手話=福祉ではない。20年以上観察して見えてきた、この言語のおもしろさ①

手話=福祉ではない。20年以上観察して見えてきた、この言語のおもしろさ①

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事務員G
2026年2月14日 10:05

串カツにソースをかけているところ
僕は、個人的に興味があって、手話を長年にわたり観察し続けています。
手話と言うと、たいていの人は「福祉」とか「ボランティア」みたいな言葉を連想すると思うのですが、今回はぜひ、その先入観をいったん横に置いてほしいのです。

『障害者の福祉に興味をもってほしい』とか『一緒に手話歌しゅわうたをやりましょう』とか、そんな話は今回一切しません。
専門的な言葉は使わず、ただ「へぇ、おもしろいんだ」と思ってほしいだけなのです。

僕は、この言語を「勉強している」わけではなく、「観察している」と言いました。まさにそうで、習いに行ったことは一度もありません。
NHKの手話ニュースをよく見たり、東京に「耳の聞こえない店主がやっている串揚げ屋さん」があったので、そこに長いこと通ったりしました。
そしてずっと、手話を観察していたのです。
理由は「おもしろそうだから」でした。

気づけば、僕はたいていの会話ができるようになりました。店内での注文も、手話を使う人との酒飲み話も、ある程度は理解できるし表現もできます。
しかし難しい話題だったり、速すぎる手話になってくるとお酒も入ってきますのでなおさら、お手上げです。そういうときは「ごめんなさい、もう少しゆっくりお願いします」と伝えます。
(……実際は「何何何?パッパッパッパッ!速い!オーバー!パーン」と体を動かしているので、そこまで丁寧ではないか…笑)
たとえば「手話検定◯級」のように、理解度を階級でお伝えできれば便利なのかもしれませんが、興味がありません。
酒飲み話ができれば十分だと思っているからです。
「韓国に行って、韓国語で注文したい」という気持ちとまったく同じです。

この言語のどこがおもしろいのか。
あんまり普段は語られないだろう側面から書いてみようと思います。

表現が生まれる瞬間を”見られる”言語

僕たち聴者ちょうしゃが頻繁に使う「Youtube」という言葉を例に出してみましょう。
僕が手話に興味を持ち始めた当時、この言葉をあらわす手話表現は、世の中に存在していませんでした。
しかし、Youtubeで動画を見る文化が始まり、次第に手話を使う人たちにも広がってきた頃、この「Youtube」という言葉をどう扱おうか、という話になってきたわけです。

手話には「指文字」というものがあります。
「あ」は、この手の形。「い」は、この形…と、50音の手の形が決まっているのですが、最初はこれを使うしかありませんでした。
面倒ですが「ゆ」「ー」「ち」「ゅ」「ー」「ぶ」と動かして「Youtube」と伝え始めるようになります。
しかし会話の中で頻繁に「Youtube」が出てくるようになると、自然発生的に、かんたんな動作だけで伝わる、新しい伝え方が誕生し始めるわけです。

「では【この動作】を『Youtube』ということにしよう」と誰かが決めました。それからは会話が格段に楽になります。
しかし別の誰かがやってきたので「僕たちは【この動作】で『Youtube』をあらわすことに決めたんですよ」と伝えると
「でも、僕の通っている職場では【別の動作】であらわしてたなぁ」などと言うのです。

このような動きは日本全国で発生していたと思います。
そして、今度はしだいに表現方法の統一化が始まっていくのです。

「私の学校では、ほとんどの人がこの表現だったよ」と誰かが言うと、「そんなに大多数の人が使ってるなら信頼できるな」となり、そこに居た全員が同じ表現で統一されていく…という流れ。

そしてその規模が、日に日に大きくなっていったように感じます。
日本全国で「Youtube」をあらわす表現がほぼ統一されたのは、僕の感覚では、それから10年くらい経った頃だと思います。
どこに行っても「Youtube」は【この動作】だな、と思うことで、定着を確認するわけです。
それまでは、表現がコロコロ変わっていました。

現在主流の表現方法「YouTube」

現在主流の表現方法


過去にみかけた表現方法の一例「YouTube」

過去にみかけた表現方法の一例


この「新しい言葉」や「珍しい言葉」をどう表現するか。
これは、手話を使う人たちのあいだでは定番の話題のひとつです。

NHKの「手話ニュース845」という番組を僕が常に見ているのは、新しい言葉がいよいよNHKでも使われるまで成長した時に、「さて、どっちを採用したのかな」とか「どう表現することにしたのかな」と見たいからです。

NHKが初めて「Youtube」を表したのを見た時は、「そっちかーー」などと一人で興奮していました。(その時の手話表現は、高島キャスターによる上の画像でいえば左下の動作でした)
NHKニュースは全国番組ですから、その威力は絶大です。
それを機に、いっせいに全国的に表現が統一されることも多いのですが、NHKで使われた表現がその後定着しなかったこともあります。「Youtube」もそうです。

東日本大震災の頃は、「モニタリングポスト」や「圧力釜」、「建屋たてや」、「がれき」など、普段使わない言葉が突然たくさん現れました。これは、こうした言葉を使う必要がある人たちに、NHKが一例を示していた役割も大きかったと思います。

最近だと、これは「手話ニュース845」で実際にキャスターをしている小野さんと偶然お店でお会いした時にした話なのですが、ちょうど備蓄米の話題が多かった時期です。
「『随意契約ずいいけいやく』という難しい言葉をニュースで扱わなくちゃいけなくなったので、どういう表現にしようかという会議が明日あるんです」___ 画面の向こうの人たちも、毎日悩んでいるようです。

しかし、単語すべてが「全国で表現が統一されること」を目指しているのか、と言われたらそうでもありません。
例えば、僕と話をしている人が、見たこともない表現をしたとします。
そういうときは「え、待って。いまの手話の意味はなに?」と止めます。
「じゃがいも」の意味だよ、と教えられても、僕の知っている「じゃがいも」とは違います。でも別に構いません。
それからは僕も、相手が使っていた表現で「じゃがいも」とすればいいだけの話。
僕もいままで、3回くらい「じゃがいも」の表現を変えてきましたが、要は「相手に通じれば良い」だけなのです。
手話辞典に乗っている表現方法も、いくつかあるうちの1つ……くらいに思っていればちょうどいいと思います。
現に「水」という表現も、関東ではこれ、関西ではこれ、九州ではこれ…と、方言が存在していますしね。


ここまで読んでいただいて、「普通に言語学じゃん」と思っていただけたなら嬉しいです。
例えば日本語で「コメントでレスポンスの応酬を繰り返し、論戦を交わすこと」を「レスポンスバトル」という人が現れ、略して「レスバ」になり、その言葉が便利だと使用頻度が上がり定着していく……なんていう様子は、まさに同じような現象でしょう。

北海道のおばあちゃんに「サビオあるかい?」と聞かれたら「ばんそうこう、ここにあるよ」と言わずに「サビオ、ここにあるよ」と返してあげればいい。こんな感覚です。手話は、その揺れが少し多いだけなのかもしれません。

日に日に変化していく様子をただ見ているだけで、言語として面白い。
僕が20年以上観察していても飽きない理由は、そこなのです。

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ピアノを弾いています。
でも、面白そうなことならすぐに飛びつきます。
旅行や料理が好きです。
インターネットで音楽活動をする人が増え始めた2007年頃から、たくさんの人と色んなイベントを作ってきました。
月刊Pianoという雑誌で2014年から楽譜の連載を続けています。


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