2026年8月10日 午後4時00分

第108回全国高校野球選手権(8月5日開幕・阪神甲子園球場)に出場する敦賀気比の川原成翔(せいしょう)選手(3年)は小学時代から両耳の難聴を抱えている。ハンディをはねのけてレギュラーを勝ち取り、幼少時からの夢だった甲子園の大舞台に初めて立つ。「同じ難聴の人に元気や希望を与えられるプレーをしたい」と意気込む。

福井大会決勝で打席に立つ敦賀気比の川原選手=7月25日、セーレン・ドリームスタジアム
小学4年時に学校の健診で聴力低下が発覚。当初は高音だけだったが、次第に低音も聞き取りにくくなった。原因不明の突発性難聴。「良くなることはない」と医師に告げられ、6年時から日常生活で補聴器をつけた。ただ、野球をする時は外す。最初は、からかわれるのが嫌だったからだが、次第に「ハンディを言い訳にしたくない」という強い意志が生まれた。
大阪市出身。「甲子園でプレーする」という夢をかなえるため、親元を離れ、敦賀気比の門をたたいた。難聴のことは練習初日に直接チームに伝え、メンバーは快く迎え入れてくれた。
練習では指導者の指示が聞こえづらい時、仲間が教えてくれた。試合中、守備位置を微妙に変える際には「成翔!」と観客席まで届く大声とジェスチャーで仲間が伝えてくれた。持ち味の勝負強い打撃に磨きをかけ、昨秋から背番号をもらった。周囲のサポートに感謝し、「チームのために」という思いは3年間で人一倍強くなった。
グラウンドでは「I can do it(俺ならできる)」と自分を信じ、プラス思考に徹してきた。難聴のこともそうだ。「変な雑音に気を取られず、一球に集中できる。逆に聞こえない方がいいと思う時さえある」。
迎えた最後の夏。甲子園出場が懸かった福井大会では「8番・一塁」で全4試合に先発。打席では「どんな形でもいい」と出塁を最優先。打ち気を抑えて冷静に球を見極め、いずれもチームトップの7四死球、出塁率6割9分2厘をマークし、優勝に貢献した。
帽子のつばの裏には「ラッキーボーイ」と記す。「昔からいい場面で結果が出ている。耳も完全に聴力が落ちた訳じゃないんで、その辺もラッキーボーイなんですよ」。屈託のない笑みを浮かべる。
難聴を抱えながらプロ野球・日本ハムで活躍した石井裕也投手の存在が励みになった経験から「自分も誰かに勇気を与えられたら」と願う。野球人生で初となる全国大会へ「あとは暴れるだけ。最高の仲間と楽しみたい」。両親も認める「お祭り男」の夏本番はここからだ。
記事のポイント!
小学4年で聴力低下が分かり、補聴器を使いながら野球を続けてきた川原成翔選手。仲間の声やジェスチャーによるサポートを受けながらレギュラーをつかみ、福井大会では高い出塁率で優勝に貢献しました。難聴をハンディと捉えるだけでなく集中力につなげ、同じ難聴の人に勇気を届けたいという思いで夢の甲子園に挑みます。
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