特集:第77回全日本大学バスケ選手権
青木美帆 2026/01/04 (最終更新:2026/01/04)

インカレ決勝の日に表彰を受けた左から羽田まりな、加藤志希、加藤志野(撮影・井上翔太)
昨年12月の「第77回全日本大学バスケットボール選手権」(インカレ)女子決勝後、全日本大学バスケットボール連盟は、九州共立大学の羽田まりな(2年、小林)と関東学院大学の加藤志希(2年、横須賀大津)、加藤志野(2年、横須賀大津)に「JUBF特別栄誉賞」を授与した。
3人は聴覚障害者による総合スポーツ大会「デフリンピック」で女子バスケットボール競技の日本代表として決勝でアメリカを倒し、史上初の金メダルを獲得したメンバーだ。3人は競技を始めて以来、補聴器をつけてバスケットボールをプレーしていたが、2023年から並行してデフバスケットボールに取り組み始めた。
授与された楯(たて)をうれしそうに眺め、「こんなものがいただけるとは思っていなかった」と口をそろえた3人に、筆談と声を交えてのインタビューを実施した。
【写真】女子は東京医療保健大学が3年ぶり優勝!白鷗大学との7年連続頂上決戦を制す

デフリンピックで金メダルを獲得した直後、笑顔で集合写真に収まる日本代表(撮影・吉田耕一郎)
決勝はアメリカに勝利「最後まで苦しいゲーム」
――改めて、デフリンピックで優勝した喜びについて聞かせてください。
羽田:目標にしていた金メダルを取ったことで、これまで支えてくれたり応援してくれたりした多くの方に感謝の気持ちでいっぱいです。
志希:家族や高校・大学の仲間たちなど、これまで支えてくれたいろいろな人に恩返しができた気がして、とてもうれしかったです。
志野:デフバスケに関わるたくさんの方々の頑張りが報われたような気持ちです。
――決勝のアメリカ戦はどのような試合でしたか? 勝敗を分けたのは何だったと思いますか?
羽田:最後まで苦しいゲームでした。勝因はチーム全員がこれまで頑張ってきたことを信じていたことです。暗くなりそうなときにお互いが高め合い、いい雰囲気でゲームができました。
――大会を通じて、ご自身のパフォーマンスはいかがでしたか?
羽田:ディフェンスでは初戦からハードに守り切れたと思います。オフェンスでは積極的にペイントアタックをしてシュートを狙ったり、ディフェンスを引き寄せてパスをしたりするなど、良い判断ができていたと思います。
志希:試合を重ねるにつれて会場の雰囲気に慣れてきました。特に準決勝のウクライナ戦で、シュートがなかなか入らない苦しい場面で自分が3ポイントシュートを決めて、流れを作れたことが印象に残っています。
志野:納得いかないプレーも少なくありませんでしたが、ディフェンスやリバウンド面などチームを支えるプレーでは貢献できたと思います。

決勝は1点差でアメリカに競り勝った(撮影・吉田耕一郎)
デフバスケの難しさ、面白いところとは
――デフリンピックに向けての準備はいつからスタートしましたか?
志野:3年前からは2カ月に1回、1年前からは1カ月に1回以上、1泊2日の合宿を行ってきました。連係プレーの練習が多かったです。
羽田:北海道、東京、福岡などいろいろな場所で行ったんです。
志希:私は1年前に手術を行ったこともあり、デフリンピックまでは家でもリハビリと筋力トレーニングを意識して取り組んでいました。
――皆さんはデフバスケと一般的なバスケの両方でプレーしています。デフバスケの難しいところはどんなところですか?
羽田:やっぱり、目が合わないとコミュニケーションが取れないことです。
志野と志希:同じです。
――では、面白いところは?
羽田:状況を見て、判断して動くので、連係がうまくいったときはすごく楽しいです。
志希:コミュニケーションの取り方を工夫して、サインや手話で意思疎通ができたときですね。
志野:床の振動や手ぶりなど、色々なことを手がかりにして物事を判断することや、プレーする選手たちの表情がとても豊かなことです。

準決勝のウクライナ戦でシュートを決めきる羽田(撮影・井手さゆり)
――表彰にあわせて女子決勝の東京医療保健大学―白鷗大学を観戦しました。いかがでしたか?
羽田:本当にすごいレベルの高い試合でした。見ててすごく勉強になることがたくさんで、私ももっともっと成長したいなって思いました。
志希:1カ月前に自分たちもこのコート(大田区総合体育館)で試合をしていましたが、今回外側から見て「ここでプレーしてたんだな。広い会場にいたんだな」ということを改めて実感しました。
志野:スピード、パワー、スキル、どれもすごかったです。自チーム(関東学院大)でももっと頑張っていこうと思いました。
未来のデフキッズがスポーツしやすい環境づくりを
――これからの目標を聞かせてください。
羽田:2年後の世界選手権と、4年後にアテネで行われるデフリンピックに出場して、もう1回メダルを取りたいです。そして未来のデフキッズがスポーツしやすい環境を整えたいと考えています。
志希:来年ポーランドで開催されるU21世界選手権で良い結果を残すことと、デフスポーツ、デフバスケを多くの方に知ってもらうことです。
志野:U21世界選手権とデフリンピックで金メダルを取ることと、デフスポーツの普及です。

これからも競技力向上とデフスポーツ普及への挑戦が続く(撮影・青木美帆)
この記事を書いた人
青木美帆
スポーツライター
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