2026/02/18/ 16:00
西元まり

2年前から店に通う9歳の木田一輝(いつき)くん。赤松隆滋(りゅうじ)さんが五つ数えながらハサミを入れる。「今日は初めて自分から椅子に座ったので驚きました」と父親の隆輝(たかき)さん(左)(撮影:西元譲二)
発達障害など特性のある子どもや大人の散髪を続ける美容師がいる。落ち着きがなかったり、感覚が過敏だったりして、家で髪を切るしかないという現状が多い中、なぜ美容師は、その課題に真剣に向き合うようになったのか。AERA 2026年2月23日号より。
【写真】“これからどんなことをするか”を伝える絵カード(左) 子どもに見せながら散髪する
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「いっくん、じゃあチョキチョキするで。五つ数えるまでじっとしててな」
「いーち、にぃー、さーん、しぃー、ご! はい、がんばったね」
京都市伏見区にある美容室「Peace of Hair(ピースオブヘアー)」で2カ月に1度、散髪をする木田一輝(いつき)くん(9)。今日で21回目の来店だ。数えながらじっとしている間に、美容師の赤松隆滋(りゅうじ)さんが手際よく髪にハサミを入れていく。5秒我慢できると、そのたびに隣に立つ父親の隆輝(たかき)さんから大好きな味付けのりをもらう。
でも、耳の周りを触られるのはかなり苦手。のけぞって隆輝さんの手をぎゅっと握る。5のカウントを20回ほど繰り返し、ヘアカットは15分で終了。「今日は特別よくがんばったね! すごいな!」と隆輝さんが声をかけた。
保護者2人からの相談
昨年20周年を迎えたピースオブヘアーは、16年前に、発達障害などの特性のある児童や大人の髪をカットする活動「スマイルカット」を始めた。
一輝くんは重度の知的障害があり、多動も伴う。母親の麻衣子さんは言う。
「2年前にこの店を見つけて予約の電話をした時、『障害の特性をよくわかってくれる人がいるんだ』と安心しました」
初めて来店した6歳の時は、じっとできずに立ち上がるなど、よく動いた。赤松さんは、オリジナルの絵カードをホワイトボードに貼って、
「さあ、これからクロス(ケープ)をこんなふうに巻くよ」
と、これからどんなことをするか、笑顔で見本を見せた。がんばったら好きなものをもらえるという手法は、心理学の応用行動分析(ABA)から学んだものだ。こうして一輝くんは少しずつ、五つ数える間じっとできるようになった。
発達障害のある子どもは、突発的に動くリスクがあったり、散髪に時間や手間がかかったりなどするため、ヘアサロンで断られるケースもある。そのため、やむを得ず自宅で子どもの髪を切っているという保護者は少なくない。
そんな困りごとを抱えた保護者2人から、16年前、地域の学童保育の支援員を通して赤松さんに相談があった。ただ散髪をしてほしいのではなく、「子どもが大人になった時に、美容室にも行けるようになってほしい」というのが本当の願いだった。

発達障害がある児童に寄り添う美容師、赤松隆滋さん。「スマイルカット」を全国に普及させる活動団体「NPO法人そらいろプロジェクト京都」の理事長でもある(撮影:西元譲二)
資料も文献もないなら
もともと赤松さんは、小学校の先生になりたかったほどの子ども好きで、児童館で保護者に向け前髪カットの無料講座を開いて好評だった。「その延長線」と考えて、二つ返事で引き受けた。
「支援員さんの提案で『スマイルカット』と名付けて、保護者の方と事前に打ち合わせもして、できるだろうと簡単に考えていました」
当時8歳だった北村由日瑠(ゆかる)くんは、生まれつきの病気によって重度の知的障害があり、発作や聴覚過敏などの症状があると聞いていたが、散髪はスムーズにできた。仕上げに襟足をきれいにしたいと思った赤松さんは、事前に使用を控えてほしいと聞いていたバリカンを、「少しなら」と使ってしまった。その瞬間、由日瑠くんはパニック状態になり、泣き叫んだ。
「今でこそ由日瑠は強くなりましたが、その時は情緒不安定になってしまって、夜泣きも1週間続きました」と、母親の由起子さんは当時を振り返る。
心から反省した赤松さんは、発達障害や感覚過敏について調べたが、散髪のやり方については資料や文献がなかった。自分がやるしかないと、本気で学び、真剣に向き合う覚悟をした。
支援員の橋渡しなどもあって、由日瑠くんは少しずつ赤松さんのヘアカットを受け入れ、2カ月に1度のペースで通えるように。23歳になった今では、他のヘアサロンでも散髪ができるまでになった。
「由日瑠が入院した時も、赤松さんが病院に来て髪を切ってくれました。赤松さんがこんなにスマイルカットの活動を頑張っているのは、うちの子がきっかけだったと後で知りました。困っている子どもはいっぱいいるので、赤松さんの活動にはいつも感謝しています」(由起子さん)
この出来事を機に、赤松さんは動き出した。2014年4月、NPO法人そらいろプロジェクト京都を立ち上げ、発達障害の子どもに寄り添う理美容師を全国に増やそうと、スマイルカット講習会を各地で実施してきた。
予約を受ける際、まず子どもについて丁寧に尋ねる。病気や障害の診断、髪を切る時の様子、発語やコミュニケーションの度合い、好きなもの、気を付けてほしいことなどを聞き取りして、プランを立てる。

これからどんなことをするかを伝えるオリジナルの絵カード(左)を子どもに見せながら散髪をする(撮影:西元譲二)
絵カードで見通し示す
そして保護者には、「ニコニコ笑顔で見守ってください」「絶対にスタッフに謝らないでください」「最後まで髪を切れなくても、褒めてあげてください」とお願いする。実施後はカルテに、どのような手法でやったか、様子はどうだったかを記録していく。
スマイルカット講習会の受講者数は現在、延べ2800人を超え、受講を終えて積極的にスマイルカットを行うと発信する店には、「スマイルカット実施店」のステッカーを配布。大学や美容専門学校、福祉関係者に向けても、講義や講演会などを実施している。
こうした手法を確立するまでに、赤松さんは「障害者歯科」を担当する歯科医師や大学の研究者などを訪ね、小児医療の現場で使われる視覚的アプローチや応用行動分析の手法も学んだ。子どもの気持ちになって何が不安なのかを考え、信頼関係を構築した上で、見通しを前もって示せば、少しずつ安心してもらえる、というプロセスが大事だと思い至った。
それで作ったのが、前述の絵カードだ。タイマーも使う。
こうしたアプローチと並行して、散髪が好きになる子どもを増やすため、ヒーローキャラクター「星髪戦士(せいはつせんし)ピースマン」を、友人のイラストレーターや音楽家と生み出した。絵本やアニメ、歌を作って、絵本の読み聞かせイベントを各地で行っている。
さらに赤松さんは3年前、星槎大学大学院の教育学研究科に進学し、昨春修了した。修士論文の題目は、「発達障害児のヘアカット受容の変容とその意義─心理的援助を通して─」。美容師に向け、実践マニュアルも作成した。
「自分の経験を言語化することで、後継者につないでいけたらと思います」
ピースオブヘアーでスマイルカットを受けた人は、延べ9600人以上になる。そしてスマイルカット実施店は、北海道から沖縄まで現在109店舗に増えた。
24年4月にようやく、改正障害者差別解消法が施行され、事業者に合理的配慮が義務付けられたものの、美容師の国家資格取得のための教科書に具体的な内容はない。赤松さんはガイドラインを作成し、盛り込んでもらえるように提言している。
「昔はなかった『バリアフリー』という言葉も、今では当たり前になった。『スマイルカット』も、そうなることを目標にやっています」
(ライター・西元まり)
※AERA 2026年2月23日号
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