話せない人がライブコマースでモノを売る--中国の最新テックソリューション

話せない人がライブコマースでモノを売る--中国の最新テックソリューション

山谷剛史の「中国ビジネス四方山話」
山谷剛史 2026-02-13 07:00

中国の国旗

 中国で、新型コロナウイルスによる外出制限をきっかけにライブコマースが急成長してから、早いもので数年が経過した。今や利用者は8億人を超え、配信者数も4000万人に迫るといわれている。視聴者を引きつけようと、絶え間なくしゃべり続けるライブルームもあれば、体力を温存しながら配信を続けるルームもある。いずれにせよ、商品を多角的なトークで紹介し、視聴者が気に入れば購入するというのがライブコマースの基本だ。しかし、その流れの中で取り残されている人々がいる。その一つが、耳が不自由で言葉を正しく発することが困難な聴覚障がい者だ。彼らがライブコマースを行おうとしても、情報を十分に伝えきれないという課題があった。

 近年、中国では障がい者対策への注力が国を挙げて掲げられており、AIの進化も相まって、手話とAIを組み合わせた技術が急速に発展している。音声を文字化して聴覚障がい者に提示する、あるいは入力した文字を音声化して伝えるといったことはすでに可能だ。さらに、手話を音声へ変換したり、映像内の音声をバーチャルキャラクターが手話で伝えたりするソリューションが、さまざまな業界で導入され、実績を増やしている。

 その一例として、「TikTok」の競合であるショート動画・ライブ配信プラットフォーム「快手(Kuaishou)」による、「用手話的帯貨主播(手話でライブコマース販売)」というプロジェクトが高く評価されている。これは、聴覚障がいを持つ配信者の手話をAIがリアルタイムで認識し、その内容をテキストおよび音声として出力するものだ。さらにバーチャルキャラクターを活用し、手話の内容に合わせてキャラクターが動きながら「声」で視聴者に届ける仕組みを構築している。

 このプロジェクトを紹介する動画では、アカウント名「井井」さんという、耳が不自由で言葉を発せない女性が、スタッフに囲まれたスタジオでスマートフォンの前に立ち、手を動かしている。画面にはリアルな井井さんの姿とともに、彼女に似せたバーチャルキャラクターが表示され、「見てくれてありがとう」「うれしい。私はしゃべれる!」と、表情を動かしながら声を発する。

 その後も「そろそろプレゼントのシーズンです」「このチョコレートはかわいくておいしいですよ」「購入ありがとうございます」といった内容を伝えていった。この配信の視聴アカウント数は70万を超え、流通取引総額(GMV)は5万3000元を記録。その2割以上が聴覚障がい者による購入だったという。同じ境遇にある人々にとって、この結果が明るい材料となったことは間違いない。

 この取り組みにより、聴覚障がい者にとっての「無声のライブ配信」という問題は解決へ大きく前進した。これまで配信内容を理解できなかったユーザーも、初めてその内容を正確に把握できるようになったのだ。快手の事例は、技術的には手話認識、テキスト生成、音声合成、バーチャルキャラクターを組み合わせた高度な実装例である。単に生活の利便性を高めるだけでなく、ライブコマースという「収益を生むプラットフォーム」に導入された点に意義がある。これは単なる技術デモにとどまらず、視聴者数や売り上げといった定量的な成果を伴う「社会課題解決×ビジネス」の実証例として、極めて重要な意味を持つといえるだろう。

 カメラの前で行う手話をAIが認識し、中国語のテキストや音声に変換する――。この基盤となる手話リアルタイム翻訳システムを開発したのは、天津理工大学発のベンチャー企業「鯨言科技」だ。同社は2017年頃からプロジェクトを始動し、30万件を超える手話動画ファイルを収集してディープラーニングを行ってきた。その結果、良好な照明条件下では識別精度が約95%に達し、実用レベルにあると評価されている。現在はさらに、単語ごとの静的な手話だけでなく、会話のような連続的な手話を対象とした「マルチモーダル連続手話自動ラベリング・認識システム(鯨可語)」の開発も進めている。

 同社の技術は、病院の受付や銀行の窓口、各種公共サービスのカウンターなどでも導入が始まっている。例えば病院では、聴覚障がい者が病状や要望を手話で伝え、医療スタッフは画面に表示される文字や音声を通じて内容を把握する。手話翻訳システムが導入された窓口では、担当者がモニターの文字を確認しながら対応できるため、手話通訳者への依存度が下がり、負担軽減につながる。

 ライブコマースや公共の窓口への導入が進むことで、聴覚障がい者の存在はより社会に認知され、「コミュニケーションが難しい」という固定観念も少しずつ変わっていくかもしれない。今後、データ量の蓄積とモデルの高度化がさらに進めば、手話と音声・文字との相互翻訳はより自然なものとなり、人々をシームレスにつなぐ重要な架け橋となるはずだ。

 

山谷剛史(やまや・たけし)
フリーランスライター
2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。


リンク先はZDNETというサイトの記事になります。


 

Back to blog

Leave a comment