『手話で国歌斉唱』どうやってタイミングを合わせるの? 音に頼らないデフリンピック サッカー銀・湯野琉世選手に聞く「試合の裏側」

『手話で国歌斉唱』どうやってタイミングを合わせるの? 音に頼らないデフリンピック サッカー銀・湯野琉世選手に聞く「試合の裏側」

2025年12月4日(木) 20:28

湯野琉世選手

デフリンピック・サッカー男子で銀メダルを獲得した湯野琉世選手(熊本県八代市出身)に、RKK熊本放送が、テレビ番組「NEWS ゲツキン」でインタビューをしました。

デフリンピックで日本史上初めての銀メダル。試合後は「悔しい」とも話していた湯野選手ですが、少し時間が経った今、どう感じているのでしょうか?

湯野琉世選手


悔しい「銀」 日本の強みと課題


――(青谷倫太郎アンカー)熊本の人の反応は?

湯野選手「メッセージを今まで以上にもらって、すごくそれが力になりました」

――(青谷アンカー)日本史上初の銀メダル、決勝戦のトルコ戦ではあと1歩及ばずでしたが、今の気持ちはいかがですか?

湯野選手「まずはメダルを取れたことは嬉しいんですけども、4年後に必ず金メダルを取れるように、つなげていけたらいいなと思います」

――(青谷アンカー)「通用したこと」「足りなかったこと」は、どう分析している?

湯野選手「チームの団結力は、今の日本の1番の強みだと思っています。メンタルの部分で海外の選手に負けたとはすごく感じました」

――(青谷アンカー)どんな場面で感じた?

湯野選手「1つのボールに対する目付きの違いが、プレーで全面的に現れましたね」

――(青谷アンカー)その差は4年間で決められそうですか?

湯野選手「はい、必ず埋めます」


補聴器なしの試合 コミュニケーション方法は?

――(青谷アンカー)試合中は補聴器を外してプレイしている。ほとんど聞こえない状態で、どうやってコミュニケーションをとる?

湯野選手「デフサッカーの場合ですと、後ろからの声、指示が通らないので、選手同士、ベンチも含めて10秒に1回ぐらいはお互いがアイコンタクトでコミュニケーションを取っています」

――(青谷アンカー)選手は22人、監督もいる中でどう伝える?

湯野選手「やっぱり1人は必ず目が合うので、そのタイミングで、自分がやりたいことをそこの選手に伝えて、またその選手から前に伝える、という形を取っていました」


普段は健常者とプレー 違い、強みは?

湯野琉世選手


――(青谷アンカー)湯野選手は、耳が聞こえる健聴者と一緒に熊本代表で天皇杯に出るレベルのプレーをしている。違いは感じる?

湯野選手「健聴者の中に混ざると、僕は音を拾える範囲が狭いので、得意にしている『周りを見る』ことで差を埋めています」



手話で「国歌斉唱」


――(福居万里子アナウンサー)国歌斉唱を手話でしているのが印象的だった。どうやって合わせている?

湯野選手「手話通訳者が3人いて、その1人が僕らの前にいる。その通訳者が歌を聞いて、僕らに手話で示してくれて、僕らはそれを見て合わせる形を取っていました」

――(福居アナ)オーケストラの指揮者と同じというとですね

湯野選手「そうですね」

――(青谷アンカー)スタンドからも、耳が聞こえない皆さんにサインという形でですね、声援が送られていましたね。

――(青谷アンカー)4年後に向けて、意気込みは?

湯野選手「2年後にはワールドカップがあります。また、4年後にもデフリンピックがあります。今回のように僕が日本代表に選ばれる保証はまだありません。また選ばれるように技術を磨いて、また、デフスポーツやデフサッカーをもっとみんなに広めたいと思ってますので、その啓発活動も引き続き頑張っていきたいと思います」


デフリンピックとは


耳が聞こえない、聞こえにくいアスリートによる国際大会です。オリンピックと同じく4年に1度開催されます。11月には日本初となる東京大会が開かれました。サッカーは、福島県での開催でした。

湯野選手は予選から決勝まで全6試合に先発で出場し、主にセンターバックを務めて銀メダル獲得に貢献しました。

湯野琉世選手 (25)
熊本県八代市出身 八代工業高校卒業
デフサッカー日本代表 イロンデル熊本FC所属


リンク先はRKKというサイトの記事になります。


 

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