パルモ (著)
公開: 2026-04-20 20:30

Image credit: cokada
電子インクを基板に吹き付けて回路を描く特殊な印刷技術で作られた人工ニューロン(神経細胞)が、本物の脳細胞と電気信号で通信することに初めて成功した。
米ノースウェスタン大学の研究チームが開発したこのデバイスは、生きたマウスの脳細胞を実際に活性化させることを証明した。
脳と機械を直接つなぐ技術や人工内耳・人工網膜といった医療デバイスへの応用、そしてAIの深刻な電力消費問題を解決する次世代コンピューティングの突破口として期待されている。
この研究成果は『Nature Nanotechnology』誌(2025年4月15日付)に掲載された。
参考文献:
Printed neurons communicate with living brain cells
https://news.northwestern.edu/stories/2026/4/printed-neurons-communicate-with-living-brain-cells
脳はコンピュータの10万倍省エネ
現代のコンピュータは、シリコン製のチップに数十億個ものトランジスタ(電気信号のオン・オフを切り替える電子部品)を詰め込み、その均一な動作を組み合わせることで複雑な演算をこなしている。
すべてが同じ動作をする「コピー」であり、一度製造されたら構造は固定されたままだ。
脳はまったく異なる仕組みで動いている。
脳を構成するニューロン(神経細胞)はそれぞれが異なる役割を持ち、学習や経験に応じて神経細胞どうしのつながりを絶えず形成・再編しながら変化し続ける。
均一で固定されたシリコンチップとは正反対の、不均質で動的な三次元ネットワークだ。
そしてこの仕組みが、脳をデジタルコンピュータの10万倍ものエネルギー効率を可能にしているのだ。
脳型コンピューティング研究の第一人者である、この研究を率いたノースウェスタン大学マコーミック工学部のマーク・C・ハーサム教授はこう語る。
AIをより賢くするには膨大なデータで訓練し続ける必要があり、それが深刻な電力消費問題を引き起こしている。
次世代コンピューティングのヒントを脳に求めるのは、当然の発想だ(ハーサム教授)

Image by Istock gorodenkoff
欠点を逆手に取った人工ニューロンの誕生
研究チームが人工ニューロンの材料に選んだのは、二硫化モリブデン(MoS₂)とグラフェンという2種類の素材だ。
MoS₂はモリブデンと硫黄からなるナノスケールの極薄片で、半導体として機能する。
月の土壌からも発見されたグラフェンは炭素原子が蜂の巣状に並んだ原子1個分の厚さしかない超薄膜で、電気をよく通す。
2010年にノーベル物理学賞の対象となった素材で、その卓越した電気的特性から「夢の素材」とも呼ばれている。
この2種類の素材を電子インクとして調合し、「エアロゾルジェット印刷」と呼ばれる技術で柔軟な高分子ポリマー製の薄いシートの上に吹き付け、回路を形成した。
インクジェットプリンターが紙にインクを噴射するように、霧状にした電子インクをノズルから基板へ吹き付けて回路を描く技術であり、立体物を層状に積み上げる一般的な3Dプリントとは異なる手法だ。
ここで研究チームが着目したのが、従来は「欠点」とされてきたポリマーの性質だ。
これまでの研究者たちはインク中のポリマーが電流の流れを妨げると考え、回路を印刷した後に焼き飛ばして除去していた。
しかしハーサム教授のチームはあえて完全には除去せず、電流を流すことでポリマーを少しずつ分解させる方法を採った。
すると分解は空間内で均一には起こらず、電流が集中して流れる「導電性フィラメント」と呼ばれる細い通り道が自然に形成された。
この細い通り道が、ニューロンの「発火」に似た急激な電気応答を生み出す。
こうして誕生した人工ニューロンは、単純な一回限りのパルス信号しか出せなかった従来品とは根本的に異なる。
単発スパイク(電圧の急上昇)、連続発火、バースト(集中的な発火のまとまり)という3種類のパターンを使い分けることができ、本物のニューロンが情報を伝える複雑な信号パターンを忠実に再現している。
1つのデバイスでより多くの情報を処理できるため、システム全体で必要な部品の数を大幅に減らすことができるようになったのだ。

柔らかくて印刷可能な材料を用いた人工ニューロンを開発。この進歩の基盤となっているのは、2種類の素材を用いた電子インクである Image credit:Mark Hersam/Northwestern University
記事のポイント!
電子インクで作られた人工ニューロンが、本物の脳細胞と同じような電気信号を再現し、実際にマウスの脳細胞を活性化させることに成功した研究です。従来の人工ニューロンでは難しかった「発火パターン」や時間的な一致を実現しており、脳と機械をつなぐ技術や、人工内耳などの医療分野への応用が期待されています。また、脳のような高効率な情報処理を再現することで、AIの電力消費問題を解決する可能性も示されています。
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