2026/03/03 15:00
柏木万里
尾上右近さん「舞台に足を運ぶきっかけになれば」
聴覚障害者も歌舞伎を楽しめるように、セリフを表示するタブレット端末や台本を観客に貸し出す試みが広がっている。400年を超える 梨園りえん の歴史に新風を吹き込んだのは、新進気鋭の歌舞伎役者、尾上右近さん(33)だ。歌舞伎座(東京)も端末の貸し出しサービスを拡大させており、右近さんは「舞台に足を運んでみようと思うきっかけになればうれしい」と話す。(柏木万里)

「子どもの頃から歌舞伎を見て、わかるようになってより楽しめる実感を得てきた。サポートは、僕自身の感覚と地続き」と話す尾上右近さん(2月、東京都港区で)=大石健登撮影
「どこへ行くんだい」。昨年7月、浅草公会堂に右近さんの声が響くと、観客の手元にある端末画面に〈(ひぐらしの鳴く声)〉〈角蔵・何処へ行くんだい。〉といった字幕がなめらかに現れた。右近さんが主宰する若手役者の公演「研の會」の一幕だ。演目は曽祖父の六代目尾上菊五郎が1930年に初演した「盲目の弟」。右近さんは、弟の失明に責任を感じ、献身的に支えながらも葛藤する兄・角蔵を演じた。

効果音やセリフが表示されるタブレット端末
字幕は舞台裏に控えるスタッフが、右近さんたちの演技に合わせてパソコンを操作し、端末に送る仕組みになっている。受付やロビーには手話通訳士もおり、右近さんと観客の触れあいに一役買った。

聴覚障害者らに貸し出された台本
第33回読売演劇大賞(読売新聞社主催)で、杉村春子賞を受賞したばかりの右近さん。放送中の大河ドラマ「豊臣兄弟!」で足利義昭を演じるなど、テレビや映画の世界にも活躍の幅を広げている。
「研の會」で聴覚障害者向けの「鑑賞サポート」を始めたのは、2024年9月からだ。「誰もが『(境界がない)ボーダーレス』に歌舞伎を楽しんでほしい」という右近さんの思いを酌んだスタッフの提案がきっかけとなった。
「サポートのおかげで理解できたことがたくさんあった。より歌舞伎が楽しめた」。聴覚に障害のある観客から届いた手紙を読んだ右近さんは、「歌舞伎を好きな人が広がっていく輪の中に、障害のある方もいる。それがとてもうれしい」と相好を崩す。
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支援するのは、歌舞伎や能、文楽を始めとする舞台芸術の世界で、半世紀にわたって同時解説や字幕制作を手がけてきた企業「イヤホンガイド」(東京)だ。
これまではあらすじや約束事、配役の解説が中心で、字幕もセリフが主だったが、17年には効果音も表現する字幕ガイドを始めた。開発事業部の土屋歩主任は「音声も字幕も、説明が多すぎると舞台に集中できなくなる。何をどこまで伝えるべきか、公演主と相談を重ねて探っていくのが腕の見せ所」と話す。
同社の協力を得て、歌舞伎座は2月から障害者にタブレット端末の無償貸し出しサービスを始めた。「歌舞伎の世界を限られた人だけが楽しめるコミュニティー(集まり)にしたくない」という右近さん。「『多くの人に歌舞伎を見てほしい』という言葉から、こぼれるものがないようにしたい」と語り、取り組みを広く発信していくという。
障害者の文化鑑賞環境整備、2017年に法制定
2017年制定の文化芸術基本法は、年齢や障害の有無、経済状況にかかわらず、文化や芸術を鑑賞できる環境の整備を掲げる。
全国の劇団で作る「日本劇団協議会」(東京)は、視覚障害者らを対象とする上演前の舞台説明会や音声ガイドを提供したり、聴覚障害者向けの手話通訳士を配置したりした公演をホームページで紹介する。
協議会の波多一穂さんは「鑑賞サポートを取り入れた公演が増え、観客が選べるようになってきた。公演側の意識も目に見えて高まっている」と話す。
聴覚障害者の国際スポーツ大会「デフリンピック」を開催した東京都も、助成制度を導入した。25年度は103団体の158事業が採択され、申請した事業者は「ガイド用端末は1台数十万円かかるので、費用面で足踏みしていた」と都の支援を歓迎する。
都とともに制度を運用し、鑑賞サポートにあたる人材「アクセシビリティコーディネーター」も養成する公益財団法人「アーツカウンシル東京」の駒井由理子・事業調整担当課長は、「取り組みを通じ、『演劇界は誰にでも開かれている』というメッセージを伝えていきたい」と話す。
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