アジアン映画祭 #8
リム・カーワイリム・カーワイ2025/04/01
source : 週刊文春CINEMA オンライン オリジナル
3月23日に閉幕した第20回大阪アジアン映画祭。最終日にはコンペティション部門13作品の中から、中国映画『バウンド・イン・ヘブン』がグランプリ(最優秀作品賞)に選出されるなど、各賞が発表された。今回、3人の審査員の1人を務めたアンジェラ・ユンは、香港のトップモデルとして活躍する一方、オダギリジョーと共演した『宵闇真珠』(2017)や『星くずの片隅で』(2022)などで知られる俳優でもある。旧知のリム・カーワイ監督が独占インタビューした。

©OAFF2025
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13作を4日間で観て
リム・カーワイ(以下、リム) 初めて映画祭の審査員を務められました。
アンジェラ・ユン(以下、アンジェラ) 初めての審査員はとても貴重な体験となりました。今回はコンペティション部門の13作を4日間で観たのですが、1日に3本以上観ることって、普段はあまりないんです。私は1本観てからじっくり考えるタイプなので。映画が大好きなのでカンヌ映画祭や台北の金馬映画祭にプロモーションで行ったときにも、面白そうな映画があれば合間に観に行きました。香港国際映画祭で観客として映画を十数本観たこともあります。
リム 映画を観る時に、なにか重視する点はありますか?
アンジェラ 道徳、倫理、家庭、人間関係――そういうテーマを持つ映画にとても惹かれます。映画のジャンルや物語、監督のスタイルなどももちろん大事ですが、一番気になるのはやっぱり俳優の演技です。演技にリアリティがあるかどうかが、私にとって一番大きなポイントです。映画の形式が演技より前に出ているような作品は、もしかしたらあまり好みではないかもしれません。

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これまでも俳優としての視点で映画を観たり、友人の映画を手伝うために脚本を読んだり、監督と編集やポストプロダクションのことを打ち合わせしたり、いろんな視点で映画に関わってきました。その中で一番重視しているのは、映画の「本心」が誠実かどうかということです。目標が高くて、野心的な映画でも、もしその本心が善良でなければ……作り手が本当に善良な人かどうか。それはすごく重要なことだと思います。昔はあまりそういうことに気づかなかったけれど、今はそういう点で映画を見分ける感覚が鍛えられてきたと思います。
映画を観ながらノートにメモした“マジックモーメント”
リム 今回、大阪アジアン映画祭の審査はどのように進めましたか?
アンジェラ まず、ちゃんと寝る時間を確保しないといけないなって思いましたが(笑)、実際には本当に楽しくて、1日に何本も映画を観ても、全然疲れを感じなかった。むしろ、とても興奮していました。

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審査員ですから、理性的に映画を観たり、映画の情報を調べたりする必要があるかもしれませんが、私はやっぱり感性的な人間なんです。まず映画を観て、自然に湧き上がってくるものを感じ取ることが大事だと思っています。
というのも、映画って、感性的な芸術だと思うんです。もちろん技術的な部分も多いし、理性的な準備も必要だけど、きちんとした技術を使って映画を表現したうえで、最終的には感情的なものが観客に伝わらなければ意味がないと思っています。
リム 審査員として映画を観る時、いつもと違うアプローチをしましたか?
アンジェラ 映画を観ながら、ノートにメモを取りました。どんな映画にも、マジックみたいな瞬間がたくさんあると思っていて――たとえば演技がすごく良かったり、映画の神様が降りてきたみたいに輝いて見えるシーンがあったり。そういう“マジックモーメント”を、忘れないうちにメモしていました。あとでそのメモを見返すと、映画のシーンの記憶がすぐに蘇るし、審査会議の時にもすごく役立ちました。映画館の中が暗かったので、綺麗には書けなくて、字が重なったりもしてますけど……(笑)。

アンジェラさんが取った審査メモ
それから、映画を観終わったあとには、Letterboxd(Filmarksのような映画データベース)で情報を調べたりもしました。俳優のことが気になるけどどういう人かわからない、ってときなどですね。たとえば、カザフスタンの映画。今回は2本観たんですが、言葉も文化も馴染みがなかったので、すごく興味を持ちました。作品の中で起きた事件が本当にあったことなのか気になって、調べたりもしました。映画を通じて、たくさんのことを学べました。
作品が本当に純粋で正直かどうか、深く議論をした
リム 審査会議はスムーズにいきましたか?
アンジェラ 審査会議は、私にはとても新鮮な体験でした。最初はとても緊張しました。他の審査員と意見が一致するかどうか心配だったんです。でも、思っていたよりも順調に授賞結果に辿り着けました。3人の審査員の意見がほぼ一致していてびっくりしました。私たちがそれぞれ選んだベスト5はとても近くて、違いがあったのは順位ぐらいです。映画の完成度や、ストーリーテリングに対する考え方がとても共通していました。
リム 審査会議は2時間ぐらいで終わったそうですね。
アンジェラ 本当に早かったです。映画に対して共通の認識があったからかもしれません。でも、グランプリを選ぶときには、意見が分かれました。私と一人の審査員は『バウンド・イン・ヘブン』を推しました。でも、もう一人の審査員は『朝の海、カモメは』のほうが優れていると考えていました。映画のスケールが大きくて、社会的なテーマも扱っていて、細部も豊かで、作家性が強いと話していました。そこで、この点について詳しく話し合いました。

『バウンド・イン・ヘブン』
リム 審査会議を通じて、学びになったことはありますか?
アンジェラ 視点の違いですね。意見の一致に達するために、意味のある討論ができました。お互いの観点を認め合いながら議論できたプロセスは、本当に楽しかったです。
例えば『私たちの話し方』について話し合ったときは、映画が本当に純粋で正直かどうかを深く議論しました。監督がどれだけ聴覚障害者の世界に入り込めたか、真実に触れたかどうか。この映画を通じて、聴覚障害者の中でも手話と人工内耳のような科学の対立があったことを知ることができたし、監督が観客をその「真実」に没入させることができて、この映画の本心は本当に善良であると痛感しました。

『私たちの話し方』
私が気に入った5本
リム 今回のコンペ作品の中で、アンジェラさんが気に入った5本を教えてください。その理由も合わせて。
アンジェラ 5本?(笑) まず、『バウンド・イン・ヘブン』ですね。非常に詩的な映画だと思います。落ちこぼれた人生の孤独を、とても高いレベルに昇華して表現していました。人生のどん底にいた2人の純粋な愛情を描いた、偉大な映画だと思います。撮影も素晴らしかった。それぞれのシーンが、まるで一つの詩篇を読んでいるようでした。俳優たちの演技も、文句なしに素晴らしかった。特に女優のニー・ニーには、私は完全に打ちのめされました。
『私たちの話し方』。俳優たちの演技が圧倒的に素晴らしかったです。カメラの存在を忘れさせ、聴覚障害者と一緒に生活しているかのようなリアルさを感じました。監督が自分の価値観や判断を入れずに、さまざまな視点を客観的に描いていた点は、賞賛すべきです。
『朝の海、カモメは』。とても力強い作品でした。脚本が繊細で緻密に書かれていて、キャラクター同士の関係もよく描かれていました。頑固な退役軍人を演じたユン・ジュサンの演技が圧倒的で、映画全体を支配していました。頑固な思い、社会に対する怒り、和解しようとする葛藤などを繊細に演じていて、観客を没入させていました。

『朝の海、カモメは』
『我が家の事』。台湾の家庭倫理劇の伝統を継承しつつ、4つの異なる視点とタイムラインで、一つの家族の秘密を描いていました。構成は複雑なのに、最後にとても心を打つエンディングで全体像が浮かび上がってくる演出は素晴らしかったです。とても成熟した作りで、新人監督の作品とは思えませんでした。悲しい話ではあるけど、ところどころにユーモアもあって、とても良かったです。

『我が家の事』©2025 Key In Films Ltd.
『団地少女』。物語がとても素敵でした。貧しい環境の中で生きる主人公が、希望を持って描かれていました。監督は団地という空間をうまく活用して、登場人物たちの関係性と対立を的確に描いていました。この映画に親密な感覚があるのは、その「場所」をしっかり描いていたからだと思います。主演の2人の女優のパフォーマンスも、とても印象に残りました。これも完成度が高く、新人監督のデビュー作とは思えませんでした。

『団地少女』©2025 GDH 559 CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED
審査員の経験は今後にどう生きるか
リム 大阪アジアン映画祭については、どう感じましたか?
アンジェラ 観客の皆さんが、本当に映画を好きだと感じました。会場の雰囲気と映画に対する熱量を実感しました。会場に行って、たくさん映画を観ている観客が多いことに気づきました。でも、笑うところはもっとみんな笑ってもいいのに、と思ったりもしました。たとえば、ベトナム映画『トロフィー・ブライド』のようなコメディーですが、私はかなり楽しんで、いろんなシーンで笑ったんですけど、周りの人たちはあまり笑っていなかったから、ちょっと寂しかったです(笑)。
映画のセレクションも多様で、たとえばカザフスタンの映画からは色々なことを学びました。バングラデシュ映画では、女性の生き方が描かれていて、私自身が最近関心を持っているテーマと重なって、非常に刺激を受けました。

©OAFF2025
リム 今回の審査員としての経験が、今後の俳優としてのキャリアにどんな影響を与えそうですか?
アンジェラ 今回、一番特別だったのは、短期間に集中してたくさん映画を観たあと、「映画のどこが一番印象に残ったか」を振り返るようになったことです。特に、他の審査員と話し合う中で、それぞれの視点の違いや深さに触れることができて、すごく勉強になりました。俳優の演技だけでなく、映画全体や細かいところにも目を向けるようになって、たくさん新しいことを学べたのは、最大の収穫かもしれません。
でも、俳優の立場に戻るときは、そういう分析的な視点や考え方は一度脇に置いたほうがいいとも思います。自分の役に集中して、100パーセント全力投球しないといけません。そして、自分が出演している映画に、ちゃんと自信を持たなければいけないと思います。
《第20回大阪アジアン映画祭授賞結果》
◎グランプリ 『バウンド・イン・ヘブン』 (2024年/中国)
◎来るべき才能賞 パク・イウン監督 『朝の海、カモメは』 (2024年/韓国)
◎スペシャル・メンション 『私たちの話し方』 (2024年/香港)
◎最優秀俳優賞 トゥブシンバヤル・アマルトゥブシン 『サイレント・シティ・ドライバー』(2024年/モンゴル)主演
◎JAIHO賞 『君と僕の5分』 (2024年/韓国)
◎薬師真珠賞 カオ・イーリン ラン・ウェイホア ツェン・ジンホア ホアン・ペイチー 『我が家の事』(2025年/台湾)出演
◎JAPAN CUTS Award 『素敵すぎて素敵すぎて素敵すぎる』 (2025年/日本)
◎芳泉短編賞 『洗浄』 (2024年/マレーシア)
同スペシャル・メンション 『金管五重奏の為の喇叭吹きの憂鬱』(2024年/日本)
◎観客賞 『蔵のある街』(2025年/日本)
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