2026.05.27
『音楽の見える瞬間』ホワイトハンドコーラスのきせき1 後編
鈴木 款

日本手話では「障害者」は「壊れた人たち」と表現します。
でもこれはモノにたいして使う言葉で、わたしたちには違和感があります。
だからわたしたちは「個性をもった人たち」と表現します。
これは「ホワイトハンドコーラスNIPPON」の子どもたちが発した言葉である。
ホワイトハンドコーラスNIPPONは、耳の聞こえる・聞こえないを超えて、子どもたちが同じ舞台に立ち、それぞれの方法で音楽をつくっていくインクルーシブな合唱団だ。そこでは、これまでとは違うかたちの音楽が生まれている。初めてそのパフォーマンスを観たとき、ジャーナリストの鈴木款さんは、気づけば目に涙があふれていたという。その体験をきっかけに取材を続け、書籍『音楽の見える瞬間 ホワイトハンドコーラスNIPPONのきせき』(2026年5月27日発売)を著した。本書では、その活動の成り立ちから、子どもたちがいくつもの“壁”を越え、やがて音楽の都ウィーンでベートーヴェンの《第九》を披露するまでが描かれている。
書籍からの抜粋を連載としてお伝えする第1回前編【聞こえない子、聞こえる子、見えない子たちがともに”歌う”奇跡の音楽にジャーナリストが衝撃を受けた理由】では鈴木さんとホワイトハンドコーラスNIPPONとの出会いをお伝えした。後編ではこの活動がどのように生まれ、日本で育っていったのかをたどる。
◇前編はこちら
聞こえない子、聞こえる子、見えない子たちがともに”歌う”奇跡の音楽にジャーナリストが衝撃を受けた理由
手歌はすべての子どもの新たな歌の表現
声だけでなく、手話を基調につくられた「手歌」で歌う合唱団「ホワイトハンドコーラス」は、南米ベネズエラで生まれた。1975年にはじまった青少年育成プログラム「エル・システマ」は、貧困や犯罪から子どもや若者を救うため、音楽をつうじて人生を闘う力、勇気や規律、忍耐を養おうとした。そのなかで障害のある子どもが参加する特別支援プログラムも生まれ、そのうちのひとつがホワイトハンドコーラスだった。
日本での活動は2017年にはじまり、2020年から「ホワイトハンドコーラスNIPPON」として東京と京都で本格的に展開されている。メンバーは6歳から18歳の子どもたちが中心で、東京と京都で70名が参加し(2025年8月現在)、歌をうたう「声隊」と手歌を表現する「サイン隊」で構成されている。わたしがあの日、練習会場で目にしたのはサイン隊の子どもたちだった。子どもたちの手歌と歌声が織りなす舞台は人々の心を揺さぶり、設立いらい、のべ3万人以上の人々が公演を観てきた。
最初の出会いから半年後、ふたたび体験型写真展「第九のきせき」が東京・竹芝のダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」で開催されると聞き、足を運んだ。会場ではホワイトハンドコーラスNIPPON芸術監督のコロンえりかさん、写真展をひらいたフォトグラファーの田頭真理子さん、そして「日本ろう者劇団」顧問で手歌の指導者でもある井崎哲也さんに会い、話を聞いた。井崎さんは、ホワイトハンドコーラスNIPPONの活動について取材をはじめるにあたり、コロンさんから「ぜひ話を聞いてほしい」と推薦された人だった。

コロンえりかさん ©Mariko Tagashira
聞こえない子どもたちが「音楽を表現する」
取材をもとに書いた当時の記事がこちらだ。
聞こえない子どもたちが「音楽を表現する」
“きせき”のホワイトハンドコーラスとは
聴覚に障害のある子どもたちが、歌の世界を音楽的にアレンジした手話で表現する。この「手歌」とよばれるパフォーマンスをおこなうのが「ホワイトハンドコーラス」だ。聞こえない子どもたちが繰りひろげるコーラスとはどんなものなのか? 取材した。
日本においてホワイトハンドコーラスは2017年に誕生した。子どもたちを指導するのは駐日ベネズエラ大使夫人でソプラノ歌手のコロンえりかさんと「日本ろう者劇団」顧問の井崎哲也さんだ。
コロンさんはこう語る。
「いまベネズエラでは、国内だけで100万人以上の子どもが無償の音楽教育を受けています。そのなかで聴覚に障害のある人たちも参加できるようにと考えだされたのがホワイトハンドコーラスです。聞こえない子どもにとって“音楽は必要ない、解らないだろう”ではなく、いっしょになにができるのかを考えたのが手歌です。手歌は、聞こえない子どもたちが音楽の意味を人に伝えることができる新たな表現なのです」
手歌は手話をまじえながら、子どもたちが考えた表現で歌詞をパフォーマンスする。手の動きがよく伝わるように、白い手袋を着けることからホワイトハンドコーラスと名づけられた。子どもたちはほぼ毎週集まって音楽を体験し表現を考えていく。またホワイトハンドコーラスでは、聴覚に障害のある子どもだけでなく、視覚や身体、発達障害の子どもたち、そして障害のない子どもたちもいっしょに活動をしている。
聴覚に障害がある井崎さんにとって、ホワイトハンドコーラスに出会うまえ、「音楽は自分にとって関係のないものだった」という。手話通訳をつうじて話を聞いた。
「通っていたろう学校に音楽の時間があったのですが、聞こえないわたしにとっては関係なかったのですね。聞こえない人はみな、歌をつまらないものと思っています。しかし、えりかさんに目のまえで歌ってもらったとき、自分のなかに電気が走るように“あ、これが音楽だ”とわかったのです」
この出会いののち、コロンさんと井崎さんは協力して手歌をつくった。井崎さんは当時のことをこうつづける──「そこで聞こえない子どもたちを集めて、「音楽や歌が嫌いだと思うけど、手歌をやってみようか」と言うと、子どもたちがどんどんおもしろそうに寄ってきたんですね」。
音が聞こえない人にとって、“歌を楽しむ”とはどんな感じなのだろう? 筆者がたずねると井崎さんはこう答えた。
「聞こえる人は歌を聴いて、「懐かしい歌だなあ」とか「いっしょに歌おうよ」とかありますよね。わたしたちはそういった感覚はまったくないので、歌が嫌いになるんです。しかし手歌によって歌と向きあい、ハーモニーの投げあいみたいなことができるようになると、子どもたちは「いっしょに歌おう」と言いだすのです。これは素晴らしいことだと思います」

井崎哲也さん(右)とコロンえりかさん ©Mariko Tagashira
この活動を“体験”できる写真展が東京都内でおこなわれているので取材した。写真家の田頭真理子さんはホワイトハンドコーラスに魅入られ、2017年のホワイトハンドコーラスの立ち上げからその活動を撮りつづけている。田頭さんはその魅力をこう語る。
「最初のころ、子どもたちは消極的で自信がなさそうな様子でしたが、何年もたつうちに表現力がどんどん高まって、成長ぶりがすごいなと思いました。最近は子どもたちからどういうふうな表現をするか意見がたくさん出るし、子どもたちにエネルギーが満ちあふれているのを感じます」
田頭さんは暗闇のなか、光る手袋をはめた子どもが手歌でベートーヴェンの交響曲第9番を表現する様子を撮影した。「撮影をしていると誰でもカメラのまえで自分をよく観せますが、子どもたちはいっさいないんです。歌の世界を表現するという気持ちでカメラのまえに立っているんですよね。音が聞こえないぶん、歌詞の意味を何年もかけて読み解いて理解をするので、子どもたちにとって言葉は立体的になっているのです」
写真を観ると、手の動きが美しく心の軌跡を描いているのを感じる。聴覚を超えた音楽を感じさせる写真はまさに「第九のきせき」で、観る者の心を揺さぶる。
ホワイトハンドコーラスNIPPONの活動はこれからもつづいていく。コロンさんは「できる場所がまだまだ少ないので、ろう学校とも協力して、音楽の素晴らしさをより多くの子どもに伝えたいと思っています」と語る。聞こえない子どもが音楽の世界を楽しむことができるホワイトハンドコーラス。ここには”きせき”が存在する。
──2022年5月13日「FNNプライムオンライン」掲載記事より(表現を一部変更)
記事のポイント!
聞こえない子どもと聞こえる子どもが同じ舞台に立ち、声と手歌で音楽を表現する「ホワイトハンドコーラスNIPPON」の活動をたどる記事です。南米ベネズエラで生まれた取り組みが日本で広がり、子どもたちがそれぞれの方法で音楽を楽しみ、表現していく姿が描かれています。音が聞こえるかどうかに関係なく、歌詞の意味を読み解き、身体や表情、手の動きで音楽を伝える姿から、「音を楽しむ」とは何かを改めて考えさせられる内容です。
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