ABEMA Prime
2025/08/10 09:45

聞き取りに悩む小学6年生の絵美さん
【映像】“LiD”当事者を描いたマンガ『聞き取りが苦手すぎる男子の日常』の一部内容
今年発売されたマンガ『聞き取りが苦手すぎる男子の日常』が話題だ。ある日のこと、友だちとの会話の内容が理解できなくなった高校生。しゃべる「声」は聞こえるが、「言葉」として聞き取れない症状に悩み、結果として愛想笑いや適当な相づちで、その場をやり過ごす——。
【映像】“LiD”当事者を描いたマンガ『聞き取りが苦手すぎる男子の日常』の一部内容
こうした状況に、実際に悩む人もいる。小学6年生の絵美さん(仮名・11)は、つい先日、聞き取り困難症 LiD(エルアイディー)と診断された。聴力に問題はなく、音は聞こえるのに、相手が何を話しているのか理解できない、つまり「聞こえているけれど聞き取れない」症状を指す。
絵美さんも、授業中の聞き取りや友だちとの会話で困難を抱えている。「文章は最初と最後は聞こえるが、真ん中の重要な部分が聞こえない」。友だちから「人生で一番悲しかったことは何?」と聞かれた際には、「楽しかったこと」と聞き間違えて、「遊園地に行ったことかな」と答えてしまった。戸惑う友だちを前に、「ソフトクリームを食べようとして、全部落とした」という作り話で、その場をしのいだという。
絵美さんが授業で使っている機器は、マイクと受信機がセットになっていて、周囲の音をカットし、教師の声がクリアに聞こえる。しかし、母親は「子ども割がきくが、約20万円と約8万円の15%引き。(購入時に)補助が付いたらありがたい」と訴える。
同じような症状を抱える人は、100人に1人とも言われるが、世間的な認知度は低く、補助も追いついていないのが現実だ。
■複数人が同時に話す会議が困難 家庭でも「テレビの声を拾ってしまう」

仕事で、家庭で悩む会社員の山田さん
会社員の山田さん(仮名・40代)は「仕事で困ることが結構ある。会議で話を聞きながら議論する場面が結構あるが、どうしてもついていけない」と悩む。雑音のない室内でも、複数人が同時に話す会議だと、内容が理解できなくなり、メモも取れない状態になる。「何を話しているのか分からなくなってくる。外国語に近いようなイメージ」。
職場だけでなく、家庭でもテレビが付いているだけで、妻や子どもの話が聞き取れない。「家族のほうを向いて話すが、テレビの声を拾ってしまい、家族の言っていることがわからなくなる。家族に“声のピント”を合わせないといけないが、それができない」。
しかし、その困難さは周囲に伝わりにくく、中には「聞こえているのに分からないはずはない」「集中して聞いていないだけじゃないか?」のように、心ない言葉を向けられる人もいる。認知度が低いだけでなく、原因や治療法さえはっきりしていない。
■当事者が望む支援 周囲の理解や配慮が支えに
LiD当事者のゆきさん(仮名・27)は、「雑音が多い場所での会話」や「複数人での会話(同じ音量で聞こえる、発言者が誰かもわからなくなる)」「長い話」「突然話しかけられる」「電車の発着時の構内のアナウンス」などが聞き取れないという。

LiD当事者のゆきさん
電車の運転見合わせを例に挙げ、「駅員や車掌のアナウンスの時に隣を電車が通過すると、聞き取れず状況把握ができない」と話す。また、コロナ禍では「マスクに加えて、パーテーションで声がこもってしまう。薬局や窓口のように、すぐ隣でも別のやりとりが行われていると、他の会話と混ざってしまうことが多かった」と振り返る。
ゆきさんは高校時代、休み時間に雑音に耐えられず、部屋から逃げ出した経験がある。ただ、健康診断で聴力検査を受けると「異常なし」だった。過去にコールセンターやスーパーで勤務していたが、雑音が多い職場で聞き取りが困難に。そして去年「LiD」と診断された。
当事者にとっては、「静かな場所へ移動」「話しかける時に名前を呼んだり肩を叩くなどし、『あなたに話す』ということを明確化」「複数人での会話は1人ずつ発言」「大事な話は1対1で」「ゆっくりはっきりした声で簡潔に」「身振り手振りを交えて」「文字にする」といった周囲の理解や配慮が支えになる。
ゆきさんは診断を受けた当時、スーパーマーケットで働いていた。「カミングアウトには抵抗なく、まわりに助けを求めやすくなった」という一方で、「耳栓やノイズキャンセリングイヤホンの着用許可を求めたが、『サボっていると思われる』と許可が下りなかった」とも語る。最終的に、「LiD当事者が作った“コアラマーク”を使って、『ゆっくり話してください』と示したバッジを自作して着用した」という。
■LiDの要因は 専門家「まずは耳鼻科で検査を」
これまで延べ5000人の当事者を診てきたLiD研究の第一人者である、大阪公立大学大学院の阪本浩一特任教授は、「通常の聴力検査では正常だが、複数人の会話や、周囲がうるさいなどのシチュエーションで、通常の人より聞き取りが悪くなる状態を指す」と説明する。
そして、「よく『聞こえているじゃないか』と言われるが、聞くことに対するリソースがすごくかかる。通常の人が10のうち2程度だったとして、LiDの方は6ぐらいかかる。補聴援助システムはその負荷を下げるようなものだ。マイクがなくても聞こえるが、あれば集中力に割くリソースが減る。そこを考えてもらいたい」と問いかける。
LiDの要因としては、「注意力・集中力に欠ける」「ワーキングメモリが弱い(長文の記憶ができないなど)」「処理速度が遅く、理解が追い付かないなど」といった発達機能の偏りや、心理的な問題(抑うつや不安も)、精神疾患、事故や病気による脳の損傷などがある。

「LiD」を疑い来院する人が増加中
また、同じような症状に悩む人も多いようだ。会話が成立しない、かみ合わないと指摘される若者や、注意力に欠ける「ADHD」やニュアンスが理解できない「自閉スペクトラム症」といった発達障害、認知機能やコミュニケーション力が困難となり会話についていけない「境界知能」などがある。
阪本氏は「ASDやADHDとLiDは、同じではないかと最初は言われていた」と説明する。「研究を始める時に『結局は発達障害になるのでは』と言われたが、研究した結果、ASDやADHDと診断できるのは、全体の30%程度だった。残りの70%のうち、ほぼ半分は発達面のでこぼこがあり、発達障害の人もいれば、そうでない人もいる」。
聞き取りに関する特性にもバリエーションがあり、「聞いて覚える短期記憶が、逆に高い人もいる。ただ、そうした人も、聞きながら次の処理へ移る過程がすごく遅い場合がある。聞いて覚えるが、処理できずに途中で忘れるタイプもある」。しかし、「タイプまで調べると診断基準が難しくなる」ため、「今回作った基準では、『きちんと聞こえていて、静かな所では言葉もちゃんと聞き取れる』『でも自覚症状はある』の2点で診断できるようにした」と話す。
それでも、まだLiDの認知度は低い。「僕らの調査では、耳鼻咽喉科の半分以上が知っている。診られる先生も増えてきているが、概念は知っていても診てくれる先生はまだ少ない。精神科医でも診てくれるが、これはやはり『聞こえの問題』だ。5〜10%は軽度の難聴を持っているため、それを耳鼻科で鑑別しないといけない。補聴器をすればもっと聞こえるようになるかもしれないのに、精神科で治療せずにLiDと言われてしまう。まずは耳鼻科で聴覚が正常だと分かってから、LiDの話をしないといけない」と説いた。(『ABEMA Prime』より)
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