デンマークの学校

個を尊重するデンマーク。子どもの96%を通常級にしたことで起きた議論とは? 子どもたちにとって最適な環境とは何なのか【言語聴覚士 原先生が伝える世界のインクルーシブ教育】

2026.4.22

デンマークの学校

発達障害のある子どもの療育に長年携わってこられた言語聴覚士・社会福祉士の原 哲也先生が、2024年と2025年の2度にわたってベルギー・デンマーク・イタリアのインクルーシブ教育を見学。現地の教育の様子を数回に渡ってお届けするシリーズです。前回の記事ではデンマークのインクルーシブ教育の「今」の姿を具体例を含めてお伝えしました。今回は、「今」に至る経過を少し振り返りながら、デンマークのインクルーシブ教育をめぐる議論や課題についてお届けします。


デンマークにおけるインクルーシブ教育のあゆみ

特別教育の費用が増大したことから、2012年に教育改革が行われた 
デンマークのインクルーシブ教育の重要な転換点となったのが「インクルージョン改革」と呼ばれる2012年の教育改革です。この改革の背景には、特別教育の拡大という問題がありました。

当時、特別学校や通常学校の特別クラスの在籍者数は増え続けており、それに伴って特別教育の費用が増大していました。

その結果、2010年ころには特別教育の対象が全体の約5〜6%にとどまる一方で、関連支出が公立学校教育費の約20%前後とされ、さらに通常学級内での追加的支援を含めると約30%に達するという指摘もなされる状況にありました(参照:OECD、2011)。

こうした資源の集中は政策課題と認識され、2012年のインクルージョン改革へとつながったのです。  

訪問した小学校の玄関

訪問した小学校の玄関


なぜ特別教育は拡大したのか?

特別教育の費用が拡大した理由のひとつは、発達障害や学習困難に対する理解が進んだことにあったと言われます。これまで通常クラスの中で個人の資質の問題とされていた困難が、障害によるものであり支援が必要だと認識されるようになったことで、より専門的な支援を求めて特別クラスや特別学校に移る子どもが増えたのです。

また、制度的な要因もありました。当時、特別学校や特別クラスの費用は通常学校の費用とは別枠の予算として確保されていました。

ところが通常クラスで特別な支援をする場合、その費用(子どもの支援をするペダゴーの人件費等)は通常学校に割り当てられる予算から支出することになっていました。このこともまた、特別クラスやまたは特別学校での特別教育拡大の要因のひとつとなりました。

 

すべての子どもの96%を通常クラスへ。現場は混乱

こうした状況、そしてインクルーシブ教育推進の世界的な流れの中で、政府は「より多くの子どもを通常クラスで学ばせる」という方針を打ち出しました。

その象徴的な目標として掲げられたのが「96%」という数値目標でした。すなわち、すべての子どもの96%が通常クラスで学ぶようにする、つまり、すべての子どものうち特別学校や特別クラスに在籍する子どもの割合(=分離率)を4%まで減らすという政策です。

小学校の特別クラスの様子

小学校の特別クラスの様子


しかしこの政策はうまくいきませんでした。

地域によっては支援体制が十分でないにもかかわらず、この政策によって特別学校や特別クラスの子どもが通常クラスに戻されたことで、通常クラスの教師の負担が急激に大きくなってしまったのです。これによって一時的に大きな混乱が起きました。

そのためこの改革は強い批判を受けました。また「これはインクルージョンではなく特別支援教育の削減ではないか」という批判もあったのです。

そしてその後分離率(すべての子どものうち特別学校や特別クラスに在籍する子どもの割合)は2012年改革後いったん減少したものの、その後再び増加し、2020年には2012年改革以前に近づいたとされます。

 

デンマークのインクルーシブ教育の課題

「子どもにとっての最適な環境とは」という問い

このようにデンマークのインクルーシブ教育は「分離率」だけを指標として見ると、2012年改革によって「進み」、その後、「後退した」ようにも見えます。

そこにはもちろん通常クラスでの教師への支援やサポート体制が不十分であったという理由があります。通常クラスの教師へのサポートの改善はデンマークのインクルーシブ教育にとって喫緊の課題なのだと思います。

しかしそれと同時に「すべての子どもが通常クラスで学ぶことが、果たしてすべての子どもにとって最善なのか」という疑問が提起されるようになったという事情もありました。

デンマークでは個人の生き方や個性を尊重する文化が社会に深く根付いています。そのような考え方からすると、「障害のある子どもにとって最適な環境が特別学校や特別クラスなら、そこで学ぶことこそが最適ではないのか」という考え方が出てくるのはごく自然なことでした。

 

インクルーシブ教育とは通常級で学ぶこと? 一人ひとりに適切な環境を保障すること?

しかしその一方で「障害のある子どもにとって最適な環境が、特別学校や特別クラスならそこで学ぶことこそが最適」とする考え方は、障害のある子どもとそうでない子どもの居場所を分けることを、正当化する方向に容易に向かうだろうということは想像に難くありません。

実際、これまでもその論理によって障害のある子どもの分離が固定化されてきた面があったことは否めません。インクルーシブ教育であることは単に「通常クラスで学ぶこと」を意味するのか、それとも「子ども一人ひとりにとって適切な教育環境を保障すること」を意味するのか。これはインクルーシブ教育を考える上で大事な論点です。

個人の生き方や個性を尊重することの意味を熟知し、それを大切にしているデンマーク社会がこの問いを発する意味は大きいと思います。今後、デンマークの教育関係者や支援者がこの問いにどう向き合うのか、どのような方向性を見出すのか、注目したいと思います。

数学グランプリの表彰状。賞金もあり、自閉スペクトラム症の生徒の自尊心の向上に役立っている面があるそう

数学グランプリの表彰状。賞金もあり、自閉スペクトラム症の生徒の自尊心の向上に役立っている面があるそう

 

記事のポイント! 

デンマークでは「96%を通常級へ」という政策のもとインクルーシブ教育が進められましたが、支援体制が追いつかず現場に混乱が生じた経緯が紹介されています。本記事では、単に同じ教室で学ぶことが目的ではなく、「子ども一人ひとりにとって最適な環境とは何か」という本質的な問いが提示されている点が特徴です。また、教師と連携して生活面を支える専門職「ペダゴー」の存在など、日本との違いから見える支援のあり方も考えさせられる内容です。

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原文掲載元はこちら 

 https://hugkum.sho.jp/775164

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