2025/08/02 12:10
栗原守
2025年11月に開催される東京デフリンピック(読売新聞社協賛)に向け、聴覚障害のある人たちへ注目が集まりつつある。圧倒的に聴者が多い社会の中で、当事者が社会的自立を目指す時、どのような課題に直面しているのか。配慮の形はどうすればよいのか。そのヒントを探るため、武蔵野大学助教(専攻科:言語聴覚士養成課程)で、自身も聴覚障害のある志磨村早紀さん(35)から話を聞いた。(以下、敬称略。栗原守)
聴覚障害者は多様。聞こえ具合も多様
――ご自身の難聴について教えてください。
志磨村 進行性難聴の当事者です。保育園のころから右耳が聞こセルフアドボカシーえないことに気づいていましたが、それを両親に伝えたのは小学2年生のころです。検査の結果、右耳は90デシベルという重度の難聴で、聞こえていると思っていた左耳も45デシベルの中等度の難聴でした。

当事者として聴覚障害をテーマにした研究をする志磨村さん
難聴の度合いは進行してゆき、大学に進学するころには補聴器のある生活になりました。現在は、聴力的には重度難聴に該当しますが、補聴器があれば、静かな場所だったらある程度は音声での会話ができます。
――聴覚障害の当事者ということですね。
そうです。聴覚障害というのはグラデーションだと思います。それぞれの状況は無数にあります。社会には、「聴覚障害=手話利用者」というイメージがありますが、意思疎通手段も多様で、聴覚障害者を一つのイメージに当てはめることはできません。
ろう者、重度難聴、中度難聴、軽度難聴、片耳難聴、それぞれに困難があります。聴者とのコミュニケーションで、手話や文字など視覚的な手段が必要な人もいれば、自身で声を出すことは可能であったり、聞こえを活用して音声を聞き取ることができたりする人もいます。その多様さを理解してほしいのですが、社会の理解はそこまで追いついていません。
社会に出る時に直面する自己表現
――たとえば当事者はどのような困難に直面しますか。
これまで聴覚障害のある大学生の支援をしてきましたが、当事者の学生が壁に直面するのは、就職しようとする時です。社会の壁というより、「自分自身の聞こえを他者に説明出来ない」という壁です。

聴覚障害の多様性を強調する志磨村さん
聴覚障害のある学生には、「私は聞こえません」と言うことはできても、聞こえの程度や、必要な支援を具体的に説明できない学生が少なくありません。でも就職活動でエントリーをする時に、自分がどういう状況かを説明し、必要な支援を説明できなければ、企業側はその学生の障害像を理解できないし、例えば「手話が必要なのか」「静かな場所なら話せるのか」「文字情報がよいのか」という判断ができません。うまく説明できずに、就職活動に不安を抱える学生を多くみてきました。
――なぜ、多くの当事者は自分の状況を説明できないのでしょうか。
もちろん自分が聞こえにくいということは自覚しています。でも他人に分かってもらう言葉を持っていないということです。自分の聞こえは他者の聞こえと比較することができません。自分の聞こえを客観的に見つめ、考え、他者に説明する機会が十分になかったまま成長した当事者も少なくないと思います。
「なんでそこまで当事者が頑張って説明しなくてはならないのか」という意見もあります。私自身もそう思うことがありますし、そうしなくてもよい社会を目指すべきだとも言えます。しかし今の社会では聴覚障害者に接したことのない人が多く、理解が浸透していないのが現状です。当事者側から自分を説明しないと理解してもらえないし、関心を持ってもらえません。当事者の頑張りどころだと思っています。
「聞こえの説明書」で具体的に表現
――自分の聞こえを知り、伝えるためにどのようにしたらよいのでしょうか。
私自身も、長らく自分の聞こえを把握できず、他者にうまく説明することができなくて、苦しい思いをしてきました。そして、言語聴覚士養成課程で学ぶ中で、ようやく自分の聞こえを客観的に見つめ、言語化することができるようになりました。それを土台に自分の「聞こえの説明書」を作成し、就職先でお渡しするようになりました。

当事者が自身の「聞こえ」を説明するシート
就職し、いろんな方々と関わるようになって感じたのは、聴覚障害のことがまだまだ知られていないということです。自分の聴力を伝えても、それがどの程度の聞こえなのかは、分かってもらえません。「難聴=音が小さくなって聞こえるだけ」と思っている方や、「補聴器を使えば大丈夫だ」と思っている方も少なくありません。実際はそうではない、ということを理解してもらう必要性を感じました。
自分の聞こえを把握・整理して伝える工夫
――理解を促す手段が「聞こえの説明書」ですね。
そうです。たとえば、補聴器を通した聞こえを視覚化したイメージ図を載せ、自分が聞こえにくい状況を示し、どのようにしてもらうと助かるか、といった具体的な説明をしました。
最近は、この「聞こえの説明書」に関心を持ってもらえることが増え、もしかしたら支援の一助になるかもしれない、と考えるようになりました。自分の聞こえを知るためには、聴力をはじめとした医学的な情報から把握・整理しなければなりません。また、学校や職場で、自分が聞こえにくいと感じる状況と、その際に周りに何をお願いしたいかを考え、整理することが必要になります。

周囲に求める配慮が具体的に記されたシート
そして私が最も強調しているのは、自分一人では限界があるため、家族や信頼できる他者と一緒にこの作業をしてほしいということです。自分に聞こえないものを、自分だけで知ることは難しい。信頼できる他者とのやり取りを通して、聞こえにくい瞬間に気づくこともあります。こうしたプロセスの中で、自分の聞こえを把握でき、他者に伝えていく選択肢がある、と助言をしています。
――聴者の側からは当事者の障害を詳しく聞き出しにくいため、当事者から説明してもらうことで、相互理解が進みそうです。
「聞こえの説明書」を職場の方に渡した時に、「志磨村さんだけじゃなくて、他の難聴者の説明書も読んでみたいな」と言われたことがあります。「聴覚障害」ではくくれない当事者の聞こえの多様さが理解されたように感じました。
聞こえる方々には、この視点を持って、目の前の聴覚障害のある人と関わっていただきたいと思います。また、私たち当事者も「自分の聞こえ」を必要に応じて伝えられるようになると、相互理解が進んでいくかもしれません。
東京大会を聴覚障害の多様性理解の機会に
――デフリンピックが開かれますが、期待することはありますか。
大会を契機として社会の理解が進めば良いと思いますし、日本チームの活躍を期待しています。私が注目していることの一つは、これを機に、聴覚障害という枠だけでなく、さらに踏み込んで、その多様さにスポットライトが当たるといいなということです。
当事者であるデフアスリートを通して、その多様さが垣間見えるような発信が増えることを願っています。聴覚障害はその困難さが可視化されにくく、ただでさえ正しく理解をしてもらうことが難しいのです。「聞こえ」も「コミュニケーション」も多様だ、などと言うと、複雑で分かりにくいと言われてしまうかもしれませんが、それが私たちの実像なのです。
聞こえに困難さを抱える人々が、一人でも多くより生きやすくなる社会づくりに向けて、社会発信を共に頑張りつつ、当事者への支援を続けたいと思っています。
しまむら・さき 武蔵野大学人間科学部助教。言語聴覚士養成課程にて、言語聴覚士の養成に携わるほか、他大学でも聴覚障害に関する講義を担当。見過ごされがちな難聴者の置かれた環境に光を当て、啓発活動に取り組んでいる。デフアスリートの夫がいる。共著に「聴覚障害×当事者研究」(金剛出版)がある。東京都在住。
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