一人暮らし、フリーランス 認知症“2025問題”に向き合う(21)
にらさわあきこ( 文筆家、美容研究家)

今年のGW明け、厚生労働省により、最新の『認知症高齢者の将来推計』が発表された。
それによると、団塊ジュニア世代が65歳以上になる2040年に、認知症の患者数は584万2000人になるという(65歳以上人口のおよそ15%)。
この数字を見て、「あれ、少ないな」と思った方はどれくらいいるだろうか。
同時に発表された、認知症の前段階であるとされている「軽度認知障害(MCI)」の2040年の推計数は612万人(同15.6%)で、両方を合わせると、「65歳以上の3人に1人が認知機能に関わる症状がある」ということになる(30.6%)。よって、「増えている」という印象を持たれた方もいるかもしれない。
しかしこの発表があるまでは、「2025年には認知症患者は700万人になる」とも言われており、2023年12月にスタートしたこの連載でもその数字を書いてきた。
そのため、今回の発表を聞いて、「少ないな」と私は思った。
実際、2025年(来年)における推計値を新旧で比べてみると、最新のものは471.6万人(12.9%)で、700万人と言われたとき(20%)から230万人も減っているのだ。
なぜこのような数字が出るに至ったのだろうと単純に思った。
そこで、調査を担当した九州大学の二宮利治先生と国立長寿医療研究センターの櫻井孝先生に、この数字の意味するところと、今後私たちが意識するべき事柄についてお伺いした。今回から、3回に分けてお伝えする。
2012年調査での将来推計
まずは、これまで認知症の将来推計を伝えるときに使っていたデータからご紹介しておく。
連載当初に使っていた700万人という数字は、筑波大学が発表した調査研究報告『2012年における認知症の有病者数』462万人(65歳以上人口の15%)に、長期の縦断的な認知症有病率調査を行っている「久山町研究」(→注)のデータを合わせて推計されたものである。

計算方法としては、2012年の調査時に15%だった認知症高齢者数が、2012年以降も各年齢層の認知症有病率が一定だと仮定した場合、2025年には65歳以上人口の18.5%となり、675万人と推測され、さらに2012年以降も糖尿病有病率の増加により上昇すると仮定した場合、推計値は700万人になる。
一方、今回の発表値は、2022年~23年に行われた大規模な調査に基づいたものである。
注:「久山町研究」とは、九州大学が福岡県久山町(人口約9000人)の地域住民を対象に、60年間以上にわたり行っている生活習慣病の研究のこと。www.hisayama.med.kyushu-u.ac.jp
大規模で綿密な調査
その調査とは、九州大学大学院・医学研究院衛生・公衆衛生学分野教授・二宮利治先生のグループが行った大規模かつ綿密なもので、調査対象は福岡県久山町・石川県七尾市中島町・島根県海士町・愛媛県伊予市中山町・岩手県矢巾町・大阪府吹田市の6地域に住む65歳以上の住民である。
凄いなと思ったのが、調査対象が「(一部地域を除いた)65歳以上の全住民」とされていたことである(なお、今回の認知症有病率の推計に使用されたのは調査率が85%以上だった4地域の結果で、4地域全体の調査率は93.4%である!)。
「認知症有病率の正確さは、住民の何割を調査できたかに左右されます。調査率と認知症有病率の関係に関するメタ回帰解析(→注1)では、調査率の低下に伴って各地域の認知症有病率は低下しました。調査会場に来られる方は、比較的元気な方である傾向がありますので、有病率に調査率の影響が大きいことが示されています。正確な数字を出すためには、可能な限り全住民の調査を行うことが大事です(→注2)」(九州大学・二宮利治先生、以下同)

注1:「メタ回帰解析」とは、複数の研究結果を統合し、より高い見地から分析すること。
注2:今回の調査では、会場調査に加え自宅や入居施設の訪問調査も実施している。
調査結果は、令和5年度老人保健事業推進費等補助金(老人保健健康増進等事業)「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究 報告書」として、下記URLで公開されている。https://www.eph.med.kyushu-u.ac.jp/jpsc/uploads/resmaterials/0000000111.pdf?1715072186
報告書を見てみると、実際に調査された人数は、6地域の65歳以上住民1万2240人のうち、8617人(調査率70.4%)。報告にあたっては精度の高い4地域(対象者7143人のうち)の6675人の結果が使用されている(調査率93.4%)。
目を見張ったのが診断方法で、報告書によると、「認知症の診断は認知機能調査票を用いて、二段階方式で行う」とあり、「面接調査はトレーニングを受けた医師・保健師・看護師・心理士等が実施した」という。しかも「一次調査で認知機能低下が疑われる者に対しては、精神科・脳神経内科専門医による二次調査を行い、本人の診察、家族・主治医との面接、臨床記録などの結果を通じて認知症およびMCIの有無と重症度、病型を評価した」というのだ。(正確なところを知りたい方は、上記リンクの報告書をご覧ください)。
つまり、専門家がとてつもなく綿密な調査を行い、認知症は元より、軽度認知障害(MCI→注)の正確な診断を対象地域の65歳以上住民の9割以上に行って得られたのが、今回の報告なのである。よって、この報告には現代日本の「認知症のリアル」がつまっていると言っていいだろう。
注:「MCI(軽度認知障害)」とは、健康なときと比べて認知機能が低下しているが、日常生活に大きな支障をきたしていない状態で、健常者と認知症の中間状態」を指す。
認知症有病率は低下傾向
では、結果を見ていこう。
4地域の65歳以上人口7143人のうち、6675人(調査率93.4%)を調査した結果、2022~2023年における認知症の有病率は12.3%、MCIは15.5%だった。なお、2012年の調査報告では、認知症が15.0%で、MCIは13.0%だった。
注:「有病率」とは、ある時・ある対象集団において、疾病を有している人の割合のこと。

「2022~23年の認知症の有病率は、2012年の厚生労働省より報告された認知症有病率と比べて、低下傾向を認めました」(九州大学・二宮先生)

では、『将来の認知症患者の推計』はどうかというと、「わが国の認知症患者数、およびMCI者数は、2050年でそれぞれ586.6万人(認知症)、631.2万人(MCI)と推計されました。これらの推計値は、2012年時点の認知症の有病率を用いた推計値の約30~50%少ないものです」
なんと30~50%も少ないとは、凄い変化ではなかろうか。
ここからなにが読み取れるのだろうか。
「2022~2023年の調査におけるMCIまたは認知症の有病率は、『MCI15.5%+認知症12.3%』で計27.8%。2012年の厚生労働省による報告の28.0%=『MCI13.0%+認知症15.0%』と比べて大きな変化を認めませんでした。このことから、MCIから認知症へ進展した者の割合が低下した可能性が考えられます」
なるほど。MCIから認知症へ進展した者の割合が低下した可能性が考えられるのか。 では、なぜそれが叶ったのだろう?
「国内外の疫学研究の成績によると、喫煙習慣、身体活動の低下などの生活習慣や高血圧や糖尿病、高脂血症などの生活習慣病は認知症の発症リスクを高め、これらの危険因子は老年期のみならず中年期より認知症発症リスクに影響を及ぼすことが示唆されています。よって、喫煙率の全体的な低下、中年期~高齢早期の高血圧や糖尿病、脂質異常などの生活習慣病管理の改善、健康に関する情報や教育の普及による健康意識の変化などにより、認知機能低下の進行が抑制され、認知症の有病率が低下した可能性が考えられます」
発症を先延ばしにする
同様の傾向は、欧米諸国でも見られるという。
「欧米諸国の疫学調査では、認知症の有病率、り患率が低下した要因として、教育歴などの社会経済的な要因、高血圧や糖尿病、脂質異常などの疾患管理の改善、喫煙率の低下、身体活動の推進が挙げられています。しかし、カナダやフランス、ドイツ、イタリア、オランダでは、認知症の有病率やり患率が上昇しているという報告もあり、各国の社会的背景や健康状況や調査の方法・精度により、その傾向は一致していません。ですから、今後の各国の疫学調査の成績が待たれます」
いずれにしても、今回の調査成績では、日本の認知症有病率は2012年の調査時に比べて低下傾向にあるとのことだった。
「認知症は老化に伴う疾患ですので、誰もがり患するリスクがあります。そもそも認知症人口が増えたと言われ始めたのは寿命が延びたからであり、年齢を重ねれば誰だって認知機能は衰えます。ですから、いかに発症を先延ばしにするかが大事で、そのための行動をしっかり取っていかねばなりません。
高血圧、糖尿病をはじめとする生活習慣病の管理ができるようになった結果、認知症の有病率は下がりました。しかし、最初から生活習慣病にならないように行動を改めるなど、できることはまだまだあります。さらなる高齢化社会に向けて、若いうちから意識を高くして、認知機能をキープする暮らしを送るのが大事です」
認知機能をキープするための具体的な方法については、次回から、二宮先生とさらに国立長寿医療研究センターの桜井先生にお伺いしていく。(続く)
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