現在、難聴の患者数は約1,430万人(国民全体の約10%)いると言われています。難聴の原因はさまざまで、年齢などにかかわらず誰しもがなる可能性があるものです。
本企画では、主に成人の難聴についての正しい知識・情報を発信し、その予防と早期発見・早期受診の重要性を解説します。
前編(後編は次号)では、難聴の現状、聞こえなくなることのリスクや日常生活への影響、医療機関にかかるきっかけ・タイミング、難聴の人とのコミュニケーションの取り方、国の支援などについて、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の先生方を招き、話し合いました。
(左から)
石川浩太郎さん
一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会福祉医療・成人老年委員長
大森孝一さん
一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会理事長
中山美恵
社会・援護局障害保健福祉部企画課課長補佐
鈴木偲歩
社会・援護局障害保健福祉部企画課主査
澤田 晶
社会・援護局障害保健福祉部企画課係員
<座談会:厚生労働省×日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会>
難聴の世界を知る~聞こえない・聞こえにくいとは?~
日常生活には難聴に気づく きっかけがあふれている
中山●難聴は幅広い年代で誰しもがなる可能性があり、徐々に進んでいくために気づきづらいものだと認識していますが、実際はいかがでしょうか。
大森●国立長寿医療研究センターが行った「老化に関する長期縦断疫学研究(NILS─LSA)『日本老年医学会雑誌』第49巻2号(jst.go.jp)」によると、難聴有病率は75~79歳の男性で71.4%、女性で67.3%、80歳以上の男性で84.3%、女性で73.3%と言われています。一方、日本補聴器工業会が行った調査(JapanTrak2022〈2023_JAPAN_Trak_2022_report.pdf〔hochouki.com〕〉)では、難聴を自覚している人の割合は75歳以上で34.4%。有病率が7割なのに対して、自覚がある方が3割と乖離があります。
実際、臨床の現場でも、ご本人には難聴の自覚が少ないにもかかわらず、家族に難聴を指摘されて耳鼻咽喉科を受診し、検査をしてみると明らかな難聴があるケースが多々見られる状況です。
中山●患者さんは、どのようなことをきっかけに受診されているのでしょうか。
大森●社会的活動が活発な方は、さまざまなコミュニケーションを行う場面での気づきで自発的に受診する傾向があります。
一方、一人暮らしや高齢の夫婦のみの家庭で、あまり対外的な活動をしていない場合は難聴に無関心・無自覚で、たとえ自覚していたとしても自発的に受診する行動につながらない傾向が見られます。
受診のきっかけは、ご家族から「テレビの音が大きい」と指摘されたからというのが、よく聞かれる声ですね。また、ご家族がいくら話しかけてもご本人が聞き取れないということも、よく聞くきっかけの一つです。
石川●家庭や外出先での会話が聞き取りにくい、聞き返す、聞き漏らしがあるなども指標になります。会議で複数人の会話や遠方の人の声が聞こえない、講演会などの広い会場で講師の声が聞き取れない、駅や空港・電車内などの案内放送が聞き取れない、相手の言ったことを推測で判断する、車の接近に気がつかない──など、日常生活に難聴に気づくきっかけはあふれています。
中山●周りの指摘も大切ですが、自覚できる聞こえにくい状況についてご本人に知ってもらうことも同じくらい重要ですね。
危険を察知する能力が低下 認知症発症との関連も
中山●聞こえにくいことによって日常生活にどのような影響が出てくるのでしょうか。
大森●まず、車の接近などの危険な状況に気づけなくなったり、家族・友人とのコミュニケーションがうまくいかず、人と話をするのに自信が持てなくなったりしてしまいます。
そして、最近よくトピックスとして挙げられているのが認知症との関連ですね。認知症発症のリスクに中年期・高年期の難聴が大きく影響すると言われています。
コミュニケーションや認知症の観点から社会的に孤立してくると、うつ状態になる可能性も出てきます。
中山●医療機関につながった場合、難聴に対してはどのような治療がされているのですか。
大森●難聴は大きく伝音難聴、感音難聴、混合難聴に分けられます。
伝音難聴の代表的な疾患には耳垢栓塞、慢性中耳炎、耳硬化症などが挙げられます。多くは処置や投薬、手術で聴力改善が可能です。
感音難聴は、聴力改善が期待できる急性感音難聴と、改善が難しい固定した感音難聴に分けられます。突発性難聴を代表例とする急性感音難聴は、内服や点滴、高圧酸素投与などにより治療できます。
一方、加齢性難聴や騒音性難聴、両側性進行性難聴など改善困難な難聴については、補聴器適合や、人工内耳・人工中耳などの人工聴覚器による聴覚獲得が主な対処方法です。この領域の最近のトピックスとしては、遺伝子治療や再生医療の研究が始まっていることですね。
補聴器購入の公費負担など 国も難聴の支援に尽力
鈴木●国でも、難聴の方の支援に力を入れています。
聞こえにくい、聞こえないという状態が継続している方については、補聴器などを使用することでコミュニケーション障害を大きく改善できる可能性があります。このため、「障害者総合支援法(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律〈平成17年法律第123号〉)」に基づく補装具費支給制度において、聴覚障害と認定された方、具体的には両側の聴力が70デシベル以上の方に対して、補聴器の購入などに要した費用について利用者の負担を原則1割とし、9割を公費で負担しています。
また、補聴器の適正な利用を図るため、補聴器販売者向けの研修や、補聴器に関する情報等についての普及啓発に関する費用を補助するほか、「認定補聴器技能者」などの専門知識・技術を持った方が調整(フィッティング)した場合に補聴器の上限価格に2,000円加算できることとしています。
さらに、難聴の予防・普及啓発のため、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会にもご協力いただきながら、厚生労働省を挙げて広報に取り組むこととしています。
中山●日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会さんから補足はございますか。
大森●地方自治体による軽度・中等度難聴の方に対する補聴器購入費の助成制度が広がってきています。最も進んでいるのが新潟県で、県内全ての自治体で補助を受けられるようになっています。ただ、全国的に見るとまだごく一部の自治体にとどまっており、今後の制度の広がりが期待されます。
石川●国の制度について、たとえば、障害者総合支援法の地域生活支援事業に基づいて各地方自治体が行っている聴覚障害に対する意思疎通支援として、手話通訳者や要約筆記者の派遣などが行われています。こうした意思疎通の支援についても、非常に重要な取組の一つだと考えています。
若者の難聴も増加 早期発見・早期受診が大切
中山●難聴における課題については、どのようにお考えでしょうか。
大森●医学的な面では、さまざまな研究や治療が始まっていますが、感音難聴をどうやって根本的なところから治していくかということが課題です。
社会的な面では、早期に発見することが非常に重要です。自治体や企業の健康診断に難聴に関するチェックリストなどを入れていくと早期発見につながると思います。
あとは、先ほども何回か出てきた補聴器の医療です。これは耳鼻咽喉科ももっと努力しないといけないところですが、補聴器の技能者や相談員のレベルアップも必要です。
石川●少し広げて考えると、WHO(世界保健機関)のレポートで、ヘッドホン・イヤホンによって若い方の難聴の増加が今後の危機として示されています。難聴者が増えていくことは、ひいては経済的な損失や、最終的に高齢化した場合の認知症のリスクなど、国の大きな課題につながっていくことが想定されます。
そのため、繰り返しになりますが、国や学会がきちんと協働して、広い視点で難聴対策に取り組んでいかなければならないと思っています。
澤田●難聴の原因はさまざまで、誰しも、人生のどこかの段階で、この問題が起こってもおかしくありません。国民の皆さんには、難聴は加齢性以外にもさまざまな原因があって、誰がなってもおかしくないんだという認識を持っていただきたいです。
厚生労働省としては、どの世代の人にも聞こえの問題を自分事として捉えていけるように、正しい知識を広くお伝えしていきたいと思っています。そのうえで、聞こえにくい方が早めに気づくことができるように、また、今、聞こえに問題が出てきている方の生活をサポートできるよう取り組んでまいりたいと考えています。
はっきりゆっくり 身ぶり・手ぶりを添えて
中山●予防する方法はありますか。
大森●予防の観点で言うと、出生時関係では母親からの免疫抗体が含まれる母乳での栄養や、児や母体を清潔に保つことによる中耳炎などの感染予防があり、ウイルス関係で言えばおたふくかぜワクチンなどの予防接種ですね。また、ヘッドホン・イヤホン難聴に関しては、ずっとつけ続けずに、音量を適切にすること。職場で騒音性難聴のリスクがある場合は騒音性難聴担当医に相談したり、きちんと対策・防御をする必要があります。
何より、早期の耳鼻咽喉科への受診、早期の聴力検査が第一です。
石川●80歳で30デシベルをぜひキープしてもらおうと「きこえ8030運動」も行っています。自分の耳を大事にするということはもちろん、仮にそうでなくても補聴器をきちんとつけて30デシベルを保てば、コミュニケーションがしっかり取れます。
ぜひ一度、当学会のHPやYouTubeで「きこえ8030運動」を調べてみてください。
中山●最後に、難聴の方とコミュニケーションを取るときの工夫について教えてください。
大森●できれば正面から、相手の顔を見て話すということです。身ぶりや手ぶりなどを加えつつ、ゆっくりと区切って一つずつしゃべることも必要です。簡単な言葉への言い換えや筆談なども有効だと思います。丁寧に少し時間をかけて話してあげてください。
石川●マスクをすると遮断されるので、音(声)が小さくなり、こもって聞こえます。口の形から、言葉の想像もできません。難聴の方に何かを伝えたいときは、一時的にマスクを外して、はっきりゆっくり話してあげるというのが大事です。
それから、一つひとつの言葉を滑舌よくはっきりと、早口にならないよう、アナウンサーのように話してあげてください。難聴だからといって大声が良いわけではありません。大きすぎる音は割れて聞き取りにくいです。
あとは、大森先生が言っていたように、わかりにくい言葉は言い換えるということです。一例ですが、数字の7を「しち」と言うと、「いち」と聞き間違えることがあります。なので、「7」と書いたり手で示したりしたうえで、「〝なな〟時に会いましょうね」などと言うと、難聴の方の聞き間違いや認識間違いは減らせます。
中山●我々とは違った観点からの、臨床現場の先生たちのご意見を聞くことができ、非常に貴重な機会となりました。引き続き、難聴対策へのご協力をお願いします。
出典: 広報誌『厚生労働』2024年10月号
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省
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