ホワイトハンドコーラス、ウィーンの国連で

「すべての人が偏見を捨てたらわたしは自由になれる」ウィーンの国連で聞こえない子ども、聞こえる子ども、皆が伝えたこと

2026.06.10
鈴木 款

『音楽の見える瞬間』ホワイトハンドコーラスのきせき3 前編

ホワイトハンドコーラス、ウィーンの国連で
©Miyuki Hori

 


2024年2月、オーストリア・ウィーンの国連で、日本の子どもたちがベートーヴェンの《第九》を披露した。舞台に立っていたのは、「ホワイトハンドコーラスNIPPON」。耳の聞こえる・聞こえないを超えて、さまざまな子どもたちがともに音楽をつくるインクルーシブな合唱団だ。聴覚や視覚に障害のある子ども、自閉症や知的障害のある子ども、車いすユーザーなど、社会的に“マイノリティ”と呼ばれる子どもたちが多く参加している。目の見えない子は声で歌い、聞こえない子は白い手袋を使って、手話をもとにした「手歌(しゅか)」で歌の世界を表現することから、この名前がついた。

この活動のルーツは、南米ベネズエラで貧困や治安の悪化から子どもたちを救うために始まった音楽教育プログラム「エル・システマ」にある。そこから生まれた取り組みは、日本でも形を変えながら続いてきた。この活動を追いかけてきたのが、ジャーナリスト・鈴木款さん。著書『音楽の見える瞬間 ホワイトハンドコーラスNIPPONのきせき』(2026年5月27日発売)では、その成り立ちから、子どもたちがいくつもの“壁”を越え、ウィーンで《第九》を響かせるまでの歩みが描かれている。

書籍からの抜粋を連載としてお伝えする連載第3回前編では、ホワイトハンドコーラスNIPPONが国際的な評価を受けた経緯やウィーンでの挑戦の記録を紹介する。

書影『音楽の見える瞬間 ホワイトハンドコーラスNIPPONのきせき』


第1回
【前編】聞こえない子、聞こえる子、見えない子たちがともに”歌う”奇跡の音楽にジャーナリストが衝撃を受けた理由
【後編】「聞こえない子どもと聞こえる子どもの合唱団」が伝える、すべての人が「音を楽しむ」奇跡

第2回  
【前編】「聞こえないから音楽が嫌いだった」聴覚障害の講師がたどり着いた“手話ではない表現”
【後編】「おやすみなさい」はどう表現する?聞こえない子どもたちが“手で歌う”合唱の現場

 

芸術は人間を障害から解放してくれる

耳が聞こえないと音楽はできない? 目が見えないと写真は楽しめない?
立って歩けないと「障害者」枠から出られないの?
こんな世の中にある思いこみ、偏見、社会がつくる「障害」はすべて左脳的につくられる。芸術は人間をそんな障害からも解放してくれる。
「不自由」という言葉も意味不明で使わなくなった。常に健康な「健常者」なんて世の中ひとりもいない。日常使う言葉もたくさんの偏見の歴史を背負っている。
たとえば、不自由なくガチガチの英才教育で、自分がどこにいるかわからない子は自由なんだろうか? 大人の思いこみを埋めこんで自分の目で見ない子は自由なんだろうか?
みんなどこかしら制限のなかで生きている。
世の中の障害がなくなるには、忍耐も想像力もクリエイティビティも必要で、途方もない仕事だけれど、苦労してトライする価値はあると思うのだ。なぜならそれはすべての人にかかわることだから。
無理かも! と思った壁をひとつひとつ乗り越えて、現実になるたびに「障害」は消えてゆく。
障害がない世界には「自由」がある。自由への解放は喜びとなる。このプロジェクトにかかわっているときだけは、わたしは人間であることに誇りを感じることができる。

いよいよホワイトハンドコーラスNIPPONと国連に行く!
去年のいまごろ、田頭真理子さんといっしょにヨーロッパにプレゼンに行った。1年もたたないうちに、こんなにたくさんの子たちと新しい社会、音楽のカタチを具現化していくミッションをあたえてもらった。いままでやったことのない新たな《第九》にチャレンジしている。
2月20日 オーストリア国会議事堂
2月23日 国連ウィーン事務局でパフォーマンスをする。
2月19日-3月10日 「第九のきせき 体験型写真展」をWestlicht Camera Museumでひらく。
この大きな挑戦が、新しい社会のあり方を見せられるものになりますように。
この尊い子どもたちが、まさに日本と世界のgame changerだ!! きせきは信じることからはじまる! きっときっといつか、「歓喜」の世界がつくれるはず。
(当時の投稿の表現を一部変更)

 

これは2024年2月、ホワイトハンドコーラスNIPPONがオーストリアの首都ウィーンへ出発するまえに、コロンさんが投稿したメッセージだ。

 

「音楽と芸術にはバリアがないことを証明した」

国連障害者権利条約にもとづき、バリアのない世界をめざして2008年からはじまったのが「ゼロ・プロジェクト(Zero Project)」だ。オーストリアのエスル財団が設立し、毎年世界じゅうの革新的なとりくみを選んで表彰している。2024年2月、国連ウィーン事務局で開催された「ゼロ・プロジェクト・カンファレンス2024」には、100カ国以上から約1000人が参加し、この年のテーマは「インクルーシブ教育」と「情報通信技術」だった。

ホワイトハンドコーラスNIPPONはこれまでのとりくみを評価され、ゼロ・プロジェクト・アワードを受賞した。97カ国526件のノミネートがあり、そのなかから43カ国77件の受賞プロジェクトのひとつとなったのだ。知らせを受けたコロンさんは「これまで信じてきたことが評価され、胸がいっぱいになりました」と語る。

ゼロ・プロジェクトの国際担当ディレクターをつとめるティム・ロビンさんは受賞の理由をこう語る。「ホワイトハンドコーラスNIPPONは、音楽と芸術にはバリアがないことを証明した、まさにインクルーシブな団体です。子どもたち自身が学び成長する場であると同時に、インクルーシブ教育の可能性を世界に示すモデルでもあります。はじめて活動を観たときは喜びのあまり涙が出ましたね」          
ロビンさんは国連の廊下でこう語りながら、そのときの感動を思いだして涙を流し、インタビューをしていたわたしもついもらい泣きしてしまった。廊下を行きかう人たちが、わたしたちを不思議そうに見ていた。

出発前に東京都内でひらかれた壮行会では、サイン隊のみさきさんとりんさんが受賞への思いをこう語った。「ゼロ・プロジェクト・アワードを受賞してほんとうにうれしいです。ゼロ・プロジェクト賛歌は18カ国の手話で表現されていますが、日本手話版はわたしたちが考えました。この歌の「すべての人が偏見を捨てたらわたしは自由になれる」という歌詞が大好きです。世界で誰ひとり取り残されないことを願って歌います」

さらにふたりはこうつづけた。
「歌詞の「No barriers to people with disabilities(障害者にバリアをつくらない)」の「障害者」は日本手話では「壊れた人たち」と訳されます。これはモノにたいして使う言葉で、わたしたちは違和感があります。だからわたしたちは「個性をもった人たち」と表現します。わたしたちの思いを伝えられればと思います」

2023年春にコロンさん、田頭さんが語った「子どもたちをベートーヴェンのゆかりの地に連れていき、《第九》を合唱したい」という夢は、わずか1年後、国際的な顕彰とウィーンでのコンサートというかたちで現実になった。わたしはその歩みを見ながら、ホワイトハンドコーラスNIPPONの挑戦が、国境を越えて世界を変える力になっていくことを実感した。

 

世界へ届けた「誰ひとり取り残されない」メッセージ

2024年2月20日の朝。澄み切った冬の青空がひろがるウィーンで、わたしは国会議事堂のロビーにいた。ここで特別コンサートをおこなうため、日本からやってきたホワイトハンドコーラスNIPPONの子どもたちを待っていたのだ。

セキュリティゲートを通って現れたメンバーは75名。みんなおそろいの白いニットの帽子をかぶり、いつものようにわいわいとにぎやかだ。見守っていたわたしのほうが緊張していて、隣にいた声隊講師の大町彩乃さんに「子どもたち、緊張していなくてだいじょうぶですか」と訊いてみると、「たくさん練習したからだいじょうぶですよ」とやさしく微笑んだ。

この日はゼロ・プロジェクト会議のプレイベントとして、オーストリアの国会議長や議員、ゼロ・プロジェクト創設者、各国の障害者団体の代表、地元メディアら約350名が出席していた。演奏はオリジナル曲の《にじふらい》にはじまり、《ウィーン、わが夢の街》(ジーツィンスキー作曲)へとつづいた。会場を埋めた観衆は、子どもたちの表現に引きこまれるように見入っていた。

そして最後は《ゼロ・プロジェクト賛歌》だ。聴衆にこの曲を紹介したのは、サイン隊のみさきさんとりんさんだ。          
「この歌詞のなかで「すべての人が偏見を捨てたらわたしは自由になれる」が大好きです。世界で誰ひとり取り残されないことを願って歌います。日本手話で障害者という言葉は「壊れた人たち」と表現されますが、わたしたちには違和感がありました。だからわたしたちの手歌では個性をもった人たちと表現します」。          
出発前の壮行会で語ったその思いを、ふたりはウィーンでも堂々と伝えたのだった。

 

記事のポイント! 

ホワイトハンドコーラスNIPPONの子どもたちが、声と手歌でベートーヴェンの《第九》を表現したウィーンでの挑戦を紹介しています。聞こえる・聞こえない、見える・見えないといった違いを超え、音楽や芸術が人の可能性を広げることを伝える内容です。「障害」は個人だけでなく、社会の思い込みや偏見によって生まれるものでもあるという視点が印象的です。

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聞こえに不安がある場合は、早めに耳鼻咽喉科への相談をおすすめします。 


原文掲載元はこちら 

 https://gendai.media/articles/-/167416?imp=0

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