岸野楓選手(デフラグビー日本代表キャプテン)

デフラグビー日本代表主将 岸野楓選手に聞く

記事のポイント! 

デフラグビーは、聴覚障害のある選手が補聴器を外し、音に頼らずプレーする7人制ラグビーです。審判は旗やタオルで合図を送り、選手同士はアイコンタクトやジェスチャー、手話を活用します。生まれつき難聴のある岸野楓選手は、早稲田大学時代に情報保障を求め、自ら練習環境を改善した経験も紹介。自身の障害を強みに変えて挑戦を続け、将来は聞こえる子どもと聞こえない子どもが共にスポーツを楽しめる「デフスポーツアカデミー」の設立を目指しています。

 

岸野楓選手(デフラグビー日本代表キャプテン)

放送を聴く26/10/26まで
26/10/26まで
NHKジャーナル
放送日:2026/10/19

 

ジャーナル特集、きょうは日本の障害者スポーツの現状についてです。10月31日からデフラグビーの世界大会が東京で開催されます。デフラグビーとは耳が聞こえない・聞こえにくい選手がプレーする7人制のラグビーで、世界大会は今回が3回目、国内では初開催となります。今回は日本代表のキャプテン・岸野楓選手と、手話通訳士の保科隼希さんにスタジオにお越しいただきました。(聞き手:北野剛寛アナウンサー、結野亜希キャスター)

【出演者】
岸野:岸野楓選手(デフラグビー日本代表キャプテン)
保科:保科隼希さん(手話通訳士)

右から岸野選手、北野アナ、保科手話通訳士、結野キャスター。ポーズは「ラグビー」の手話

(右から岸野選手、北野アナ、保科手話通訳士、結野キャスター。ポーズは「ラグビー」の手話)

 

日本で初開催! デフラグビー世界大会

――岸野選手、初めての国内開催が目前に迫ってきましたが、いまどんなお気持ちですか?

岸野(保科さん通訳):
はい、ワクワクしています。その気持ちとともに大きな責任を感じています。自国開催という責任ですね。キャプテンという立場ですので、日本代表としていい成績を残さなければならない。責任を果たすということ、また楽しみな気持ちでいっぱいです。

 

デフラグビーの注目ポイントは?

――デフラグビーの注目ポイントというと、どんなところでしょうか?

岸野:
はい、デフラグビーと一般のラグビーのルールの違いというのはただひとつ、笛があるかないか、ホイッスルがあるかないか。一般的なラグビーの場合には音を聞いてすぐに判断することができると思います。ただ私たちは補聴器を外しますので、全く音が聞こえない状況で全員プレーをします。笛を吹かれても分かりません。ですので、レフェリーは旗、手袋、タオルも使用します。デフラグビーの場合にはコンタクトスポーツなので、ぶつかっている途中に旗を上げても意味がないんですね、見えません、気づきません。ですので、レフェリーは旗の代わりにタオルを投げ入れます。目線は下にあって、そこにタオルが投げられることによってプレーが分かる、止めなければいけないということが分かるんです。
コミュニケーション方法としては、アイコンタクトとジェスチャーと手話、この3つを使っています。試合中には一瞬でのコミュニケーションが必要になります。例えばパスをもらうときに、手話をいちいちやっていると受け取れませんよね、手を使うので。ですので、一瞬のジェスチャーとアイコンタクト、パスを欲しい場合にはそういった目をするとか、パスを欲しいときのジェスチャーもします。

――聞こえない中でプレーするのに、怖さを感じることはないんでしょうか?

岸野:
正直たくさんあります。ラグビーをやっていると、後ろから突然タックルされるということもたくさんありますし、自分自身は聞こえませんので後ろから誰が来ているかということも気づきません。突然タックルされて非常に痛い経験、怖い経験をすることももちろんあります。やはりチームスポーツですので、仲間を信じるというスポーツです。自分のためではなくて仲間と一緒に勝ちたいという気持ち、それを達成するために怖さをなくして頑張っています。

――体格もがっちりされていて、まさにラグビー選手という体格。当然体も鍛えているんですよね。

 

あの早稲田大ラグビー部で聴者と一緒にプレー!

――岸野選手はいま28歳。生まれた時から難聴、ほぼ聞こえないということで、普段は補聴器を使用されています。ラグビーを始めたのが小学2年生の時で、なんとラグビーの強豪・早稲田大学では、聴者の選手と一緒にプレーされました。大学入試でのエピソードがあるそうですね。

岸野:
大学は一般入試で入れるような学力はありませんでした。でもどうしても早稲田大学に入ってラグビーをしたかったので、推薦入試を受けました。障害の弱みと強みを伝えたいと思って、面接官に対して「聞こえない僕が早稲田のラグビー部に入ったら、早稲田大学としていいPRになりますよ」ということを伝えました。

――面接でそう言ったんですか?

岸野:
はい、そうなんです、言いました。
自分の障害についてそれをハンデではなくて、自分にしかできない強み、武器に変えて伝えました。その結果、面接官の反応も「おお、いいですね」っていうような、うなずいた反応をしてくださって、「もうこれは受かったな」と僕も思ったんです。結果、無事に合格することができました。

――実際に合格されて、聞こえる選手と一緒にプレーしてみて、大変だったことはありませんか?

岸野:
周りは全員聴者です。声だけでのコミュニケーションをみんなは取っていますので、その声が聞こえない僕にとっては、周りのメンバーが何を話しているのか全く状況をつかむことはできません。ラグビー部というのは1軍から6軍まであるんですね。大学2年生の時にはまったくコミュニケーションがうまくいかなくて、6軍でずっとプレーをしました。

――100人以上部員がいますよね。

岸野:
はい、150人いました。そういった状況の中で、大学3年生に上がる前に「この状況のままではまずい」と思って、監督に直接「私は聞こえないので隣に通訳をしてくれる人とか、そういった立場の人を置いてほしい」とお願いしました。するとトレーナーさんが隣に立ってスマホでメモを打ってくれる、また監督やコーチ、選手の言葉を全部メモで教えてくださるようになりました。そうすることでチームのメンバーがどうやってプレーをするのか、というところもしっかりとコミュニケーションをとれるようになったんです。大学3年生、4年生と上がるにつれて、最終的には2軍に上がることができました。

――努力をされたんですね。

 

会社員とラグビー選手の“二刀流”+さらなる夢も

――大学卒業後、今は大手企業で働きながら、ラグビー選手としても活動されていますが、両立は大変ではないですか?

岸野:
めちゃくちゃ大変です。フルタイムの勤務を終えた後にすぐラグビーの練習に行くという、その生活が自分としてはすごく大変な部分ではあります。ただ、今年、日本で初めてデフラグビーのワールドカップが開催されるということで、自分の人生の中での存在価値を感じられるようになったとともに、誰かに勇気を与えられるということ、その大会でしかできないなと思ったので、その大変さよりも、もっともっと頑張らなければいけないという気持ちが今、勝っていて、頑張っています。

――岸野選手にはさらなる夢があるとお聞きしていますが、これについても教えていただけますか?

岸野:
来年「デフスポーツアカデミー」をたてることを考えています。そのアカデミーでは、聞こえる子どもと聞こえない子どもが、共にデフスポーツを楽しむことができる環境を作っていきたいと考えています。聞こえない子どもたちにとって、デフスポーツを楽しめる環境というのが、いま正直あまりない現状です。ですので、自分がデフアスリートとして、デフラグビーだけではなく、さまざまなデフスポーツの選手を呼んで、いろいろなスポーツを体験することができる。そういった環境を作って、いまの子どもたちが「デフスポーツの選手になりたい」というような、何か人生にとって少しでもいいきっかけを作っていきたいと思っています。

 

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聞こえに不安がある場合は、早めに耳鼻咽喉科への相談をおすすめします。


原文掲載元はこちら

 https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/nhkjournal/tok20261019.html

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