病気や症状、生活環境がそれぞれ異なる患者の相談に対し、患者の心身や生活すべてを診る家庭医がどのように診察して、健康を改善させていくか。患者とのやり取りを通じてその日常を伝える。

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<本日の患者>
C.B.ちゃん、5歳、女児、幼稚園児(年長)。
N.B.さん、36歳、男性、パン屋、C.B.ちゃんの父親。
M.B.さん、37歳、女性、パン屋、C.B.ちゃんの母親。
「先生、C.B.が、なんか具合悪そうなんです。また風邪でも引いたんじゃないでしょうか」。父親のN.B.さんが心配そうに話す。
「そうですか。いつからどんな様子だったか聴かせてもらえますか」
「先週はちょっと風邪気味で、一旦元気になったんですけど。昨日ぐらいから何か機嫌が悪くて。いつもは夜パパが仕事から帰って来ると遊んで欲しくて抱きつくんですけど、それもしないでソファーでゴロゴロしてるんです。心配で熱も測ったんですけど、36.2度でした」母親のM.B.さんも心配そうだ。
「なるほど。他にC.B.ちゃんの様子で何かいつもと違うところはありませんか」
「お昼寝させようとしたら枕が硬いから嫌だって投げ飛ばしたんです。アニメのキャラクターがプリントされている枕で、ずっとお気に入りだったんですけど」
「耳が痛いのかもしれませんね。耳をこすったり引っ張ったりしてはいませんか」
この町には昔から人気のフランスパン屋さんがあり、N.B.さんはそこの二代目だ。最近はお店で出すコーヒーにも凝っている。妻のM.B.さんは有名洋菓子店で修行をしたパティシエールで、先代に見込まれて入店し、お店のカフェ部門を充実させてきた。
私が働く家庭医診療所へは、10年ぐらい前から家族の様々な病気や健康問題で受診している。この日は火曜日でお店の定休日ではあったが、夫婦でC.B.ちゃんを連れて受診したということは、2人がかなり心配していることをうかがわせた。
家庭医の日常では上記のような何気ない会話から診断のきっかけが現れることがある。実際、この日の診察では、C.B.ちゃんが急性中耳炎にかかっていることが診断されたのである。
急性中耳炎の症状
急性中耳炎は、プライマリ・ケアの現場でよく遭遇する疾患である。通常、ウイルスによる急性上気道炎に合併して起こる耳管の機能不全に伴って起こる、ウイルスまたは細菌による感染症である。
大人も罹患するが、子供で多く認められる。年齢的には、生後6カ月から15カ月が発症のピークで、男の子に多い。3歳までに50〜85%の子供が少なくとも1回の急性中耳炎に罹患し、生後24カ月をすぎると発症リスクは減少する。
通常、急性中耳炎で認められる症状には発熱、耳痛(耳の奥に感じる痛み)、耳漏(耳の穴から出てくる分泌物)がある。耳の聴こえが悪くなったり、耳の中に圧迫感や充満感があったり、耳の中や周囲にかゆみや刺激を感じたりすることもある。
ただ、小さい子供の場合には、C.B.ちゃんのように自分の身体に起こった症状をうまく言葉で表現できないことが多い。音への反応が悪くなった、耳をこすったり引っ張ったりする、いつもより機嫌が悪くなった、イライラして落ち着きがない、ちょっとしたことで過敏に反応する、などという変化に両親など普段からその子の様子をよく知っている人が気づくことがある。食欲がない、元気がない、という一般的な不調もあるし、嘔吐を伴うこともある。
このようにあまり特異的でない漠とした症状であるため、家庭医が幼小児の急性中耳炎を診断する時は、ちょっといつもとは異なるアプローチをとる。
まず子供の全身状態を診て、その他の重篤な疾患の可能性が低いことを確認した上で、その子の様子を知りうる人(たいていはその子を連れて来院した親)から、上記のような「いつもと違う」様子に気づいていないかを聴き出す。もしそれがあれば、その次に「では、急性中耳炎である可能性はないか」と疑って、その可能性を除外(否定)するための診察に進む。
これは「除外診断」と呼ばれる診断アプローチだ。以前にお話しした帯状疱疹の診断のように、典型的な症状の経過と皮膚所見からその他の可能性をほとんど考える必要がなく診断できる場合とは対照的である。
耳の構造
簡単に耳の構造を説明しておく。耳は外耳、中耳、内耳に分けられる。外耳は、外から見える一般に「耳」と呼べばこれをさす顔の両側に付いている「耳介」と、一般には「耳の穴」と言われるが実際にはトンネル状になっている「外耳道」からなる。

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外耳道の突き当たりには音の振動を受ける「鼓膜」があり、そこから内部が「中耳」で、鼓膜から音の振動を伝える「耳小骨」とそれが存在するスペースである「鼓室」、耳と鼻をつないで中耳内部の圧力を調節するチューブである「耳管」、そしてそれら全体を取り巻く骨の空間で、中耳の換気を助ける「乳突洞」と「乳突蜂巣」が含まれる。
「内耳」は中耳のさらに奥にあり、平衡感覚(3Dの回転加速度)を司る「三半規管」と聴覚に関係する巻貝状の「蝸牛」からなる。
耳の診察
家庭医が急性中耳炎を除外診断するには、鼓膜の所見が重要である。鼓膜の膨隆または発赤がないかを確認する。また、耳漏があった場合には、外耳道壁の状態を見てそこに炎症(外耳道炎)がないかを確認する。外耳道炎でも耳漏が起こりうるからである。
鼓膜を診察するには、耳鏡という診察道具を使う。耳鏡は小さな光源が付いた一種の懐中電灯と言える。
小さな円錐形の筒状になっているイヤーピースを光源の先に装着して、その細くなった先端を外耳道に挿入して、その奥に照らし出された鼓膜を観察する。耳鏡で診察をする際は、イヤーピースを外耳道へ優しく挿入しないと、イヤーピースが外耳道に触れた刺激によって外耳道壁の下部にある迷走神経による反射で咳が出てしまうので、注意しながら行う。
そうでなくても、特に子供では診察で何をされるのか分からず恐怖で泣いてしまうことが多い。激しく泣くと顔面が紅潮するのと同じく、耳介も外耳道も鼓膜も赤みを帯びて、急性中耳炎による発赤と区別するのが困難になる。
私が子供を対象に耳鏡を用いた診察の前にすることは、まずその子とその子を診察に連れてきた人(親など)に、これから何をするのかを説明することだ。子供には耳鏡を見せて、実際に私の手指で筒を作ってその内部を耳鏡でのぞかせてあげる。
「ね、見えるでしょう。こんなふうにして耳をのぞくんだけど、じっと頭を動かさないようにしていてくれる? ちょっと耳を上に引っ張ったりするけれど、優しく診察するので、頭を動かさなければ痛くないよ」などと説明して子どもから同意を得る。
付き添いの人には、診察中に子供が動かないように抱き抱えて頭を優しく固定してもらうように依頼する。ちなみに、「ちょっと耳を上に引っ張ったりする」というのは、外耳道が前下方向へ若干湾曲しているので(個人差にもよるが)耳介をつまんで後上方向へ引っ張ることで外耳道が直線化して鼓膜を観察しやすくなるためである。
滲出性中耳炎は急性中耳炎とは異なる
急性中耳炎と紛らわしい病名に「滲出性(しんしゅつせい)中耳炎」がある。
滲出性中耳炎も幼児期によく見られる疾患で、感染の兆候がなく中耳腔に液体が溜まるのが特徴だ。滲出性中耳炎を「急性症状がない中耳滲出液貯留」と定義することもできる。
耳鏡による診察では、鼓膜が平坦または陥没している(つまり膨らんでいない)ことと、鼓膜の色が琥珀色または青味がかっていることで急性中耳炎と区別できる。
滲出性中耳炎の子供は、急性中耳炎での急性症状は無いものの、耳の不快感や耳鳴りを断続的に、または持続して経験することがある。さらに、難聴によって発語や言語発達の遅れなどの症状を呈することがある。
集中力や注意力の欠如などの行動上の問題が現れることもあるし、周りの人たちからは引きこもりや不機嫌のように見えて交友関係が狭められたり、学校の成績で低く評価されることもある。バランス感覚が悪く、不器用に見える場合もある。
このように、滲出性中耳炎では、聴覚をはじめ学習、行動、自尊心など広範な問題に対応する必要があり、総合的なケアを進めるためには、耳疾患の専門医と教育に関わる人たちを含んだネットワークを構築していくことが必要になる。
そのため、家庭医は地域の医療資源を調整する重要な役割を担う。地域を基盤としたケアについてはまた別の機会にお話ししたい。
なお、日本耳科学会と日本小児耳鼻咽喉科学会が編集・発表した『小児滲出性中耳炎診療ガイドライン 2022年版』があり参考になる。英国の国立医療技術評価機構(NICE)では、『12歳未満の滲出性中耳炎診療ガイドライン』を2023年8月に新しく発表していて、そこではより社会の中で問題をどう捉えて評価するかに重点を置いている。
急性中耳炎で抗菌薬を使う場合
急性中耳炎に話を戻そう。この急性疾患のマネジメントでは、痛みを和らげることと、抗菌薬を使用する場合を適切に判断することが重要である。
日本では、急性中耳炎と診断されれば、ほとんどの場合その当日に抗菌薬が処方され服用されるだろう。しかし、それが不必要な過剰医療になっている場合や、抗菌薬の副作用などの害につながる可能性があることも、きちんと評価しなければならない。抗菌薬を処方しないという判断の方が、ケアの質の高さを示す場合もあることを知ってほしい。
臨床研究のエビデンスに基づいて、小児の急性中耳炎で抗菌薬の使用が推奨されるのは、通常、生後6カ月未満の乳児、生後6~24カ月でも両側の急性中耳炎の場合、基礎疾患による合併症のリスクが高い小児、強い耳痛が48時間以上続く場合、39度以上の発熱がある場合、などに限られる。その他の小児では抗菌薬は処方せず、経口鎮痛薬(アセトアミノフェンやイブプロフェン)を使用しつつ発症後48~72時間に症状の悪化がないか、注意して経過観察することが推奨されている。
急性中耳炎のセルフケア
英国の国民保健サービス(NHS)の市民向け健康情報提供ウェブサイト『Health A to Z』には耳の感染症(Ear infections)の項目があり、そこでは、セルフケアについてのアドバイスが充実している。
まず、「耳の感染症はとてもよくあることで、特に子供でよく見られます。耳の感染症は3日以内に自然に治ることが多いため、必ずしもいつも家庭医に診てもらう必要はありません」と書かれている。これは、「家庭医が必要とされていない」ということではなくて、家庭医には通常のセルフケアで改善しない場合の対応、反復する急性中耳炎や滲出性中耳炎になった場合の対応など、別の役割があるということである。
このウェブサイトには、どんな場合に耳の感染症があると考えられるか、通常は3日以内に治っていくがその間にセルフケアとしてすべきこと(Do)と、すべきでないこと(Don't)は何かのリストがある。
すべきことの例としては、アセトアミノフェンやイブプロフェンなどの鎮痛剤を使用すること(16歳未満の子供ではアスピリンは服用しない)、耳を脱脂綿で拭いて分泌物を取り除くこと。
すべきでないことの例としては、耳垢を取り除くために綿棒や指などを耳の中に入れないこと、水やシャンプーが耳の中に入らないようにすること、耳の感染症があるときは泳がないこと、うっ血緩和薬や抗ヒスタミン薬を使用しないこと(これらが耳の感染症に効果があるというエビデンスはない)、などが書かれている。
そして、1歳〜17歳までであれば薬剤師が適切なケアを提供できるので相談することを勧めている。
さらに、ただちに家庭医を受診すべき場合、家庭医で行われる処置や治療の概要、そして、小児に必要なすべての予防接種を済ませておくこと、子供をタバコのある環境から遠ざけること、生後6カ月を過ぎたらおしゃぶりは使用しないこと、などを含む、家庭でできる耳の感染症予防のアドバイスも書かれている。
このように、症状に応じて、それぞれのレベルで、患者・家族が多職種保健専門職と役割分担をしていく。個々のセルフケアが医療資源の適正利用につながるので、住民の参加が地域全体の健康を支えているとも言える。
なお、日本ではセルフケアと似せて「セルフメディケーション」という言葉が使われることがある。これは、処方箋なしで購入できる市販薬(薬局のカウンター越しに [over the counter] 購入するので「OTC医薬品」と呼ばれる)の使用を推奨することで、セルフケアの一部の場合もあるが、不適切な使用での副作用や害のリスク増も見逃せない。上記のよう、セルフケアには他にも重要な事項が含まれることをわかってほしい。
C.B.ちゃんの急性中耳炎は鎮痛薬内服2日目で良くなり、また元気な子に戻った。フォローアップの診察にC.B.ちゃんを連れて来た母親のM.B.さんも嬉しそうだ。ついついこちらも嬉しくなる。
「それは良かった。ところでこの前お店の新作のお菓子を食べたんですけど、あれ美味しいですね」
「それはありがとうございます。季節限定だったんですけどよく見つけて下さいました」
「妻からは甘いものの食べ過ぎ注意!って言われてて耳が痛いんですけどね」
「あら、先生も急性中耳炎ですか(笑)」
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