聴覚障害って何だろう…片耳が聞こえない障害から見える社会

聴覚障害って何だろう…片耳が聞こえない障害から見える社会

2025/07/20 12:10

 2025年11月に開催される東京デフリンピック(読売新聞社協賛)に向け、聴覚障害のある人たち(デフ)へ注目が集まりつつある。大会には出場選手の聴力に基準がある。その基準を満たすかどうかを判定するのが言語聴覚士の役割だ。群馬パース大学の准教授で、言語聴覚士の岡野由実さん(40)は、左耳が聞こえない「片耳難聴」の当事者でもある。「聞こえないこと」とは何かを理解するヒントを求めて、岡野さんから話を聞いた。(以下、敬称略。栗原守)


中学2年のころ、突然、左耳が難聴に

片耳難聴のおかれた環境を説明する岡野さん

片耳難聴のおかれた環境を説明する岡野さん


――片耳が聞こえないと聞きました。

岡野 左耳がほぼ聞こえません。聴覚の数値でいうと110デシベルを超えるほどです。右耳は問題なく聞こえています。この症状になったのは中学2年生のころで、原因不明で突然、発症した難聴です。


――聴覚障害の一種と考えて良いのでしょうか。

 聴覚障害をどのように考えるか、によりますが、私は右耳が聞こえて、要件を満たさないため、障害者手帳を持っていません。では全くの聴者かというと、そうとも言い切れません。

 片耳難聴だと三つの困る場面があります。一つ目は、聞こえない耳の方から話しかけられると、聞き取れないことがあること。二つ目は、騒々しいところだと聞き取りづらいこと。そして三つ目は、音源の方向が分からないことです。特に騒々しいところ、たとえば飲み会のような場面では、聞き取りが難しいです。また走行音がうるさい運転中の時に、左側の助手席の人の話や、電車の中で話し相手の話す内容までは、聞き取りができません。

 ただ、これに対し、片耳難聴は障害者と認知されていないので補聴機器などのツールを購入する補助金などもありませんし、三つのデメリットを全て解消するツールもありません。

理解されにくい片耳難聴

当事者としての経験を話す岡野さん

当事者としての経験を話す岡野さん


――静かな環境では聞こえているわけですね。

 静かな環境であれば、ほぼ問題ないです。ただ、場合によっては室内で反響音が、聞き取りの邪魔となることはあります。また、多少にぎやかでも、聞こえる方向から話してもらうなどの、小さな配慮をいただければ、たいてい聞こえます。

 私たちはコミュニケーション手段として手話を使うわけではありません。世の中にある、「聴覚障害者=聞こえない=手話使用」というステレオタイプとは異なります。なかなか理解されにくいのですが、もし私たちが聞こえないことを説明しようとすると、「なんで話せるのか」「診断書もってこい」「障害者手帳はないのか」という反応が返ってくる時もあります。


――片耳難聴の問題は、耳鼻科の症状として広く認知されているのでしょうか。

 ここ数年だと思います。聴覚の専門家たちが集まる医学会で、2023年に「一側性難聴(片耳難聴)」をテーマにしたシンポジウムがありました。ようやく学会でもトピックとなりつつあります。

 片耳難聴は、本人や周囲が気づきにくいのが特徴です。周囲は「聞こえる」と判断するし、生まれつきの場合には自分自身も、片耳での聞こえが当たり前だからです。しかし、約20年前に子どもの難聴を早く発見しようと「新生児聴覚スクリーニング」が始まり、今では0歳児から「片耳難聴」が診断され、周囲も自身も自覚できるようになりました。先天性の難聴でいうと、「両耳」と同じくらいの数の「片耳」の難聴者がいます。


デフリンピックは日本の障害の基準と異なる

大学のほか、講演活動などでも片耳難聴の啓発活動を展開する岡野さん

大学のほか、講演活動などでも片耳難聴の啓発活動を展開する岡野さん


――確かに、「片耳難聴」の方から自ら説明してもらわない限り、第三者は気づきにくいです。

 周囲も聴者と同様に接するし、医師もあまり重視していない症状かもしれません。私の片耳難聴が分かったときに、担当医師から「片方が聞こえなくても、日常生活に問題はありません」と断言されました。私としては「なぜ言い切れるんだ」という気持ちでした。

 そういう医師は今でも多いです。医師としては不安を緩和させようとしているのかもしれませんが、片耳難聴に対する理解が浅いのかもしれません。


――聴覚障害者なのか、聴者なのか、この二つのカテゴリーでは、判別しにくいですね。

 デフリンピックが開かれますが、東京大会では言語聴覚士が選手の聴力検査を担当することになっています。デフリンピック選手として参加するためには、55デシベル以上であることが基準です。でも、日本の聴覚障害者に出される障害者手帳は、70デシベル以上が基準で、より厳しい基準です。半世紀以上、この基準は変わっていません。つまり、55~69デシベルの聴力の人は、デフの日本選手として参加できますが、日本基準では聴者、という状況があります。障害者かどうかの基準は、人為的な側面があるということです。

 私自身は、障害者手帳がほしいとか、障害者として認めてほしいという気持ちはありませんが、これは人によります。「手帳がほしい」という人もいます。


語聴覚士として子どもの難聴を支援

著書でも啓発を展開している

著書でも啓発を展開している


――お仕事では大学以外に、言語聴覚士として、難聴の乳幼児の聴力検査や個別訓練を担当されていますが、どのような仕事ですか。

 難聴児は外界からの音が入ってきにくいので、親などが意識的に言葉かけをしていくことが大事です。言語発達の観点でいうと、両耳が聞こえる子どもは、約80%の言葉を偶発的に学ぶと言われています。教えなくても、どこかで何げなく耳に入ってきた言葉を学んでいくことができるということです。

 しかし、難聴児はそれが難しい。たとえば「見つける」と「見つかる」、「食べる」と「食べられる」の違いが分からなかったり、「車」や「手紙」は知っていても日常的にあまり使わない「タイヤ」「封筒」という言葉を知らなかったりします。そこで、会話や検査を通じて、個別に言葉の発達状況を判断し、音声だけでなく絵や手話などの視覚的手段を用いたり、言葉遊びや絵本などを用いて言葉を覚えたり、親に助言をして家庭で言葉につながる様々な経験をしてもらったりすることが大切です。

 最近の補聴器の技術は飛躍的に向上しており、できれば0歳児から聴こえに配慮した環境を整えると、その後の言語発達が良好であるとされています。早ければ早いほど、耳が育ちやすいです。私は言語聴覚士として、特に子どもたちの育ちを支援し、成長に伴走していけるような存在を目指していきたいです。


 岡野由実(おかの・ゆみ) 
群馬パース大学リハビリテーション学部言語聴覚学科准教授。言語聴覚士。大学のほか、臨床活動として、東京都内の病院やろう学校で、乳幼児向けの聴覚検査をしている。800人近い片耳難聴の当事者のコミュニティー「きこいろ」の代表。著書に「聞こえ方は、いろいろ 片耳難聴 Q&A」(学苑社)がある。東京都在住


リンク先は毎日新聞というサイトの記事になります。


リンク先は毎日新聞というサイトの記事になります。

ブログに戻る

コメントを残す