忍足亜希子、ろう俳優としてキネマ旬報ベスト・テン98年の歴史で初受賞 開けた扉の先への期待

忍足亜希子、ろう俳優としてキネマ旬報ベスト・テン98年の歴史で初受賞 開けた扉の先への期待

[2025年3月17日5時0分]

「2024年第98回キネマ旬報ベスト・テン発表&表彰式」で助演女優賞を受賞した忍足亜希子(2025年2月撮影)

「2024年第98回キネマ旬報ベスト・テン発表&表彰式」で助演女優賞を受賞した忍足亜希子(2025年2月撮影)


<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

今年で98回を数えた、キネマ旬報ベスト・テンの歴史に、新たな1ページが刻まれた。「ぼくが生きてる、ふたつの世界」(呉美保監督)の忍足亜希子(54)が、助演女優賞を受賞した。耳の聞こえない、ろう俳優の受賞は、初めてのことだった。

2月20日に東京・オーチャードホールで行われた表彰式の冒頭で、19回目の司会を務めたフリーアナウンサー笠井信輔(61)は、集まった観客に初の試みを提案した。「忍足亜希子さんは、私の声も皆さんの拍手も聞こえませんので、手話で拍手をお願いします。『おめでとうございます』は、打ち上げ花火を意味しています。手話でおめでとう、拍手を表現してあげてください」と、身ぶり手ぶりを交えて手話での祝福の仕方を紹介。忍足が着物姿で登壇すると、客席からは手話による拍手と祝福が寄せられた。忍足は、手話でスピーチし「皆さん、こんばんは。この歴史ある賞をいただけてうれしいです」と喜んだ。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」は、作家・エッセイスト五十嵐大氏の自伝的エッセー「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」(幻冬舎)を原作に、呉美保監督(47)が9年ぶりに長編映画を製作。忍足は、主演の吉沢亮(31)が演じた耳の聞こえない両親のもとで愛されて育った子供であるコーダの、五十嵐大の母明子を演じた。

忍足は「ろう者の母と(耳が)聞こえるコーダの親子の関係、成長の物語でした。1カ月以上かけて、全国の方に見ていただけてうれしかった。皆さんの丁寧な作品作りの結果。皆さんといただけたと思っています」と作品を紹介し、スタッフと共演陣に感謝。息子を演じた吉沢について聞かれると「本当に、見た目はとても格好良い、きれいな顔をされ、お芝居も素晴らしい。手話も努力し、丁寧に向き合ってくれた」と絶賛した。

今後については「ろう者の1人として、次世代のろう者の子どもたちにも伝えていきたい。映画が好き。もっと楽しんでもらえるよう努力したい。とてもうれしい、ありがたい賞をいただいた」と重ねて感謝した。この日は呉監督と、夫の陽介を演じ、忍足と同じくろう俳優の今井彰人(34)も駆けつけた。今井から「本当に名誉ある賞をいただき、ろう者として頑張っていきましょう」とエールを送られると、忍足は「頑張りましょう」と笑顔で応えた。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」は忍足、今井をはじめ、ろう者の役を全て、ろう者の俳優が演じている。24年9月21日付日刊スポーツ本紙に掲載された映画評「映画この一本」で同作を紹介した際、記者は次のように書いた。

「リアリティーは何ものにも替え難い。22年の米アカデミー賞では『コーダ あいのうた』が、トロイ・コッツァーが男性ろう者として初めて助演男優賞を受賞するなど作品賞、脚色賞の3部門でオスカーを獲得。それから2年…ろう者の俳優が活躍する場が、まだまだ少ない日本で、こういう映画ができた意義は大きい」

忍足と今井の掛け合いを見つめ、ろう者の俳優が活躍する場を、もっと、もっと作っていきたいという思いを、ひしひしと感じた。その中、脳裏に1人の俳優と、発した熱い言葉が浮かんだ。米アカデミー賞授賞式から半年後の22年9月に、世界3大映画祭の1つ、ベネチア映画祭(イタリア)で最高賞の金獅子賞を争うコンペティション部門に出品された「LOVE LIFE」(深田晃司監督)に出演した、ろう者の俳優・手話表現モデルの砂田アトム(47)である。

砂田は、22年9月5日に開催されたベネチア映画祭でのワールドプレミア上映に参加し、レッドカーペットを歩いた。イタリアから帰国後、同11日に都内で行われた公開記念舞台あいさつに登壇。「小さい時からテレビで見てきて、レッドカーペットは知っていました。でも、自分はろう者…ああいうところを歩くのは、無理だろうという思い込みもあった」とベネチア映画祭参加前の率直な思いを口にした。

その上で「まさか自分が、という思いだった。ろう者でも、レッドカーペットを歩くことができるんだと、世界中のろう者に伝えたい」と力を込めた。そして「今までのドラマ、映画、いろいろなものと『LOVE LIFE』は全く違う。ろう文化、手話が描かれている。アトムが出た、自分でもできるはずだという思いを、みんなに持っていただいて映画、テレビ、舞台の世界で、ろう者が活躍できるようになれば。変化を期待しています。みんな、頑張りましょう」と呼びかけた。

砂田の発言を聞き、ろう者のことを正確に把握し、描くどころか、そもそもろう者を描く作品自体が日本に少ないのだと痛感させられた。発言には本当に意義があり、伝えなければいけないと強く思い、現場ですぐに原稿を書いた。一方で、この日の舞台あいさつの登壇者は砂田1人で、主演の木村文乃(37)はスケジュールの都合で登壇しなかったこともあり、取材に足を運んだ取材者は記者含め、一握りだった。メディアも、ろう者の俳優に対し、関心を寄せていないのだと思わずにはいられなかった。

砂田を取材してから、2年半。ろう者が登場する作品、ろう者の俳優の出演機会が、ともに決して多くないことは、忍足と今井の掛け合いからもにじむ。それでも、ろう者の役を全て、ろう者の俳優が演じる、しかも複数名、出演した「ぼくが生きてる、ふたつの世界」が製作、公開された。さらに忍足が、キネマ旬報ベスト・テン98年の歴史の中で、1つの扉を開けた。表彰式のエンディングでも、笠井に促された観客は手話での祝福を続けていた。それら全てが、1つの前進だろう。「ぼくが生きてる、ふたつの世界」と忍足が結果を出したことが、ろう者を描く、もしくはろう者がメインキャストとして登場する作品が、もっと企画、製作され、世の中に放たれていくことにつながっていってほしいと願ってやまない。【村上幸将】


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