都立文化施設のアクセシビリティ向上に挑む取りまとめ役 「誰に届けるか」を大切に

都立文化施設のアクセシビリティ向上に挑む取りまとめ役 「誰に届けるか」を大切に

2025.07.09 (最終更新:2025.07.09)

東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京事業部事業調整担当課長の駒井由理子さん(筆者撮影)

東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京事業部事業調整担当課長の駒井由理子さん(筆者撮影)


東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京事業部/駒井由理子


目次

  • アクセシビリティ向上の3カ年計画
  • 各施設の具体的な取り組み
  • 「私は何をしたらいいですか」という姿勢
  • 誰に届けるかを明確にしたチーム作り
  • アクセシビリティという言葉が消える未来へ


公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京で、事業調整担当課長として都立文化施設のアクセシビリティ向上の取り組みを主導する駒井由理子さん。2025年秋に東京で開催されるデフリンピックと世界陸上競技選手権大会を控え、「誰もが芸術文化を楽しめる環境の実現」を目指す3カ年計画の推進役として奔走している。取り組みについて聞いた。(聞き手 編集部・池田美樹)


アクセシビリティ向上の3カ年計画


——現在のお立場について教えてください。

東京都と東京都歴史文化財団が推進する「クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー」プロジェクトの一環として、東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京で都立文化施設のアクセシビリティ向上の取りまとめ役を担っています。

このプロジェクトは文化芸術を通してウェルビーイングを目指す東京都の文化政策で、すべての人がアートと文化に出会えることを目指しています。私の役割は、各文化施設と東京都との橋渡し役、調整役をおこなうことです。

2023年度から2025年度にかけて進めている文化施設におけるアクセシビリティ向上の3カ年計画は、1年ごとに3つのステップからなり、第1ステップは「情報サポート」で、芸術文化や文化施設に出会ってもらうための整備です。

第2ステップは「鑑賞サポート」で、来て芸術文化を楽しんでもらうための整備。そして第3ステップが「参画サポート」で、鑑賞者から担い手になってもらうための整備です。これを段階的に進めてきました。

2025年は、9月に世界陸上競技選手権大会、11月にデフリンピック競技大会が東京で開催され、世界からさまざまな人が訪れます。そのときに、都立文化施設が、インクルーシブでアクセシビリティが整った状態を作ろうという計画です。3カ年計画になっていますが、どの施設も1年目から少しずつ3つのステップすべてに取り組んでいます。


各施設の具体的な取り組み


——具体的な取り組みの例を教えてください。

例えば「情報サポート」では、施設案内動画を手話付きで作成したり、ウェブサイトが読み上げやすくなるよう改善したりしています。「鑑賞サポート」では、手話通訳や音声ガイドの提供、視覚障害のある人のために触ることのできる模型を作る、などの取り組みがあります。

東京都美術館「とびらプロジェクト」フォーラムの手話通訳(提供:東京都美術館)

東京都美術館「とびらプロジェクト」フォーラムの手話通訳(提供:東京都美術館)


具体例を挙げると、東京都現代美術館では、視覚障害のある人が触って美術館の建物の全体像がわかるような触察模型(視覚障害者が手で触って対象物を理解するための模型)を製作しました。模型は、全盲の方に最初の企画段階から参加してもらい、一緒に作り上げました。これはまさに「参画サポート」の一例です。

東京都現代美術館で建物内の建築の触察模型を触る(提供:アーツカウンシル東京)

東京都現代美術館で建物内の建築の触察模型を触る(提供:アーツカウンシル東京)


また、東京芸術劇場では、「TRAIN TRAIN TRAIN」(2025年11月26日〜11月30日)という舞台公演のオーディションをおこない、障害の有無を問わず出演者を募集しました。企画運営側にも障害のある専門家が参加しています。

東京都美術館では触って鑑賞する取り組みがありました。絵の輪郭に透明の盛り上がったインクをつけて「触察」できるようにしたのですが、実際に触った視覚障害者の人々からさまざまな反応がありました。

わからないという意見もあれば、初めてこういう体験ができて楽しかったという人もいました。このような経験を通じて得たフィードバックを、東京都美術館で2025年7月6日まで開催した「ミロ展」にも活かしました。

東京都美術館の「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」で開催した障害のある人のための特別鑑賞会(2024年)(提供:東京都美術館)

東京都美術館の「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」で開催した障害のある人のための特別鑑賞会(2024年)(提供:東京都美術館)


「私は何をしたらいいですか」という姿勢

——現在の取り組みに至った背景があるそうですね。

私自身がアクセシビリティに取り組むきっかけは、神奈川県の公共施設で働いていた時の経験です。2014年、偶然にも2年後の6月から9月の間に、さまざまな障害者団体の全国大会の申し込みが集中しました。聴覚障害、肢体不自由、知的障害、ディスレクシアなどの団体からの利用申し込みがあり、どうすれば安心して利用してもらえるか考えました。

そこで障害者団体の方々に「私は何をしたらいいですか」と正面から聞きに行き、各団体から教わったことを実践しました。それが結果的に、障害者差別解消法の施行された時期(2016年4月1日)と重なったのです。この経験がその後の私の取り組みの原点になっています。

特に活かしているのは、「教えてください、私は何をしたらいいですか」という姿勢です。当事者に聞き、実践し、フィードバックを得て改善する。このサイクルを東京での取り組みでも大切にしています。

神奈川では2016年7月に起きた津久井やまゆり園での事件をきっかけに、文化芸術でも共生社会を作るミッションが明確になりました。そういった背景も今の取り組みに影響していると感じます。


誰に届けるかを明確にしたチーム作り

——文化施設のアクセシビリティ向上のために大切にしていることは何でしょうか。

「みんなに優しい」という漠然とした目標ではなく、「誰に届けるのか」を明確にすることが大切だと考えています。「誰もが」「みんなの」と言うと、実は対象者が誰でもなくなってしまうと思うんです。目の前にいる特定の人が何を必要としているのかを真摯(しんし)に考え、一つひとつ取り組むことが重要です。

この考え方は、日本におけるユニバーサルデザインの先駆者である関根千佳さんから教わりました。ユニバーサルデザインは「Design for All」ではなく「Design for Each」だと。目の前の人の課題に真剣に向き合いながらも、プロの知識と意識を持って広い視野で取り組むと、結果的に多くの人にとって便利なものになるということです。

東京文化会館の「やさしい日本語」による避難誘導案内の旗(提供:東京文化会館)

東京文化会館の「やさしい日本語」による避難誘導案内の旗(提供:東京文化会館)


——チーム作りについて工夫していることを教えてください。

現在、社会共生担当として各文化施設に配置されているスタッフは、それぞれの施設に所属しているため横のつながりが薄くなりがちです。そこで月1回の合同会議を、単なる情報伝達の場ではなく、チームビルディングの場にしようと考えました。

会議では事例発表をしたり、各施設の取り組みを共有したりして、お互いに学び合える環境を作っています。毎回、約30人が集まり、アイデアや情報を交換する貴重な場になっています。定刻の30分前には必ず終わらせて、残りの時間は自由に情報交換できるように工夫しています。

社会共生担当者連絡会の様子(提供:アーツカウンシル東京)

社会共生担当者連絡会の様子(提供:アーツカウンシル東京)


各施設の取り組み方も様々です。例えば東京文化会館は、プロジェクトチームを作って交代で会議に出るなど、施設ごとに工夫しています。全体では、アーツカウンシル東京が取りまとめ役として各施設の橋渡しをしながら、東京都の政策と具体的な実施をつなぐ役割を果たしています。


アクセシビリティという言葉が消える未来へ

——この3カ年計画の先にある目標は何ですか。

具体的な課題としては、バックヤードの整備が挙げられます。表側は展示や鑑賞のサポートが整備されても、バックヤードが障害のある方にとってアクセシブルでないことが多いのです。

特に「参画サポート」を進める上では、出演者や企画者として参加する障害のある人々がバックヤードでも活動しやすい環境を整えることが重要です。各施設では現在、バックヤードの検証も進めています。

この3カ年計画がプロジェクトとして終わった後は、アクセシビリティへの取り組みが各文化施設の当たり前の活動として定着することを目指しています。特別な担当者がいなくても、文化施設のスタッフ全員が「私には何ができるだろう」と考え、行動できるようになることが理想です。


——取り組みを進める中での個人的な思いを教えてください。

長年、文化施設で仕事をしてきて心に残っているのは、施設に来た人が笑顔で帰っていく姿です。朝、施設を開け、利用者が来て、準備して、お客さんが入ってきて、皆さんが楽しんで、笑顔になって帰っていく。その一連の流れを見るのが大好きでした。

現在のアクセシビリティ向上の取り組みも、より多くの人にその体験をしてほしいという思いが原動力になっています。

駒井由理子さん(筆者撮影)

駒井由理子さん(筆者撮影)


最終的な目標は、「アクセシビリティ」や「バリアフリー」という言葉がない状態です。本来、芸術文化は、味わい方も楽しみ方も何もかもが自由なもの。だからこそ、文化施設に来るときには、自分は障害があるとか、年を取っているといったことを忘れるくらい、すべての人が芸術文化というものを本当に心から楽しめる環境を実現したい。

そのギャップを埋めるために、私は一体何をしたらいいのかなと、いつも考えています。この思いを胸に、これからも取り組んでいきます。


池田美樹

池田美樹 ( いけだ ・みき )
朝日新聞SDGs ACTION! 契約編集者。株式会社マガジンハウスで『Olive』『Hanako』『anan』『クロワッサン』などの雑誌編集者、米国テック会社のニュース編集者を経てフリーランスに。ウェルビーイング、テクノロジー、女性の働き方、旅などを主な取材テーマとする。


リンク先は朝日新聞というサイトの記事になります。


 

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