日本初開催、デフリンピックでメダル51個…熱気の裏で浮かぶ課題

日本初開催、デフリンピックでメダル51個…熱気の裏で浮かぶ課題

2025/11/27 10:00
編集委員室 結城和香子

 11月26日まで東京都を軸に開催された、聞こえない・聞こえにくい選手たちのスポーツの祭典デフリンピック。1924年の初開催から100周年となる記念大会で、日本では初開催となる。金16を含む51個のメダルを獲得した選手たちの活躍は熱気にあふれていたが、大会は同時にいくつかの課題も浮き彫りにした。


手話での国歌


男子400メートル個人メドレーで金メダルに輝いた茨隆太郎選手

男子400メートル個人メドレーで金メダルに輝いた茨隆太郎選手


 競泳男子個人メドレーなどで金メダル3個を獲得した茨隆太郎選手(31)は、表彰台の中央に上るたび、君が代を「手話で」歌った。全日本ろうあ連盟が2021年に試作したもので、練習を重ねてきたという。「会場には多くの方が来て応援をしてくれた。聞こえる人、聞こえない人がともに楽しめるように」と感謝を込めた。

 デフリンピック東京大会の水泳競技が行われた東京アクアティクスセンターは、4年前の東京五輪・パラリンピックの水泳会場だ。日本選手団の公式ユニホームも、パリ五輪・パラリンピックで使われたものと色、デザインで初連携した。「22年にデフリンピックの東京開催が決まり、(昨年から)ナショナルトレーニングセンターが使えるようになった。大会前にはデフアスリートが合宿を行うなど、五輪、パラリンピックに少しずつ近づきつつある」。まだまだ課題は残るけれど、デフリンピック5大会に出場し続けて来た茨選手は変化を感じ取っている。


単独開催の理由


 79の国・地域から約3000人の選手が参加した東京デフリンピック。100周年というその歴史は、実はパラリンピックよりも古い。それでも聴覚以外の身体障害を参加資格の軸とするパラリンピックに、社会の関心度で水をあけられているように見える。それはデフリンピックが、聴覚障害という単一の世界で開催を貫いてきたことと無縁ではない。

女子バレーボールでスパイクを放つ平岡早百合選手

女子バレーボールでスパイクを放つ平岡早百合選手


 パラリンピックは、第2次世界大戦の傷病兵のリハビリが原点だ。その後競技性を求める声が強まり、障害別の国際競技団体を統合する動きなどを経て、1989年に国際パラリンピック委員会(IPC)が設立された。聴覚障害の「国際ろう者スポーツ委員会(ICSD)」も当初IPCに参画したが、95年に脱退し今に至る。

 来日したICSDのユルゲン・エンドレス国際スポーツ部長は、当時の理由をこう説明する。「最も大きな壁はコミュニケーションだった。我々は手話を使う文化だが、パラリンピックに集う他の障害の選手関係者は音による意思疎通に問題がない。一緒に大会を開こうとすると、開催側は車いすなど身体障害へのバリアフリー対応に加え、手話を軸としたコミュニケーションへの対応という、二つの壁への対策が必要となる」

開会を宣言する国際ろう者スポーツ委員会のアダム・コーサ会長

開会を宣言する国際ろう者スポーツ委員会のアダム・コーサ会長


 さらに、「聴覚障害のスポーツは、ルールはむしろ五輪に近い。工夫が必要なのはスタート時ぐらいだ。パラリンピックは障害に応じ、競技特性や進め方が異なる」。また、パラリンピックに参画する場合、既存のデフリンピックの競技数を大幅に削減する必要に迫られたことも、脱退の決め手となったという。「デフリンピックの呼称は国際オリンピック委員会(IOC)から認定を受けているし、IPC、各国際競技連盟とは、覚書を結ぶなど協力関係にある」とも強調する。

 こうした歴史も影響してか、日本国内でのデフスポーツ統括は、既存の五輪、パラリンピックのスポーツ組織ではなく、全日本ろうあ連盟のスポーツ委員会が担当してきた。東京デフリンピックの組織運営も、全日本ろうあ連盟と東京都が軸となり、スポーツ組織が競技運営の支援に回る形を取る。


開催の真価


サインエールで応援する観客

サインエールで応援する観客


 デフリンピック開催の目的の一つは、ろう者やろう文化の存在への認知度を高め、共生社会を創る素地とすることだ。でも日本社会での東京大会開幕前の認知度は、日本財団の2021年の調査で16.3%。25年には38.4%に上昇したが、95%以上とされる現在のパラリンピックへの認知度には及ばない。

 大会期間中のテレビ放送の少なさも、パラリンピックとの際立つ違いだ。大会公式ページに競技動画は掲載されており、特定の競技、選手に関心がある層のニーズには応えているが、デフリンピックをよく知らない層を啓発するのは難しい。

 国内外の社会では、選手の発掘・育成から強化、大会開催の経験値に至るまで、五輪・パラリンピック中心のスポーツ界の仕組みが軸となっている現実がある。既存の仕組みとより深く連携し、デフアスリートの環境や認知度を改善していくことは急務だろう。


リンク先は讀賣新聞オンラインというサイトの記事になります。


 

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