加齢性難聴は病気 介護リスク・認知症の発症リスクにもなり得る

加齢性難聴は病気 介護リスク・認知症の発症リスクにもなり得る

聴こえ8030運動・いつまでも「ささやき声」も聴きとれるように

2025/10/16 田村知子=ライター

年をとるにつれて聴力が低下する加齢性難聴。近年は認知症のリスク要因として重要視されているが、「聞こえにくいのは年のせいだから仕方がない」と考える人は多い。そんな現状から、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は、加齢性難聴の周知や予防、早期の対応などを目的とした「聴こえ8030運動」を展開している。この運動の提唱者で愛媛大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教授の羽藤直人氏に、加齢性難聴をめぐる現状や課題、現在の聴力のセルフチェック、予防・対応策を聞いた。

(イラスト:PIXTA)聞こえにくそうな女性

(イラスト:PIXTA)


なぜ加齢性難聴は放置してはいけない?

編集部:年をとるにつれて聴力が低下する加齢性難聴は、いわゆる老化現象で仕方がないものと思われがちです。

羽藤教授(以下、敬称略):そうですね。徐々に聞こえにくさが進行していくため、本人でも気づきにくい。気づいたとしても「年をとったせい」「仕方のないものだ」と流してしまうことも見受けられますね。しかし、加齢性難聴は、「病気」なのです。

 加齢性難聴は、耳の奥に位置する蝸牛(かぎゅう)と呼ばれる部位で、音を感知する有毛細胞が加齢によって減少することが主な原因となっています。失われた有毛細胞は再生しないため、加齢性難聴そのものを改善する方法はありません。

音を感知する有毛細胞が蝸牛内部にある。有毛細胞が減少すると聴力が衰える。(図:m/stock.adobe.com)

音を感知する有毛細胞が蝸牛内部にある。有毛細胞が減少すると聴力が衰える。(図:m/stock.adobe.com)


 しかし、補聴器の装用などで聞こえを良くすることは可能です。ですから、聞こえにくさを感じたら、一度は耳鼻咽喉科を受診していただきたいと思います。

編集部:加齢性難聴を放置してはいけないのですね。

羽藤:加齢性難聴は聞こえの問題だけでなく、心身や生活にさまざまな影響を及ぼします。例えば、家族や友人との会話に支障が出るとコミュニケーションがおっくうになり、社会的に孤立してうつ病を招くことがあります。外出の機会が減れば、心身の機能が衰えるフレイルを招き、要介護のリスクにつながります。さらに近年は、難聴が認知症の最大のリスク因子であるとの研究報告(*1)があり、注目を集めています。

編集部:なぜ、難聴が認知症の発症リスクを高めるのでしょうか。

*1 Lancet. 2020 Aug 8;396(10248):413-446.


加齢性難聴は認知症の発症リスクと関係

羽藤:難聴と認知症の詳細な機序までは明らかになっていませんが、難聴があると認知症の発症リスクを高めることは事実だといえます。聴覚の機能が低下すると、耳から入る音の情報を脳にうまく伝えることができなくなります。

 音の情報、特に言語は脳にとって重要な刺激ですが、その刺激が少なくなると脳が活性化しにくくなって、記憶をつかさどる海馬という部位の萎縮につながり、認知機能の低下を招くと考えられています。難聴は会話やコミュニケーションの原因となりますが、そうした社会的孤立も認知症のリスク因子の1つです。


80代の約7割はささやき声が聞こえない?


編集部:加齢性難聴の人はどれくらいいると考えられているのでしょうか。

羽藤:国内の加齢性難聴者数は約1500万人と推定されています。ただし、適切な聴力検査によって加齢性難聴と診断されている人は少なく、自覚症状があっても医師に相談する人は4割に満たないという調査報告もあります(*2)。

 その背景にはやはり、加齢性難聴は病気だという認識を持ちにくいことがあります。そこで、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会では2024年9月から、加齢性難聴の周知や予防、早期の対応などを目的とした「聴こえ8030運動」 ホームページを開く を推進しています。

編集部:「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」と呼びかけた「8020運動」を思い出しました。「聴こえ8030運動」とはどのようなものですか?

羽藤:「聴こえ8030運動」は、「80歳で30dBの聴力を保とう」と呼びかける啓発運動です。dB(デシベル)は「どれくらいの大きさの音か」を分かりやすく数値で示す尺度で、大きな音ほど数値も大きくなります。30dBはささやき声程度の大きさに相当し、30dBの聴力は軽度難聴(25dB以上40dB未満)に該当します。

 日本人約1万人を対象とした近年の調査によれば、80歳で30dBの聴力を維持できている人の割合は約30%なんですよ。

編集部:つまり、約7割は、ささやき声が聞こえていないということですね。

難聴の程度

難聴の程度

「難聴」といっても、その程度は人によってさまざまだ。(「聴こえ8030運動」を基に編集部で改変)


 30dBよりも聴力低下が進むと、小さな声が聞こえにくくなったり、聞き間違いが増えてきたりして、日常生活に影響が出始めます。そこで、補聴器の装用も含めて30dBの聴力を保つことを目標に設定したわけです。

 日本歯科医師会が中心となって推進してきた「8020運動」は、1989年の始動当初、80歳で20本以上の歯を保っている人の割合は10%未満でした。それが2016年の調査では、8020の達成率が50%以上となっています。私たちの「聴こえ8030運動」でも、現在の達成率約30%を、20年後には50%以上に引き上げることを目標に掲げています。

*2 日本補聴器工業会「JapanTrak 2022」
*3 Lancet Reg Health West Pac. 2021 Mar 24:9:100131.


40代から難聴リスクをチェックしよう

編集部:加齢性難聴はいつごろから進んでいくのでしょうか。

羽藤:一般的には、40歳ごろから聴力が衰えていくといわれています。人が聞こえる音の周波数の範囲(可聴域)は、20Hzから2万Hz程度です。周波数は、音の波が1秒間に振動する回数で、小さい数値であるほど低音、大きな数値であるほど高音を示します。加齢性難聴では、高い音から聞き取れなくなってきます。8000Hzくらいまでの高さの音(鈴の音くらいの高さ)が聞こえにくくても自覚がないことがほとんどですが、65歳ごろから急速に聴力が低下して、8000Hzの高さの音が聞き取りにくくなっていきます。

編集部:加齢性難聴のリスクを知る方法はありますか。

羽藤:「聴こえ8030運動」のホームページにも掲載している「聴こえのセルフチェック」をやってみるといいでしょう。10の質問にそれぞれ「よくある」(4点)、「時々ある」(2点)、「ない」(0点)のいずれかで回答し、合計の点数が4点以上であれば耳鼻咽喉科での聴力検査が勧められます。

「聴こえのセルフチェック」

「聴こえのセルフチェック」

聞こえは徐々に低下することが多く、難聴になっていることが自覚しにくいことも。セルフチェックで客観的に聞こえ具合を確認してみよう。(出典:聴こえ8030運動)


60代になったら耳鼻咽喉科で聴力検査を

編集部:自覚しにくいとなると、高齢の家族の聴力も心配になりますね。家族の聴力が低下してきたことに気づくポイントはありますか。

羽藤:テレビの音声ボリュームが大きくなっていないか、後ろから呼びかけたときに気づけるか、会話中に聞き間違いや聞き返しが増えていないかなどが気づくポイントとなります。家族がこうした様子に気づいたり、ご自身のセルフチェックで「時々ある」や「よくある」が2~4項目あったりした場合には、耳鼻咽喉科で聴力検査を受けてほしいと思います。

編集部:職場の定期健診で受ける聴力検査は目安になりますか。

羽藤:職場の定期健診などでは一般的に、1000Hzと4000Hzの2種類の音の高さで聴力を測定し、1000Hzで30dB以下、4000Hzで40dB以下を聞き取れると正常とされます。ただ、周囲の環境や機器の精度などの影響を受けることがあるので、耳鼻咽喉科での聴力検査を受けることが大切です。耳鼻咽喉科では防音室に入り、5~9種類の音の高さでより詳しく聴力を測定します。

 今は聞こえにくい自覚症状がなかったとしても、定年退職を迎える60~65歳くらいになったら年に1度、認知症予防のためにも耳鼻咽喉科での聴力検査をお勧めします。また、加齢性難聴は遺伝的な要因が4割程度影響するといわれているため、両親や祖父母が難聴だった場合には、早めに耳鼻咽喉科を受診して、定期的に聴力を確認していくといいでしょう。


有毛細胞は再生しない…加齢性難聴の進行を抑えるには

編集部:冒頭で、音をキャッチする有毛細胞は一度減少したら再生しないというお話がありました。加齢性難聴の進行を防ぐためには、どんなことに気をつけたらいいでしょうか。

羽藤:聴力低下の進行を抑え、加齢以外の要因を避けることがポイントになります。栄養バランスが取れた食事、適度な運動、規則正しい睡眠、禁煙といった基本的な生活習慣の見直しに加え、聞こえを守るケアを心がけることが大切です。

 対策としては、常に騒音がある場所は避ける、騒音下で仕事をしている場合は耳栓をする、静かな場所で耳を休める時間を作る、大きな音でテレビを見たり音楽を聴いたりしないといったことが挙げられます。

 近年は、イヤホン難聴と呼ばれる音響外傷(急性障害)や騒音性難聴(慢性障害)が問題になっています。イヤホンやヘッドホンを使う場合には、大音量になったり、長時間聴き続けたりしないように注意してください。1時間たったら10分間は耳を休める習慣をつけるといいでしょう。

編集部:耳に直接つけるイヤホンよりも、耳を覆うヘッドホンのほうが負担は少ないのでしょうか。

羽藤:そのようにいわれたこともありますが、耳への負担はどれくらいの音で聞いているかのほうが重要で、イヤホンでもヘッドホンでも大音量で聞けば同等の負担になります。周囲の騒音を軽減するノイズキャンセリング機能がついたものを使用すると、音量の上げすぎを防ぐことができます。


AirPods Proなど市販の補助ツールが登場

編集部:聴力低下がどの程度まで進んできたら、補聴器の装用が勧められますか。

羽藤:一般的には、中等度難聴に該当する40dB以上の聴力になると補聴器の装用が適応になります。軽度難聴でも生活や仕事に支障を来すような場合は補聴器の装用を検討することもあります。

 補聴器は周波数ごとに音量が調節できる医療機器で、軽度難聴でも、中等度難聴でも、使う人にとって最適な聞こえを提供できます。

編集部:最近は、音を大きくする集音器や、ヒアリング補助機能がついたアップル社のワイヤレスイヤホン「AirPods Pro2」「AirPods Pro3」などさまざまな機器が市販されていますね。こうしたツールは補聴器代わりとして使えるものでしょうか。

羽藤:集音器は一律に音量を上げるもので、聴力の改善を目的とした医療機器ではありません。一方、AirPods Proは専用のアプリケーションが管理医療機器として認められ、軽度から中等度の難聴では補聴器の代わりに使用できるとされています。

AirPods Proに、軽度から中程度の難聴者向けにヒアリング補助機能が追加された。(写真:Apple)

AirPods Proに、軽度から中程度の難聴者向けにヒアリング補助機能が追加された。(写真:Apple)


 AirPods Pro以外にも、集音器と補聴器の中間に位置付けられるような機器が多く登場しています。聴力がそれほど落ちていなければ、こうした機器を使用して補聴器の装用に慣れていくのもいいかもしれません。ただ、補聴器に比べるとバッテリーの駆動時間が短いというデメリットはあります。日常的に使用するにはやはり、補聴器が勧められます。

 補聴器は、一人ひとりに適したものを選ぶことが大切なので、まずは日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が認定した「補聴器相談医」に相談するといいでしょう。診察や聴力検査をした上で補聴器が必要であれば、「補聴器適合に関する診療情報提供書」を作成して認定補聴器技能者がいる認定補聴器専門店を紹介してくれます。このルートで補聴器を購入すると、医療費控除の対象になります。最近では、補聴器の購入費用を補助する自治体も増えてきているので、確認してみるといいでしょう。


難聴や補聴器がもっと一般的に受け入れられるものに


編集部:補聴器をつけることを嫌がる人は少なくない印象です…。

羽藤:確かに補聴器の装用に煩わしさを感じる高齢者は多いですね。日本の補聴器装用率は欧米先進国に比べると約3分の1となっています。

 耳に機器を取り付けることに違和感がなければ、納得してもらいやすいと考えます。今の若い世代はイヤホンに慣れ親しんでいますから、将来的には、補聴器の装用が一般的になっていることを期待しています。

編集部:ありがとうございました。最後に、読者にメッセージをお願いします。

羽藤:加齢性難聴は認知症の発症や健康寿命に関わる重要な疾患であるにもかかわらず、一般的にはあまり認知されていません。耳が聞こえない・聞こえにくいデフアスリートのための国際総合スポーツ大会「第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025(東京2025デフリンピック)」が11月15日から始まりますが、日本での開催は100年以上の歴史の中で初めてとなります。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は、難聴の啓発の一環として、本大会を支援してきました。ぜひ、一般の人たちにも、デフリンピックや聴こえ8030運動に関心を持っていただけたらと思います。

(図版制作:増田真一)


羽藤直人(はとう なおひと)氏

愛媛大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教授
羽藤直人(はとう なおひと)氏1989年愛媛大学医学部卒業、96年同大学院修了。米国スタンフォード大学医学部留学、愛媛大学医学部附属病院助手、同講師、愛媛大学大学院医学系研究科准教授を経て、2014年から現職。2023年同大学院医学系研究科長・医学部長に就任。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会理事として「聴こえ8030運動」を提唱、普及啓発を進めている。


リンク先は日経グッデイというサイトの記事になります。


 

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