2024年08月20日 06:22 更新
重度の聴覚障害がある牧野友香子さんは、幼稚園から中学校まで地元の学校へ通い、神戸大学卒業後はソニー株式会社に就職。社会人1年目で出会った現在のパートナーとの間にその後、授かった第一子に難病が見つかったことをきっかけに、難聴児を支援する会社を企業します。
そんな牧野さんの前向きなマインドについて、著書『耳が聞こえなくたって 聴力0の世界で見つけた私らしい生き方』(KADOKAWA)よりシリーズでお届けします。
これまでの幼少期、高校時代、妊娠・出産時のエピソードに続き、今回は子育てのお話。
「補聴器をつけていても人の声はほぼ聞こえません。補聴器を外すと、飛行機の轟音も聞こえるか、聞こえないかくらい」という重度難聴の牧野さん。赤ちゃんの泣き声も聞こえなかったようで――
『耳が聞こえなくたって 聴力0の世界で見つけた私らしい生き方』を詳しく見る
聞こえないママの乳児育児はぶっちゃけ大変!
幼い頃の娘2人(本人提供)
「聞こえないママって育児はできるの?」とよく聞かれます。
正直、一番大変だったのは赤ちゃんのころ。夜中に泣いても聞こえないし、ほんとーーーに大変でした。
泣き声が聞こえないので、夜に赤ちゃんの横で〝寝る〞ということがなかなかできませんでした。かなり大きな音がしたらわかることもあるので、補聴器をつけたまま寝るようにしていたものの、補聴器をつけても赤ちゃんの泣き声は聞こえません。
そのため、当時激務だった夫が深夜遅くに仕事から帰ってくるまでは、寝ずに起きていました。夫が帰ってきてから、次のミルクの時間まで寝るというような生活。
夫も、仕事から帰ってきても熟睡できず大変だったと思いますが、この時期を夫婦で乗り切ったおかげか、もともとの夫の性格か、私以上に子どもと全力で向き合ってくれて、最高の夫だなあと思っています。
寝ていても子どもの泣き声がしたら飛び起きるし、体調が悪い時に咳き込んでもすぐ起きるし、子ども目線でたくさん遊んでくれるし。そりゃあ子どもも、ママっ子じゃなくパパっ子になるわけです。
ちなみに、疲れきっていて夜起きているのがつらかった私は、授乳の時に寝落ちしてしまいそうだったので、真っ暗闇の中テレビをつけて、「プリズン・ブレイク」などさまざまな海外ドラマを見ながら、どうにか眠気を飛ばして徹夜する毎日でした。
当時は正直しんどかったし、今からあの生活をもう一度! と言われても、無理無理! もう無理! こんなに楽になったんだから! って思っちゃいます。
そして、日中も目を離すことができないので、料理中は赤ちゃんを見える範囲に寝かせながら料理をしていました。
寝返りを打つ前はまだいいのですが、動き始めてからは大変で!できるだけ手のかからない料理ばかりになっていました(私1人の昼ご飯は、めんどくさいので毎日卵かけご飯か、納豆ご飯でした!)。
包丁でトントンと切っていても、しょっちゅうパッと目を向けて何をしているか見て……という感じで、耳からの情報がないって本当に大変なんだなと思うことも多々。
お風呂に入る時ももちろん大変。脱衣場に赤ちゃんを置いて、浴室のドアを開けっ放しにしたまま、赤ちゃんを見ながら猛スピードでバババーッと洗って出てくるような感じで、毎日をやり過ごしていました。
里帰りもしなかったため、今思っても「よく頑張った!」と言いたいくらい大変だったのが、この赤ちゃんの時期でした。
義母や母が我が家に来てくれた時は、子どもをお願いしてゆっくり湯船につかるのが当時の私の楽しみで、この日を指折り数えながら待っていたっけ。今となっては懐かしい思い出です。
緊急時の子どもの呼び声や、叫び声が聞こえない!
子どもが少し大きくなって、自分から呼びに来たり会話ができるようになったりしても、聞こえないことで困ることは意外とあります。
聞こえる皆さんの場合は、子どもの泣き声を聞いて、その理由がわかると思います。
例えば、「この泣き声はやばい! なんかあった⁉ 見に行かなきゃ!」と慌てて行ったり、逆に「あ〜、ちょっと泣いてるだけか〜。料理終わってから行こうかな」と判断したり。前後の会話とか音も、耳で聞くことができますよね?
しかし、聞こえない私にはそういう判断ができないので、補聴器でたまに音をキャッチできたりした時は(「大声かもしれない! 叫び声かも!」と思って)料理中でも絶対に手を止めて、とにかく急いで見に行きます。
そうそう、なんか“ゴン”という振動がしたので急いで行ったら、子どもが落ちたんじゃなく、大きな物が落ちただけだった……ということもありますし、逆に、子どもがベッドからドスン! と落ちて「わーんわーん!!!」と泣いていても、気づかないで片づけや料理をしている時もありました。
大きくなってからは自分で、「ママ!」とトントンして教えてくれるようになりました。
泣き声や呼び声も基本的に聞こえないので、普段からなるべく子どもが見える位置で家事をしたり、子どもから目を離さないようにしたりする癖がついています。
下の子が4歳くらいになってくると、お話も上手になるし、何か問題があってもまず私のところに来てくれるようになったので本当に楽になりました。それまではいつも目が離せないし気にしていないといけなくて、とっても大変だった〜。
子どもたちが編み出した、 聞こえないママとの会話術
※画像はイメージです
たまに行き違いや勘違いがありながらも、それなりに子どもたちとはコミュニケーションが取れているので、「苦労」というほどではないんです。
ただ、私が把握している“子どもが言いそうなことば”以外のことを言われて困ることはありました。
長女が3歳くらいの時、「バーベキュー楽しかったね」と言われたのですが、子どもが「バーベキュー」ということばを知っていると思わなくて。
「えっ?『ばーゆうー』? 『はーきー』? ……何それ……?」
と言っていたら、子どもは他のことばで説明ができないし、文字も書けないので(3歳だし)、「もう、いい!」みたいな感じで終わってしまいました。
いやいや待って! これはあきらめたらあかん気がする! と思い、「それはどんなもの? 一緒にやった? お菓子?」と場面を細かく聞くと、「あのねー、お肉をじゅーって。えっと網の上でね……」と説明してくれたので、「わかった〜!!! バーベキュー! か! むしろそんなことばよく知っていたねえ」と。
そういう行き違いを経験することが人より多いせいか、成長するにつれて、我が家の子どもたちは1つのことをいろいろなことばで言い換えて説明するのが上手になりました。
5歳くらいになって簡単な文字が書けるようになったころ、人形に「きっき」という名前をつけたことを話してくれたのですが、「きっき」か「ちっち」かわからなくて。
「うーん、口の形が一緒でどっちかわからん」と言ったら、「『きっき』、『ちっち』」とつぶやいて、「あ、本当だね」と言って、空中に指で「きっき」と書いてくれました。これが我が家では当たり前の日常です。
せっかちな次女は、今でも「もーう! なんでママ、お友だちの名前がわかんないのよっ! 笑」と言いながら、細かい説明をしてくれる時もあります。
「あっははー! だって名前ってさ、口で読むの大変なんだもーん。書いてよ〜」と返す私。聞こえないママということは、普段意識しているわけじゃないだろうけど、聞こえないこともひっくるめてこれがママ、と理解してくれている気がします。
ナイショ話はできないけど口パクで話せるママ
家族4人で(本人提供)
子どもたちが小さい時には「ママは耳が聞こえないんだよ」と言ったことはありませんでしたが、「ママに来てほしい時は、呼ぶんじゃなくて肩をトントンする」ということは、物心つくころにはわかっていたようです。
夜中に泣く時も、泣いているだけじゃママは起きてくれないと気づいたらしく、泣きながら私のことをトントンして起こすんです。慣れてくると、トントンと私を起こしてから「えーん」と泣くようになりました。笑
3歳くらいの時に“ナイショ話ブーム”があったのですが、ママとは耳元でのコソコソ話ができないということをわかってもらうのが意外と大変で!
子どもってコソコソ話とか好きなんですよね。「ママは口が見えないとおしゃべりできないから、お耳のコソコソ話はパパとやって〜」と言っても、「ママとやりたい」と言われて、
「じゃあ声出さなくていいから口見せて〜」
「え〜、なんで⁉耳がいい!」
「それだとママわかんないよ〜」
って。笑
思えば、やっぱり子どもの成長は速いですよね。
年少さんのころから、ちゃんと周りを見て、ママが聞こえないということがわかり始めるので、ことあるごとにちょこちょこ説明をするようにしていたし、夫も「今のだと、たぶんママは何を言ってたかわからないから、もう1回言ってね〜」とか、けっこうフォローをしてくれていたようです。
「なんでママって聞こえないのー?」と聞かれた時は、「ママもわかんないんだよね〜。生まれた時から聞こえなかったんだよねえ〜」と返しています。
「他の家のママは、声出すだけで来てくれるから便利だよね。ママはさ、わざわざ呼びに行かないといけないんだよーー」
「それは、しゃーない! 頑張って呼びに来て〜」
と言っていますが、その一方で、
「ママとは、口パクでしゃべれるから楽〜!」
と言われたのは、おもしろかったです。ポジティブなところに目をつけるうちの子たち。
お友だち家族とご飯を食べていて好きじゃないものが出てきた時に、「これ、食べられない!」なんて、言っちゃいけないことをママには口パクで言えるから、ママって便利だよね〜って。笑
聞こえない私の子育てはトライアンドエラーですが、子どもたちにとっても聞こえないママとの生活はトライアンドエラーなのかもしれません。こうして、少しずつ我が家の家族の形が作られていったような気がします。
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