中嶋元美さん

「耳の聞こえないアイドル」が手話で歌う 中学生で「感音性難聴」と診断…高校1年生で聴力を失った女性が絶望のどん底から夢の舞台へ

ABEMA Prime
2026/06/20 14:46

中嶋元美さん


 長年、劇団で活動し、6年前から「耳の聞こえないアイドル」として活動を開始した中嶋元美さん。 元々、小さいころからバレエが好きでステージに立って活躍する事を夢見ていたが、中学生の時「感音性難聴」の診断を受け、高校生の時、完全に音を失った。そんな失意のどん底で出会ったのが手話だったという。

「学校でも周囲とうまく話ができず、友だちもどう私に接すればいいか分からなくなって、次第に心も離れた。仲のよい友だちはいなかったけど、手話と出会い、意思疎通が出来るようになると、コミュニケーションが取れる素晴らしさに気づいた。完全に耳が聴こえなくなった事を逆に感謝したい。そんな気持ちになった」(中嶋元美さん)

 『ABEMA Prime』では、中嶋さんに自身の生い立ち、ステージにかける思い、手話でのパフォーマンスについてを聞いた。

 

■突然の失聴、そして手話との出会い

 中嶋さんの生い立ちについて、手話通訳としてマネージャーの蓮子さんを介して語られた。「生まれつきおそらく難聴だったと思うが、気づいたのは中学生のとき。健康診断の聴力検査で引っかかって、大きな病院で検査した方がいいと言われたのがきっかけだ。病院に行った時に『感音性難聴』と言われた」。

  そして、「そのときに初めて自分が聞こえづらいことを知った。それより前を振り返ると、耳鳴りとかは小さいときからあった。でも、みんな同じだと思っていたが、違うことに気づいた。中学生のときは、高い音が聞こえづらいレベルで、障害者手帳をもらうレベルではなかった。だけど、高校1年生のマラソン大会で、何かきっかけがわからないけど、頭痛がして倒れて、起きたら耳が聞こえなくなっていた」と振り返った。

 耳が聞こえなくなってからは、「頑張ってきたバレエの夢がなくなってしまったとき、母親から手話パフォーマンスの存在を教えられた。試しに講座へ行った際、初めてろう者に会い、手話で話しているのを見た。難聴のときは声で話していても聞き取りづらく、自分を押し殺していたが、手話を見て初めて言葉が見えた。言葉が伝わってきたし、これが言葉なんだと思った」。その後、ろう学校へ転校し、毎日友達と言いたいことを質問し合いながら手話を覚えたという。

 

■音のない世界でリズムを刻む

 耳が聞こえない中でステージに立つ中嶋さん。そのパフォーマンスについて、「幼少期からバレエ経験で、踊りのリズムが体に染み付いている。さらに大きくなってからは手話パフォーマンスに出会い、カウントという方法を学んだ。『12345678』という8拍子のカウントを、ステージの見える位置に立つスタッフから視野で捉えて踊るのがベースになっている」と説明する。 

 また、ミュージカルなどでキャストと共演する際は、周囲の歌う呼吸や肩の動きを見てタイミングを掴んでいるという。「新しい歌は練習が必要だ。何回か積み重ねて練習を覚えた後であれば、タイミングが分かってできるようになる」。 

 歌詞を手話で表現することについては、「日本語は曖昧に表現する部分が多いが、手話ははっきり表す言葉が多い。翻訳するときに意味をまず考える。J-POPなどの流行りの歌は、新しい言葉の組み合わせが多く翻訳しづらいが、歌詞を見て、手話で歌うように選んでいる」と明かした。 

 

記事のポイント! 

中学生で感音性難聴と診断され、高校1年生で聴力を失った中嶋元美さん。夢だったバレエの道を断たれながらも、手話との出会いによって、再び人とつながる喜びと舞台に立つ目標を見つけました。音のない世界でリズムを捉え、歌詞の意味を手話で表現し、「前例がない」という壁を越えて舞台に挑む姿が紹介されています。

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聞こえに不安がある場合は、早めに耳鼻咽喉科への相談をおすすめします。 


原文掲載元はこちら 

 https://times.abema.tv/articles/-/10254198?page=1

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