2025/05/19

生まれつき右耳がほとんど聞こえない光本一貴さん=2025年3月、東京都足立区
「生まれつき右耳がほとんど聞こえません。自覚がないまま生活してきたので、このまま生きていくんだろうなあと」
光本一貴さん(28)は2歳の頃、話しかけても反応がないことに親が気づき、病院に連れて行かれた。そこで、右耳の内部に3つあるはずの耳小骨が1つしかないと分かった。
日常生活では「ちょっとしたハンディキャップ」があるという。右側から話しかけられると聞き取れない。聞こえる左耳を下にして寝たら、目覚まし時計の音に気づかなかったこともあった。
光本さんのように片方の耳は正常な聴力だが、もう一方は聞こえないか聞こえにくい「片耳難聴」の人は日本に30万人以上いるとされる。普段の会話は問題ないが、特定の場面で聞こえづらい。では、どんな状況で困るのか、どういった配慮がありがたいのか。右耳難聴当事者の記者が取材した。(共同通信=赤坂知美)
※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。
▽原因もとらえ方もさまざま

突発性難聴で片耳が聞こえなくなった渡辺勇一さん=2025年3月、東京
光本さんが経験を話したのは、3月に東京で開催された、片耳難聴者のコミュニケーション方法について学ぶ講演会の場だ。主催したのは当事者らで作る市民団体「きこいろ」で、この症状について情報発信している。
ここでは、後天的に困難を抱えるようになった人も話を聞かせてくれた。渡辺勇一さん(67)。「仕事中、突然キーンという音が鳴り始めました。フワフワとめまいもすごくて」。突発性難聴で片耳が聞こえなくなった4年前のことを振り返る。
10日間入院し、ステロイドの点滴も打った。複数の病院を受診したが原因は不明。家のテレビの音が聞こえにくくなり、仕事の打ち合わせで大事な内容を聞き逃すこともあった。突然、こういう聞こえ方になったことで、精神的にも不安定になった。
「苦しかった…。でも、交流会に参加して、自分以外にも片耳難聴の人がいると気づくことができました」と笑顔を見せた。
▽「ひとりじゃないよ」情報発信

市民団体「きこいろ」の岡野由実代表=2024年12月、群馬県高崎市
「きこいろ」代表で、保健医療専門職の人材を養成する群馬パース大で准教授を務める岡野由実さん(40)は、情報発信する理由をこう語る。「不安を抱える当事者や家族に、ひとりじゃないと知ってほしかった」
岡野さんも中学2年生の頃、突発性難聴で左耳の聴力を失った。今では当事者であることを強みに、言語聴覚士として聴覚障害のある人の相談に応じたり、言語訓練を行ったりしている。
「聞こえ方はいろいろだと知ってもらいたい」という思いで、団体を設立したのは2019年。現在、会員数は10~80代の約800人。当事者の家族もおり、片耳難聴者がどのように聞こえているか分からず、不安を持つ人が多いという。

片耳難聴者が困る状況を想定して、相手への伝え方のロールプレイングを行う講演会の参加者=2025年3月、東京
団体は月1回程度、全国各地やオンラインで交流会を開いている。
3月の東京での講演会では、約30人の参加者がペアになり、片耳難聴者が困る状況を想定して、相手への伝え方のロールプレイングを行った。
「電話対応は問題なくできますが、電話中は用件をメモにして渡してもらえますか」
「気づいていないようだったら肩をたたいてもらえると助かります」
▽全国で30万人、でも国の支援対象にはならず

参加者との交流会で自身の経験を話す岡野由実さん=2025年3月、東京
団体によると、片耳難聴者は国内に30万人以上いるとされる。生まれつきの身体の異常やおたふくかぜによってなることもあれば、成人してからも突発性難聴などで聞こえなくなることもある。半数以上が原因不明で、多くの場合、治療が難しい。
一方、日本では、当事者への支援や理解について十分とは言えない。そもそも、片耳難聴者は、国が定める身体障害者手帳の交付基準には含まれていない。どういうことか。
交付基準では、聴覚障害は2通りあり、一つは「両耳の聴力レベルが70デシベル以上」。これは40センチ以上の距離での会話を理解できない程度に当たる。そしてもう一つは「片耳の聴力レベルが重度難聴で、もう一方も普通の会話が聞き取りづらい50デシベル以上」とされている。
つまり、片耳が正常な聴力の片耳難聴者は対象とならず、障害者雇用や補聴器の支給など支援制度を利用できないのだ。
補聴器を付ける当事者は少ないが、効果を実感できる人もいる。補聴器はいろいろあるが、専用の補聴器は25万円以上と高額だ。
「身障者手帳を持たない片耳難聴者は、補聴器の購入費は全額自己負担になってしまう。補助があれば選択肢が広がる」と岡野さんは話す。
▽日常生活での具体的な配慮とは
一般的に、片耳難聴者が日常生活で困る状況は3つある。
①聞こえない側から話しかけられると聞き取りづらい
②騒がしい場面では聞こえにくい
③どこから音がするのか分からない―など

こんな時、話す人が聞こえやすい耳の方に回ったり、テレビを消すなど雑音を減らしたりすると聞こえやすくなる。

東京で開催された講演会で話す岡野由実さん=2025年3月、東京
岡野さんは講演会で、参加者に話した。
「ちょっと分かりにくい、伝わりづらいのが私たちの特徴。聞こえやすい場所を譲ってもらったり、どうしても周囲の配慮が必要なときがある」
片耳難聴は、当事者が伝えないと気づきにくいのが特徴だ。そのため、聞こえなかったとき、無視していると周囲に誤解されることもある。当事者の中には、こういう聞こえ方があるということを周囲に開示できず、悩む人もいる。
岡野さんは訴える。「常に支援が必要な訳ではないが困る場面もある。少しの配慮で楽になるので、まずは多くの人に片耳難聴について知ってほしい」

片耳難聴のオリジナルマークを使ったストラップやステッカー
「きこいろ」は交流会のほかにも、講演会や専門家による個別相談をしている。オリジナルマークを作り、シールやスマートフォンのストラップといったグッズもインターネットで販売している。
▽取材後記
記者も右耳難聴で、背後を走る自動車に気づかなかったり、友人にうまく伝えられなかったりすることもあった。取材を通して、当事者らが同じ悩みを抱える一方、原因や向き合い方は多様だということが分かった。
「自分の当たり前を他人に押しつけないようにしたい」。取材した当事者の光本さんの言葉が印象に残った。誰かにとって当たり前の聞こえ方が私にとってそうではない。逆に、聴覚以外で、私にとっての当たり前が誰かにとってそうでないことがあり得ると、気づかされた。
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