2026年8月15日 10時30分
鈴木洋和

コンテストに出場する愛媛県立松山聾学校の村上黎央菜さん。本番に向け、学校の体育館でも練習している=2026年7月31日午後2時4分、松山市馬木町、鈴木洋和撮影
16日に東京で開かれる「第43回全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」(全日本ろうあ連盟、朝日新聞厚生文化事業団、朝日新聞社主催、NEC協賛)に、愛媛県立松山聾(ろう)学校(松山市)の1年生、村上黎央菜さんが出場する。両親と村上さんは耳が聞こえず、弟は難聴という「デフファミリー」で育った。孤独や心の痛みは、いつか輝く個性に変わる――。そんな体験を伝えるつもりだ。
手話には「日本手話」と「日本語対応手話」がある。日本手話は、主にろう者同士で使われ、文法も日本語とは違う。日本語対応手話は、日本語の文法に合わせ、単語ごとに手の動きを当てはめたものだ。
村上さんの両親は日本手話を使う。幼い頃は、言葉を交わすことは無かったが、表情とジェスチャー、触れ合う手のぬくもりで心を通わせていた。
松山聾学校の小学部に入学して、習ったのは日本語対応手話だった。小学4年の頃、ようやくスムーズに話せるようになったが、両親は日本手話を使うので、どうしても言葉がすれ違う。もどかしい思いはぬぐえなかった。
中学2年の時に日本手話の魅力に気づき、練習を始めると1年ほどで使えるようになった。
幼い頃、耳が聞こえる同年代の子供たちに、自分の気持ちをうまく伝えられず、悲しい思いをしたこともあった。だが、日本手話を身につけた今、「私の本当の言葉で話せるようになった」と感じている。全国大会のスピーチでは、これからも自分の言葉で世界を切りひらく決意も込め、日本手話で伝えるつもりだ。
「大勢の前で、どうすれば堂々と自分の考えを話せるのか分からない。でも、分からないからこそ、いっぱい練習しています。いい経験になると思います」。ちょっとはにかみながら、村上さんは大舞台への意気込みを明かした。
記事のポイント!
デフファミリーで育ちながら、家庭と学校で使う手話の違いに戸惑ってきた村上さん。日本手話を身につけたことで「私の本当の言葉で話せるようになった」と感じ、孤独や心の痛みも自分らしい個性へと変えながら、全国の舞台で自身の思いを伝えます。
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