成功目指し、再びトラックへ…思考するデフアスリート・門脇翠選手の東京大会

成功目指し、再びトラックへ…思考するデフアスリート・門脇翠選手の東京大会

2025/10/17 15:10
栗原守

 11月のデフリンピック東京大会(読売新聞社協賛)が近づいてきた。大会出場を決めた陸上競技の選手・門脇翠さん(33)は、2017年にいったん選手を引退し、日本デフ陸上競技協会の副会長を務めるなど、選手のサポートをしながら、デフアスリートの競技環境の整備に努めてきた。東京大会を前に、「陸上競技を盛り上げるために改めて貢献したい」と競技に復帰し、代表の座を勝ち取った。そんな異色の経歴をもつ門脇さんに、東京大会への思いを聞いた。(栗原守)


デフアスリートの意識にあるもの


 「大会に向け一つの目標に向けて頑張ること、大会を目指すプロセスで選手同士がつながり社会を変えられるとの自信をもつこと、そして同じルールの下で聴者と競い合い楽しめること、の3つが多く意識されている」

陸上競技の選手・門脇翠さん(33)


 門脇さんは、筑波大学大学院在籍時代に書いた研究論文で、デフアスリートの意識を先のように表現した。「自分は研究者気質」と話す門脇さんだが、陸上競技の選手でもある。13年には夏季デフリンピック大会に出場した。その後も競技を続けるが、17年に引退。しかしその後も、デフアスリートについての思索を深めた。

 デフリンピックは「手話文化を楽しむ大会」「競技性や記録性が求められる大会」など、様々な公式見解がある。一方、門脇さんは、現場で自分自身が感じたことをベースに思考を重ね、自身の言葉で発信し続けている。


目標に向けて一致できるかどうか


 実際、デフリンピックでは手話が分からない選手が意外と多い。チームスポーツの選手の多くは、生活の場でクラブチームや一般の学校などに所属し、聴者の選手と競い合うので口話や発声などでのコミュニケーションに慣れている。そこでは、手話の必要性がないため「デフリンピックに出場が決まって初めて手話の世界を知った」という選手もいる。

走る門脇翠さん

 門脇さんも「すべての選手にとって手話が意思疎通の手段ではないし、日常会話で使わない手話に抵抗を感じている難聴選手もいる。他方で、手話を使う選手は『デフリンピックなのに何で手話を覚えようとしないの?』と反発する。大事なのは、一つの目標に向かって頑張ろうとすること。仲間と意思疎通をしたいという強い気持ちをもつことだ」と話す。

 違いにこだわらず、目標に向けて一致できるかどうか。語るのは簡単だが、聴覚障害者の世界では対立が生じやすい、デリケートなテーマでもある。だからこそ、チームスポーツは双方の壁を乗り越えるための「挑戦」でもある。

 門脇さんは、陸上だけでなく、他競技のデフアスリートとも交流して話を聞き、デフスポーツがどこに向かっているかを考えている。デフアスリートで、門脇さんに一目置く選手は少なくない。日本デフ陸上競技協会で副会長を任されたことも門脇さんへの信頼を裏付ける。協会役員として大会運営をし、社会貢献活動にも参加してきた。選手全体に目配りをしていた経験が、選手の置かれた競技環境を客観的に見つめ、選手間の摩擦解消を考える姿勢に影響しているのかもしれない。


問われる大会のレガシー


 選手として自身を考える時、門脇さんは自分の中に整理できない感情があり、二つの「顔」をもっていることに気づくという。「自分はデフ陸上の日本代表選手だ」と思う。でも、世界大会でメダルを取ったわけではない。聴者の選手の中に入れば、記録も誇れるほどではない。外に誇れるものがどこまであるのか、考えてしまうという。

練習中の門脇翠さん

 一方で、デフアスリートとの交流では、代表選手として迷いなく自覚できる。こうした思考が、「デフアスリートとは何だろう」と考える原動力となる。今でも「選手として取材を受けるより、論文について取材を受ける方がうれしい」と笑みを見せる。

 選手として東京大会に復帰したのは、陸上競技の100メートル、400メートルの日本選手団を下支えし、盛り上げたいという気持ちからだという。大会を前に、週5回の練習を重ね、体調を上げてきている。筋肉の使い方の効率を上げるために、体幹の強化と走り方の調整で、手応えを感じてきているという。ブレがない走行フォームは、評価が高い門脇さん。大会の目標は、「記録は言うまでもないが、多くの観客に来場して関心をもってもらうこと。それが大会の成功の意味」と話す。出場は「女子4×100メートルリレー」と「男女混合4×400メートルリレー」だ。

 東京大会に全力を注ぐ一方で、未来も見据える。「大会が日本社会に何を残せるのかが一番重要なこと」と話す。レガシーの視点だ。大会が終わって、関心が急速にしぼんでしまうことを懸念している。パラリンピックのように毎回、テレビ放映されるわけではない。次回大会はどうなるのか。

 「ぜひ、選手一人一人に注目してほしい。どんな背景をもっているのかと関心をもって、競技を見てほしい」と話す。そして次の大会まで、選手を見続けてほしいと願う。

かどわき・みどり  さいたま市生まれ。両耳100デシベル以上の感音性難聴。東京パワーテクノロジー所属。2013年にブルガリアで開催のデフリンピックに陸上競技で初出場、100メートル走で予選敗退、4×100メートルリレーで6位。日本デフ陸上競技協会の元副会長。総合型福祉施設での就労支援などの社会人経験もある。

 門脇さんのインタビュー動画

門脇さんのインタビュー動画


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