手伝ってあげてほしいんです。

例えば、面接場面やグループディスカッション等の場面で、どんな合理的配慮が必要ですかと言われても、実際体験したことがないので具体的なイメージが持てないんですね。ろう学校の中では模擬的な面接の場面を作って、いろんな情報保障を試してみるとか、聞こえる人に囲まれたときに、自分がどういう情報保障があれば力を発揮できるのかということを、お試しするような機会を作ってあげるといいなって思います」

受験生、周りの大人、情報保障を提供する大学もどうしたらいいか悩むことがあった場合には?

白澤さん:
「我々の団体(※PEPNet-Japan)では、聞こえない学生を受け入れている大学、あるいはその周りの方々からの相談をたくさん受け付けて、さまざまなサポートを提供しています。ですから、お気軽にお問い合わせいただければなと思います。

学生さんが大学に相談に行くとき、あるいは合格したあと、初めて入学後の大学の授業受講について話をしに行くときに、ぜひPEPNet-Japanのパンフレットを持っていってほしいのです。聴覚障害のある学生支援について分からないことがあれば、我々の団体(※)に連絡してくださいと伝えていただけると、支援体制を作るお手伝いをすることができます」

最後に小間さんから、受験生たちにメッセージです。

小間:
「やはり受験は、自分で学びたいところに進学してほしいです。学びたいところに行ったら、絶対楽しいと思うんですよね。

大学の誰かに相談すれば、必ず支援をしてくれると思います。ですから、自分がやりたいことを最優先に、進学を考えてほしいと思います」


※「PEPNet-Japan」のホームページはこちらからご確認ください。

ハートネット 福祉情報総合サイト 聴覚障害 相談窓口・支援団体



沖縄発! ろう者・聴者がともに楽しむコメディー・劇団アラマンダ

「ろう者・聴者がともに笑える舞台」を目指す劇団があります。手話でも、声でも両方で楽しめるコメディーを上演しています。みんなに笑いを届けたいと奮闘する劇団に、密着しました。

「ろう者・聴者がともに笑える舞台」を目指す劇団

沖縄県那覇市に拠点をおく「劇団アラマンダ」のメンバーは8人で、全員がお笑い芸人です。劇団を率いるのは、大屋(おおや)あゆみさん。手話の演技を指導しています。

あゆみさんは、ろうの両親のもとで育った聞こえる子ども「コーダ」です。手話と日本語、両方の世界を知るからこその目標があります。

あゆみさん:
「1つは『ろうの皆さんにお笑いを見てほしい』っていうのと、もう1つが、聴者の皆さんには『手話に興味を持ってほしい』」

あゆみさんが劇団を立ち上げた背景には、幼いころの経験があります。

稽古中の劇団のみなさん
稽古中の劇団のみなさん

あゆみさんは4人家族。両親はろう者、自身と兄は聴者で、家庭内でのコミュニケーションは、手話が中心でした。意思疎通に困ることはありませんでしたが、両親と一緒に楽しめる娯楽が少ないことに、ずっとさみしさを感じていたといいます。

あゆみさんの父・初夫さん:
「あゆみはテレビが大好きでした。歌番組やアニメとか。私は野球が見たかったのですが、かわいい娘が見たいテレビ番組なら、私は我慢して、娘が見たいものを見せていました」

あゆみさん(右)と父・初夫さん(左)
あゆみさん(右)と父・初夫さん(左)

一緒に楽しみたくても、手話なしで細かなニュアンスを分かりあうのは難しいことでした。

あゆみ:
「でも1つだけ、家族が一緒に楽しめる番組があったこと覚えてる?ものまね番組だけは家族みんなで見てめちゃくちゃ笑ったよね。コロッケさんの顔まねとか見てたよね」

楽しい瞬間をみんなで共有できる場を作りたい。それが“手話と声で作る舞台”の原点でした。

あゆみ:
「私はやっぱり聞こえる人の気持ちも分かるし、聞こえない方の気持ちも分かると思っているので。そこで、懸け橋ではないですけど、“今まで見たことがないお笑い”を見て笑ってもらいたい」

劇団発足から2024年で6年になりました。メンバーは、全員手話の初心者でしたが、ろう者の指導を受け、表現を磨いてきました。教えてもらった手話は録画し、繰り返し見て体に覚え込ませます。

そして、迎えた本番当日。会場は、ほぼ満席。県外から来たという人もいました。あゆみさんの父、初夫さんも見守ります。

物語の主人公は、あゆみさん演じる民宿の主。そして、その弟で画家を目指すリョウジ。借金取りたちが乗りこんできて、民宿が大騒ぎになるドタバタ劇です。

舞台には、場面を説明する字幕など、さまざまな工夫があります。たとえば、照明の点滅は新しい人物が登場する合図です。

新しい人物の登場シーン(実際には照明が点滅している)
新しい人物の登場シーン(実際には照明が点滅している)

手話と声の両方で、笑いを繰り出していきます。

あゆみさん演じる民宿の主と宿泊客
あゆみさん演じる民宿の主と宿泊客

借金取り:
「お前がうちに返さないといけない借金は、元金・利息合わせて500万円だ!」

全員:
「ええー!」

あゆみ:
「ここの民宿、先にお代をいただいているんですよ」

宿泊客:
「そうなんですね。それでいくらですか?」

あゆみ:
「1泊2日で」

弟・民宿のバイト:
「500万円です!」

宿泊客:
「うそつけー!」


あゆみさんの父・初夫さん:
「声と手話一緒にやるから、聴者とろう者が一緒に笑えますね」

聴者の女性:
「お笑い芸人のみなさんが一生懸命手を動かしていたので、一緒になってやってみました。今日は『うれしい』と『ありがとう』かな。勉強したいなと思いました」

あゆみさん:
「まだまだ夢はいっぱいあるので、応援よろしくお願いします!」

お笑い芸人のみなさん

※この記事はハートネットTV 「ろうなん12月号 ろう・難聴の高校生 受験事情」(初回放送日:2024年12月4日)を基に作成しました。


リンク先NHKはというサイトの記事になります。
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