映画『幸せの、忘れもの。』が描く、聞こえる世界と聞こえない世界のあいだ

映画『幸せの、忘れもの。』が描く、聞こえる世界と聞こえない世界のあいだ

「聞こえないこと」は不便なことは沢山ありますが不幸ではない。

と私は感じています。

 

51日に公開されるスペイン映画『幸せの、忘れもの。』は、

ろうの女性アンヘラの妊娠、出産、子育てを通して、

聞こえる世界と聞こえない世界のあいだにある揺らぎを描いた作品です。

聞こえない世界に生きるアンヘラと、

聴者である夫エクトルとの関係を軸に、

家族のこと、ことばのこと、そして「どう伝え合うか」を

静かに問いかけてくる映画でした。

 

今回は日本公開にあたり、この作品の魅力と、

観たあとに残った感覚について辿ってみたいと思います。

※公開は51日なのですが、たまたま1月に帰国する際の飛行機の中で

この映画を観る機会があり、今回プレス資料をいただく機会があったので

公開前ですがご紹介をしたいと思います。

 

 

映画「幸せの、忘れもの。」とは

この作品は、スペインの小さな町を舞台に、

ろうの女性、アンヘラが、妊娠・出産をきっかけに、

これまで見えていなかった小さな揺らぎや不安に向き合っていく物語です。

アンヘラは陶芸工房で働き、

視覚や触覚を頼りに世界を捉えながら暮らしています。

 

手話や視線、沈黙、距離感といった

音以外のコミュニケーションを通して、

登場人物たちの感情が丁寧に表現されていて、印象的でした。

個人的に、主人公たちの住むお家の庭の美しさにも心惹かれました。

 

この映画が描こうとした世界

印象的なのは「聞こえない世界」を特別扱いしていないこと。

身の回りに聴覚障害の人がいない人からしたらとても新鮮で

驚かれることもあるかもしれませんが、

当事者として、ひとつの自然な生活を描こうとしている点は印象に残りました。

 

音がないことを妙に強調したりすることは余りなくて

代わりに存在する、視線や空気感、距離感や手話の動きに

焦点が当たる丁寧な表現です。

主人公を演じている女優さんが、監督の実の妹さんだそうです。

私はこのことは映画の資料を頂戴してから知りましたが納得でした。

 

「伝わらない」そのことでなくて、「どう伝えるか」を

ポイントとして捉えているように感じました。

この画像の場面は立場の違う不安の共有の難しさと

優しさの難しさを感じる印象的なシーンでした。 

映画の中で描かれるすれ違いは、

ろう者と聴者という関係に限らず、

日常の聞こえにくさの中でも起こりうるものです。

 

「最近、会話が聞き取りにくい」
「家族とのやりとりでズレを感じる」

もしそう感じたことがある方は、
LMH
の「聞こえづらいと感じたときの対処法」も参考になるかもしれません。

  

当事者として感じたリアルさと言葉にしきれない感覚

一方でこの作品を観終わったあとには落ち着かない感覚も残りました。

丁寧に描かれていて、目指そうとしていた部分に共感もした。

けれどどこか現実から少し距離が生まれるな、と感じるシーンもありました。

 

特に、主人公のろう者の友人との集まりで

CODAの子どもが少しだけ描写されるところは

個人的には、現実と近いようで

もう少しだけ、その先を見てみたかった――そんな感覚が残りました。

踏み込み過ぎると、物語全体が膨らみすぎてしまうのかもしれません。

この落ち着かない感覚は作品がどうこう、ということではなく、

聴覚障害というテーマは、
まだ社会の中で十分に共有されていない。

その事実に触れたことで、
どこか簡単には整理できない感覚のようなものを感じたのかもしれません。

 

現実はもっと曖昧で、もっと雑で、もっと説明がつかないことがある。

その輪郭を映画という形ですくい取ることの難しさも感じました。

 

余白があるからこそ、考え続けられる

私が感じた整理できない感覚は、

もしかしたら敢えて余白として、

観る側に託された構造なのかもしれないとも思います。

 

観る側の経験や立場が作品に入り込める構造になっているのかもしれません。

全てを説明しきらないことで、全てをきめつけない。

そのことで、この作品を見た人に

「考え続けること」のきっかけをくれているのかとも感じます。

 

この映画は誰におすすめか。

この作品はエンターテイメントとしてのわかりやすさというよりは

「考えること、考え続けること」のきっかけをくれる映画だと感じました。

 

・聞こえにくさのある方

・ろう・難聴の当事者の方

・聞こえに関するテーマに関心のある方

・聴覚障害について知りたい人

・多様性や共生に関心がある人

・大切な人とのコミュニケーションの有り方を見つめ直したい人

そんな方々に静かに響くのではないでしょうか。

 

個人的には自分の周囲に、

聴覚障害の人がいない人に是非みて欲しいです。

そして感想を聞いてみたいと思います。

 

人と人のコミュニケーションにおいては

障害が前に来るのではなくて、「どう伝えるか」が前にくる。

私はそれをこの作品から感じ取ったのですが、

他の人たちはどう感じるのか、知りたくなりました。

 

特に、聞こえにくさのある方ご本人だけでなく、

ご家族やパートナー、周囲で支える立場の方にも観てほしい作品です。

 

映画をきっかけに「聞こえにくさへの向き合い方」を整理したくなった方は、

LMH内の関連記事もあわせて読んでいただくと、

理解の参考になる部分があるのではと思います。

 

あなたはどう感じるか?

この作品は観る人の経験や立場で印象が大きく変わると思います。

当事者として観るのか、そうでない立場で観るのか。

全ての芸術に言えることですが、

正しい感想なんてものも、おそらくないと思います。

 

だからこそ、鑑賞後に残る感覚を

少しだけ立ち止まって考えてみる価値のある作品だと感じています。

 

まとめ

映画『幸せの、忘れもの。』は、

「聞こえる/聞こえない」という違いを説明するだけの映画ではありません。

その違いのあいだで、人はどう伝え合い、

どうすれ違い、どう分かち合っていくのか。

 

そんな問いを、静かに手渡してくる作品です。

はっきりした答えをくれる映画ではないかもしれません。

けれど、そのぶん観たあとに、

自分の中に残った感覚を少しだけ言葉にしてみたくなる。

そんな時間ごと含めて、この映画の価値なのだと思いました。

 

5/1(金)新宿武蔵野館ほか全国公開とのことです!

私にとっては、一人でじっくり観たい映画でした。

前回は飛行機の中で、原題の『Deaf』というタイトルに惹かれて

たまたま英語字幕の状態でしか観られなかったので、

改めて日本語字幕で観られるのを楽しみにしています。

作品の紹介ページはこちら

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