井崎哲也さん ©Mariko Tagashira

「聞こえないから音楽が嫌いだった」聴覚障害の講師がたどり着いた“手話ではない表現”

2026.06.03
『音楽の見える瞬間』ホワイトハンドコーラスのきせき2 前編
鈴木 款

音が聞こえない人にとって、「音楽を楽しむ」とはどのような感じなのだろう。  
耳で聴くメロディだけが、音楽のすべてなのだろうか。  
そうした問いに、ひとつのかたちを示しているのが「ホワイトハンドコーラスNIPPON」だ。耳の聞こえる・聞こえないを超えて、さまざまな子どもたちが同じ舞台に立ち、それぞれの方法で音楽を表現するインクルーシブな合唱団である。この活動のルーツは、南米ベネズエラで貧困や治安の悪化から子どもたちを救うために始まった音楽教育プログラム「エル・システマ」にある。そこから生まれたホワイトハンドコーラスは、日本でも広がっている。この活動を追いかけてきたのが、ジャーナリスト・鈴木款さん。鈴木さんが著した書籍『音楽の見える瞬間 ホワイトハンドコーラスNIPPONのきせき』(2026年5月27日発売)では、その活動の成り立ちから、子どもたちがいくつもの“壁”を越え、やがて音楽の都ウィーンでベートーヴェンの《第九》を披露するまでの軌跡が描かれている。

書籍からの抜粋を連載としてお伝えする連載第1回では、鈴木さんとホワイトハンドコーラスNIPPONとの出会い、そしてこの活動がどのように生まれ、日本で広がっていったのかを伝えた。第2回前編では、ホワイトハンドコーラスNIPPONを長年支えてきた人物に焦点をあてる。聴覚障害があり、日本ろう者劇団設立メンバーでもある、サイン隊講師・手歌監修の井崎哲也さんについて紹介する。

書影『音楽の見える瞬間 ホワイトハンドコーラスNIPPONのきせき』


第1回 
【前編】聞こえない子、聞こえる子、見えない子たちがともに”歌う”奇跡の音楽にジャーナリストが衝撃を受けた理由 
【後編】「聞こえない子どもと聞こえる子どもの合唱団」が伝える、すべての人が「音を楽しむ」奇跡

 

「音楽が嫌いだった」聴覚障害がある手歌講師

ホワイトハンドコーラスNIPPONをコロンさんと二人三脚で支えてきたのが、日本ろう者劇団設立メンバーであり、現在サイン隊の講師・手歌監修をつとめる井崎哲也さんだ。聴覚障害がある井崎さんにとって、コロンさんに出会うまえの音楽は「自分にとって関係のないもの」だった。2013年にコロンさんが《被爆のマリアに捧げる賛歌》の舞台で共演をもとめて訪ねてきたときも「音楽が嫌いなので手伝うことはむずかしいです」と断った。

その理由を井崎さんはこう語る。「通っていたろう学校に音楽の時間がありましたが、聞こえないわたしにとっては無縁でした。多くのろう者にとって歌はつまらないもの。しかも多くの場合、聞こえる人にしたがってろう者が手話をするだけで、聞こえる人の言うとおりにやっているだけでした。だから音楽に良い感情をもっていなかったのです」

井崎哲也さん ©Mariko Tagashira

井崎哲也さん ©Mariko Tagashira


しかしその場でコロンさんが歌った賛歌が、井崎さんの心を突き動かした。「目のまえで歌ってもらったとき、自分のなかに電気が走るように“あ、これが音楽だ”とわかったのです。コロンさんの気迫も伝わったんだと思います」。こうしてふたりは協力して手歌づくりをはじめた。

 

聞こえない人が「歌を楽しむ」

井崎さんは当初、「聞こえない子どもが楽しめるかどうかが心配だった」という。

「子どもたちが楽しめるような手話表現をやらないといけないと思い、手話で表現をするおもしろさを感じてもらおうと、遊びでもいいからまずやってみましょうと子どもたちに伝えました。たとえば“魚を捕る”の手話表現はひとつではないよ、と。釣る、リールを巻く、槍を突く、ザルで掬うのもありだと。こうして発想をひろげると、子どもたちがどんどん集まって楽しそうに表現するのです」

聞こえない子どもにとって、“歌を楽しむ”とはどんな感じなのか。そうたずねると、井崎さんはこう答える。「聞こえる人は歌を聴いて、「懐かしい歌だなあ」とか「いっしょに歌おうよ」とかありますよね。わたしたちにはそういった感覚がありません。だから歌が嫌いになるのです。しかし手歌で歌と向きあい、ハーモニーを投げあうようになると、子どもたちは「いっしょに歌おう」と言いだすんです。これはほんとうに素晴らしいことです」

やがて井崎さんは、手話ではなく手歌をどうつくりあげるか考えるようになった。「最初は手話歌でしたが、練習を重ねて翻訳を工夫するうちに、“これが新しい表現──手歌だ”と感じるようになりました。ろう者劇団で視覚演劇というジャンルを立ち上げたときと同じ感覚でした。コロンさんも同じイメージをもっていたと思います」

さらに声隊が加わったことで、サイン隊の表現力が飛躍的に上がった。「なぜかは説明できませんが、声隊といっしょに練習をするとろう者の子どもたちの表現力がいちだんと上がるのです。子どもたちに訊くとたしかに影響があると言います。ろう者は聞こえませんが、車の接近や誰かに呼ばれていることを察知する第六感があります。そのアンテナが音楽にも立っているのかもしれませんね」。井崎さんはそう語って笑った。

 

記事のポイント! 

音楽は「耳で聴くもの」という前提を問い直し、聞こえない人がどのように音楽と向き合い、楽しむのかを考えさせてくれる記事です。聴覚障害のある井崎哲也さんが、かつて音楽を「自分には関係のないもの」と感じていた背景から、ホワイトハンドコーラスNIPPONとの出会いを通じて、手話をもとにした新しい表現「手歌」に可能性を見いだしていく過程が描かれています。聞こえる・聞こえないを超えて、子どもたちが創造的に音楽を表現する姿から、音楽の楽しみ方やコミュニケーションの広がりを感じられます。

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聞こえに不安がある場合は、早めに耳鼻咽喉科への相談をおすすめします。 


原文掲載元はこちら 

 https://gendai.media/articles/-/167414?imp=0

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