2025.02.09
酒向充英

とっとり手話フェス限定コラボのミルキー。ペコちゃんの指が「I LOVE YOU」というサインにアレンジされた。
コーダ(聾の親を持つ子供)である門秀彦氏のユニークな作品が、いま静かな注目を集めている。
聾者にとって手は「職をつける」ものだった。健常者と同じ仕事は難しいという先入観から、縫製、木工、印刷関係といった職人仕事への従事が暗黙の裡に決められていた。もちろん手話には欠かせないが、かつては聾者同士でも人前で手による会話が憚られていたらしい。理由はただひとつ、耳が聞こえないハンディを隠すため。障がい自体を見えないようにするという日本社会の忌避意識に、心ならずも自ら加担せざるを得なかった。

両親が聾者のアーティスト門秀彦氏は、幼い頃から平仮名、片仮名と同じように日常生活のなかで自然に手話を覚えた。同時に手話では伝えきれないニュアンスを補うべく絵を使い始めたことが、アートの才能を育む。その後も美大などで専門的な勉強は一切せず、絵はすべて独学。好きなポップアートの影響を受けつつ思うままに描いていたが、転機が訪れたのは19歳の時。住んでいた長崎市の中心にあったデパートの改装中、囲われた殺風景な壁に彩りを添えるため、絵を描くように依頼があったことだった。途中まで描いたころ、見に来た父親が発した「ここで友だちと待ち合わせしたら楽しいだろうな」というひと言が閃きとなる。

「それなら、聾の人がわかるように手話自体をアートに入れようと思ったんです」
ビジュアル豊かにデフォルメされた手話は耳目を集め、やがて作風を決定づけるキーモチーフとして花開いた。
手話はひとつの言語。そう語る門氏にとって、手が物語る世界は口語同様、いやそれ以上に多彩で芳醇だ。国ごとに異なるのはもちろん、日本の中でも地域によって"方言"がある。さらに話す人の表情が会話に添える彩も大きい。

「表現力の豊かな聾者だと、『今日は暑いね』のひと言なのに、来るまでの風景がまるで目で見えるような感じなんです」
街中で手話アートが描かれた息子のブランドTシャツを着ている若者を見た父親が、うれしそうにしていたという。かつて自分たちが人目を憚りながら使っていた手話が、おしゃれなイラストになっていることが感慨深かったのだろう。

手話が教える沈黙ゆえの雄弁さ。話し言葉に引けを取らない動く手のポテンシャルを可視化したアートは、デフリンピックのホストであるわれわれに、楽しさと共にさまざまな気づきを与えてくれる。
文=酒向充英(KATANA) 写真=松崎浩之
(ENGINE 2025年2・3月号)
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