大企業のリソースで社会貢献、ソーシャル・イントラプレナーたちの挑戦

大企業のリソースで社会貢献、ソーシャル・イントラプレナーたちの挑戦

2025.08.11 13:00
magazine | Forbes JAPAN編集部

本多達也(富士通) × 香田和良(商船三井) × 吉備友理恵(日建設計) × 長谷川乃亜(モルテン)

本多達也(富士通) × 香田和良(商船三井) × 吉備友理恵(日建設計) × 長谷川乃亜(モルテン)


今、新しいイノベーター人材が注目を集めている。大企業内で未来をつくる「サステナブル人材」のあり方とは。

「2030年、ソーシャル・イントラプレナーの働き方がスタンダードになっている社会をつくる」。そう話すのは、富士通の本多達也だ。ソーシャル・イントラプレナーとは、世界的に環境問題や社会問題が深刻化するなか、大企業に所属し企業のリソースを駆使しながら、新しい価値、取り組み、製品、サービスなどを通して、環境・社会課題の解決に挑む人たちだ。個人的な思いや興味、関心を出発点としつつも、企業活動として社会的責任と経済的成果を両立させ、新たな企業価値創出に取り組むのが特徴だ。従来のアントレプレナー(起業家)ともイントラプレナー(社内起業家)とも異なる場所に立つ、ソーシャル・イントラプレナーたちに注目が集まっている。日本を代表するソーシャル・イントラプレナー4人に集まってもらい、議論してもらった。

本多達也(以下、本多):私は富士通に所属しながら、ろう・難聴者が音を振動や光の強さで体感できるデバイス「Ontenna(オンテナ)」を開発しました。現在全国のろう学校の8割以上に導入され、音楽やスポーツ、発語教育などのさまざまな領域で活用されています。私の活動の原点は、学生時代のろう者との出会いにあります。もともとデザインとテクノロジーをバックグラウンドとしていたので、その知見を生かし聴覚を拡張して共に楽しむ体験を作りたいと思い、当時の卒業研究を発展させて製品化しました。このアイデアは富士通のものづくりのノウハウがなければ実現できなかったと思います。また知財のサポートも大変心強く、担当者から「こうした活動にかかわれて大きな充実感がある」と言われたときには、周囲と思いを共有しながら進められたことを強く実感しました。

香田和良(以下、香田):私は商船三井で石油や天然ガスの輸送に関する業務に従事してきましたが、その一方で気候変動問題には個人的に大きな関心をもっていました。会社が脱炭素の取り組みを本格化し始めたことを機に、当時欧米で話題になり始めていたカーボンリムーバル(大気中のCO2除去)事業へ挑戦したいと考え、新規事業提案制度を活用してマングローブによる再生保全活動を始めました。現在インドネシアの2万3500haの土地で再生保全活動を進めております。後にこの活動は会社の脱炭素戦略のひとつに位置付けられ、専門チームも発足しました。最近は自然の力を活用した手法だけでなく、工学的手法を用いたカーボンリムーバル事業にも着手しています。この取り組みを始めたことで国内外のさまざまなパートナーと連携する機会が広がり、海運会社の先進的な取り組みとして世界的に注目を集めています。

本多達也

本多達也◎1990年香川県生まれ。博士(芸術工学)。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置を研究。2019年度グッドデザイン金賞。令和4年度全国発明表彰「恩賜発明賞」。
本多達也◎1990年香川県生まれ。博士(芸術工学)。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置を研究。2019年度グッドデザイン金賞。令和4年度全国発明表彰「恩賜発明賞」。


KEYWORD 1:ソーシャル・イントラプレナー|ソーシャル・イントラプレナーは、企業等のリソースを駆使し、新しい価値、取り組み、製品、サービスなどを通じて、環境・社会課題の解決を目指す次世代型の<イノベーター人材>のこと。(ソーシャル・イントラプレナー・スクールの定義)

KEYWORD 2:ソーシャル・イントラプレナーの魅力|<働き甲斐の向上>。個人の視点で見ると、仕事人生の充実において、マズロー5段階と6段階(自己超越)につながり、本当の働き方改革が実現できる。<エンゲージメントの向上とイノベーション創出>。会社の視点から見ると、会社全体の感度・士気などの向上につながる。 組織体質の健全化や強化にも大きく寄与する。(ソーシャル・イントラプレナー・スクールの定義)


長谷川乃亜(以下、長谷川):私はモルテンで女性のスポーツ継続支援に関する活動を推進しています。きっかけは東京五輪における女子バスケットボールの銀メダル獲得でした。競技への注目度が高まり、バスケットボール女子日本リーグから「社会的な活動を始めたい」と相談を受けた際に、「18歳を超えると女性の80%がスポーツをやめてしまう」という現実を知ったのです。現在、活動はグローバルに広がり、 FIBA(国際バスケットボール連盟)とともに、大会開催地で地元チームとロールモデルが交流できる機会を提供するなど、スポーツに携わる女性をエンパワーメントする活動を進めています。さらに、FIBAが重点戦略として打ち出している、女性のバスケットボール戦略で目指すゴールに対して、ビジネスプランを立案し、それをサポートする「シャークタンク」形式のイベントも構想中です。こうした取り組みはモルテンスポーツ用品事業部の方針である「誰でもスポーツに関わり続けられる環境をつくる」とも一致しており、周囲の支援を得ながら継続的に挑戦できる環境が築かれつつあります。

吉備友理恵(以下、吉備):私は日建設計において、多様な専門性や課題意識をもつ人をつなぐ共創プラットフォーム「PYNT(ピント)」を運営しています。当社は受託中心のビジネスモデルでしたが、PYNTでは、社員が抱く「こんな社会課題を解決したい」という思いや取り組みを可視化し、社外を含め組織やセクターを超えてつなぐことで、社会課題を起点とした共創プロジェクトや共同事業を生み出しています。PYNT発のプロジェクト事例のひとつ「コミュニティドライブプロジェクト」では、「人口減少社会のなかで地域の移動やインフラをどう再構築するか?」に取り組んでいます。PYNTの成長を支えているのは、当社が中期経営計画で21年に掲げた「社会環境デザインプラットフォームへの進化」というビジョンです。建築や都市のハードだけでなく、人の価値観からサービス・仕組みまで一体的にまちを考える会社の姿勢と、それを駆動する場が揃ったことで、ソーシャルな活動が会社の未来と重なる土壌が社内に生まれました。

社内起業家×社会起業家

長谷川:起業と比べ、安定した環境で取り組めることはソーシャル・イントラプレナーの利点です。もちろん収益性を求められるため、継続は簡単な道のりではありません。それでも、企業価値の向上に貢献している側面はあると考えています。通常モルテンはFIBAに対して公式球採択に伴う契約料を支払うライツホルダーの立場にありますが、本プロジェクトではビジネス上の権利関係にとどまらず、共通の価値観に基づいて連携しているため、コストも双方で負担し対等な関係を築いています。また、社会活動に取り組んでいることが当社の独自性として認められ、グローバルパートナーとして強固なパートナーシップを築くことができている事実もあります。

香田:企業で社会的な活動に取り組むことの恩恵は計り知れません。もしこの活動をひとりで始めていたら、事業成長に相当な時間がかかっていたはずですし、世界的に存在感のあるパートナーと連携する機会もなかなか得られなかったでしょう。また、長期的なコミットが求められるテーマだからこそ、事業の継続性が重要になりますが、私が育休を取得した際には後任のメンバーがアサインされるなど、持続可能な環境が与えられたことはとてもありがたかったです。社内起業である以上は会社の方針に事業が左右される可能性は常にあるため、昨今のグローバルな環境対策の後退に対して当社はどう応じていくのか、常に緊張感をもってみています。

香田和良

香田和良◎商船三井 カーボンソリューション事業開発ユニット統括・カーボンリサイクル事業チーム チームマネージャー。10年間エネルギーの海上輸送に従事した後、気候変動に対して行動を起こさねばとの思いから、社員提案制度を通じてインドネシアでのマングローブ植林をはじめとするカーボンリムーバル事業を社内で立ち上げる。東京大学卒業(国際関係論専攻)、大学院大学至善館MBA修了。
香田和良◎商船三井 カーボンソリューション事業開発ユニット統括・カーボンリサイクル事業チーム チームマネージャー。10年間エネルギーの海上輸送に従事した後、気候変動に対して行動を起こさねばとの思いから、社員提案制度を通じてインドネシアでのマングローブ植林をはじめとするカーボンリムーバル事業を社内で立ち上げる。東京大学卒業(国際関係論専攻)、大学院大学至善館MBA修了。


本多:Ontennaの開発も、自力では非常に困難だったと思います。ハードウェア開発はスタートアップにとってハードルが高い場合が多いですし、部品調達や採用も個人で進めていたら、製品化までに相当な時間を要したでしょう。国内に広く普及し、現在では海外展開も視野に入れられているのは、富士通というグローバルブランドの信頼と後押しがあったからです。一方で今後の課題だと感じているのは、こうした取り組みが一部の個人にとどまり、組織全体に十分に広がっていかない可能性です。企業のなかには、社会課題に取り組みたいという思いをもつ人が少なくありません。そうした思いを実際のアクションにつなげるためには、ソーシャル・イントラプレナーが安心して挑戦できるコミュニティや制度、予算の整備が欠かせないのではないでしょうか。

吉備:その必要性に気づく経営者が増えれば、ソーシャル・イントラプレナーのすそ野は一気に広がりそうですね。社会課題解決に取り組む人は、組織のなかでの立ち位置が曖昧だと、活動を続けるなかで「身近に相談相手がいない」と悩んでしまいがちです。私はPYNTを、社外・社内を含めたそんな人たちの“つながる場”にしたいと考えています。実際に当社では、新規事業コンテストで止まっていたアイデアが、PYNTで仲間を得て動き出すようなケースも出てきました。個人の思いが組織とつながり、社会を動かす力になるという循環をこれからも広げていきたいです。

吉備友理恵

吉備友理恵◎1993年、大阪府生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。2017年4月、日建設計入社後、一般社団法人への出向を経て、社内外のコラボレーションをデザインするイノベーションデザインセンターで活動。共創を概念ではなく誰もが取り組めるものにするためのツール「パーパスモデル」を考案し、書籍化。23年より、共創プラットフォームPYNTの企画・場の運営も担う。
吉備友理恵◎1993年、大阪府生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。2017年4月、日建設計入社後、一般社団法人への出向を経て、社内外のコラボレーションをデザインするイノベーションデザインセンターで活動。共創を概念ではなく誰もが取り組めるものにするためのツール「パーパスモデル」を考案し、書籍化。23年より、共創プラットフォームPYNTの企画・場の運営も担う。


働きがいの向上×エンゲージメント向上


香田:私はカーボンリムーバルの活動を始めてから、今まで以上に大きな充実感を覚えるようになりました。育休から復帰するときは「家族との時間を犠牲にしてまで働くからには、意義のある仕事がしたい」と感じたものですが、その思いに応える仕事ができている実感があります。日本は自己効力感が低い国だといわれていますが、自分が興味のある分野で社会的に意義のある活動に携わることは、自己肯定感や働く意欲の向上にもつながるはずです。企業がこうした取り組みを後押しすることは、働く人々の内発的なモチベーションを育て、組織へはもちろん、日本社会全体のエンゲージメントを底上げする力になりうると思います。

長谷川:私が社会的な活動に関心をもつようになったきっかけは、隣に引っ越してきた女の子との出会いでした。彼女はサッカーを続けたがっていたのに、車で2時間もかかる場所にしかチームが見つからなかったのです。子どもがやりたいスポーツを諦めなければならないという現実を、スポーツに携わる我々が見過ごしていいのだろうか。そう感じていたときに、女性のスポーツ機会の拡大に取り組む機会を得て、自分の関心が社会課題とつながった手応えを感じました。ソーシャル・イントラプレナーとは、従来のビジネスの延長ではたどり着けない価値を生み出す存在です。企業が情熱をもって社会課題に取り組む人を支援する文化が広がれば、経済はその延長線上に自然と力強さを取り戻していくのではないでしょうか。

吉備:私はPYNTを始める前から、「歩くマッチングアプリ」と呼ばれるほど「社会をより良くしたい」という思いのある人と人をつなげる活動に積極的に取り組んできました。しかし、PYNTの立ち上げによって、個人的な動きが組織的な取り組みへと進化し、社会に与えるインパクトが飛躍的に拡大したことを実感しています。自らの視野が広がることで新たな接点が生まれ、それがまた会社や社会への還元につながる。そんな好循環が機能しているのは、PYNTの意義が経営者に理解され、社内での位置づけが明確になっているからです。

「一人ひとりが高いモチベーションをもって社会課題に取り組むことこそが、日本経済の活性化につながる」と信じる経営層が増えれば、ソーシャル・イントラプレナーの可能性は、さらに大きく広がっていくように思います。

本多:企業という環境のなかでソーシャルビジネスに取り組むことには、非常に大きな意義があります。安定した基盤の上で、社会課題という本質的なテーマに腰を据えて向き合えるからです。これまでは本気で社会課題に取り組みたいと思った人の多くが「起業しか道がない」と考え、挑戦を諦めてきたかもしれませんが、それは本当にもったいないことだと思います。 今所属している会社や、思いを理解してくれる組織のなかでこそ、大きな社会的インパクトを生み出すことができます。私はソーシャル・イントラプレナーという働き方を今後さらに広めていきたいですし、それを支える土壌として、企業内からの社会課題への挑戦に理解を示す経営層が増えていくことを心から望んでいます。

長谷川乃亜

長谷川乃亜◎モルテン マーケティング統括部 ブランドマーケティンググループリーダー。モルテンにおけるブランド戦略、コミュニケーション全体を統括。幼少からサッカーを始め、メキシコ、ドイツでプレイ。日本・英国・米国でのマーケティング、ブランドマネジメントの経験を経て、2021年よりモルテン入社。シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネス Chicago Management Institute修了。


KEYWORD 3:なぜ今、ソーシャル・イントラプレナーシップなのか|グローバルな環境問題や社会課題が深刻化する中、企業は持続可能な発展のために、「社会課題を価値に変え、未来を創るサステナブル人材」が求められている。ソーシャル・イントラプレナーシップを通じて、社会的責任と経済的成果を両立させ、新たな企業価値の創出を実現する。(ソーシャル・イントラプレナー・スクールの定義)


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