第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 シニア研究員
後藤 博
2026.01.10 09:00

制度強化の裏で進む障害者雇用の外部化 ―― 企業が抱えるジレンマと構造
日本では障害者雇用促進法にもとづき、一定規模以上の企業に対して障害者の法定雇用率が課されている。
近年、この雇用率は段階的に引き上げられ、企業の人事・労務部門にとって障害者雇用は「努力目標」ではなく、経営上の重要なコンプライアンス課題となった。
一方で、制度の要請が強まるほど、現場での受け皿づくりや業務設計が追いついていないという現実も見受けられる。
こうした中、表面的には雇用契約を結びながら、実際の就労の場が本社や主要事業所ではなく、企業の中核業務から物理的・機能的に距離のある外部の就労拠点となっているケースが広がっている。
たとえばIT企業や商社に在籍する障害者が、企業本体とは異なる環境において、当該拠点で用意された業務に従事するという構図は、一見すると柔軟な就労形態や合理的配慮の一形態とも捉えられる。
しかし同時に、それが個々の能力開発や事業戦略とどのように結びついているのか、あるいは法定雇用率の達成を主目的とした配置となっていないかについては、慎重な検証が求められる。
こうした状況は、現行の障害者雇用制度と企業行動が相互に作用する中で生じた構造的な帰結として捉えることもできる。
本稿では、この「障害者雇用ビジネス」の拡大を手がかりに、雇用を進めるための制度が、かえって実態の見えにくい雇用を生んでいるという矛盾を検証する。
その上で、企業が障害者雇用を「数合わせ」や外注化された業務として処理するのではなく、「一緒に働きたい」という関係性へと転換していくために、何が求められているのかを考察していく。
その起点は、なぜIT企業や商社の社員として雇用された障害者が、遠隔地の農園で作物を育てているのかという構造の分析にある。この光景が生まれた背景には、需給のミスマッチという構造的な問題がある。
身体障害者の採用市場はすでに飽和状態にあり、企業は今、精神障害者や知的障害者の雇用を拡大せざるを得ない状況にある。
障害者雇用の「需要側」が拡大し続けていることから、企業に対する雇用圧力が構造的に高まっている状況を裏付けている。
しかし、多くの企業現場には、障害者の特性に合わせた業務の切り出しや、精神的なサポートを行うノウハウが決定的に不足している。
「雇わなければならないが、社内に仕事も場所もない」。この人事担当者の懸念に応える形で登場したのが、就労場所と業務、そしてサポート体制をパッケージ化した障害者雇用ビジネスであった。
企業にとっては法定雇用率の達成というコンプライアンス上の課題解決であり、障害者にとっては安定した就労環境の獲得である。この「Win-Win」に見える関係性が、市場拡大の主な要因となってきた。

「隔離」か「配慮」か ―― 懸念の核心と規制強化の衝撃
しかし、このモデルには、倫理的な観点から慎重な検討を要する側面があることも指摘されている。その中心にある論点が、本業との関係性の希薄化である。
障害者雇用においては、障害特性に応じた業務設計や就労環境の調整を目的として、業務や就労場所を一定程度分離する形態が採られること自体は、合理的配慮や制度上認められた運用として位置づけられている。
一方で、企業の中核事業との接点が乏しい業務に固定され、社会的関係や職業的成長の機会が限定される場合には、インクルージョン(包摂)の理念に照らして「隔離」ではないかとの見方も生じ得る。
こうした議論を背景に、厚生労働省は2023年から2024年にかけて、障害者雇用代行を含む外部活用型の雇用形態についての指針を明確化した。
「代行」そのものは違法ではないものの、指揮命令や労務管理を外部事業者に過度に依存することは適切ではないとされ、企業側の関与を求める姿勢が示された。
企業担当者による定期的な実地確認の義務化は、行政が「雇用実態の見えにくさ」を課題としての認識を示している。
障害者雇用ビジネスの変容 ―― 量から質、そして「戦力」へ
規制強化と懸念の高まりを受け、障害者雇用ビジネスの潮流も変わりつつある。
従来は、雇用の創出や職場への適応支援を主眼としたモデルが中心であったが、近年ではそれにとどまらず、より汎用性の高い「オフィスワーク・IT業務」へと軸足を移す動きが加速している。
2023年度の障害者全体における「事務」職の割合は25.4%と、障害者雇用者全体の中で、「運搬・清掃・包装など」に次いで高い割合を示している。
事務職の割合は、精神障害者や身体障害者など障害別でみた場合も同様に高く、障害者雇用の中でも事務職が大きな割合を占めている。

本来、対人業務やマルチタスクが苦手とされる精神障害者に対し、業務の切り出しや障害者雇用ビジネス等を通じた、適応しやすいオフィスワークの供給が急速に進んだ結果であると推察できる。
実際、データ入力やWebサイトの更新作業、さらにはAI(人工知能)に正解を教えるためのデータ整理など、本社の利益にしっかりと貢献できる仕事を行う「サテライトオフィス型」が増えている。
さらに注目すべきは、障害者雇用ビジネス事業者の施設を「ずっと働き続ける場所」ではなく、あくまで「次のステップへの通過点」とする新しい動きだ。
まずは専門スタッフによるサポートが手厚い環境で働き、業務スキルと体調の安定を手に入れる。そして準備が整えば、本社へ異動したり、在宅勤務で本社のチームに合流したりするのだ。
これは、障害者雇用ビジネスを単なる「場所貸し」として使うのではなく、社員を育てるための「実践的な研修センター(育成機関)」として活用するモデルといえる。
2025年「就労選択支援」の創設 ―― 加速する人材流動と新たな懸念
ここで看過できないのが、2.7%への法定雇用率引き上げを2026年7月に控えたタイミングで、2025年10月から始まった新サービス「就労選択支援」の影響である。
就労選択支援は、障害者の就労能力や配慮事項を客観的にアセスメントし、就労継続支援B型などの福祉就労から、一般就労への移行を促す制度である。
一見、企業の直接雇用を後押しするように見えるが、実態は障害者雇用ビジネスへの「人材供給ルート」となる可能性が高い。
なぜなら、この就労選択支援制度によって潜在的な労働力が市場へ供給されると同時に、企業側にはその受け入れ体制の真価を問う『試金石』が突きつけられるからだ。
専門家によるアセスメント判定にもとづき、「聴覚過敏のため、静寂な個室での業務が必須」や「専門スタッフによる常時サポートが不可欠」といった、具体的かつ高度な配慮が求められることがある。
しかし、都心のオフィスビルで、これらを即座に用意することは、物理的にもコスト的にも困難だ。
企業規模によって障害者の実雇用率に差がある。これは、企業が実際に用意できる業務の幅が限られていることを意味する。
就労選択支援によるアセスメントで、多様で手厚い配慮が必要と判断された場合、こうした既存業務の中で受け入れることは容易ではない。
その結果、企業は自社内での対応を断念し、環境や支援体制が整った外部の就労拠点に依存せざるを得なくなっている。

ここで、 企業側には「規制逃れ」ではない、外部委託をするための「正当な理由」が生まれる。
「企業側は判定結果を尊重し、障害者に最適な環境を提供したい。しかし、本社ではそれが不可能だ。だからこそ、環境が完備された専門のサテライトオフィスを利用するのだ」という論理である。
つまり、厚生労働省は「安易な丸投げ」を防ごうとしているにもかかわらず、国が定めたアセスメントの結果が、結果として「自社での対応は難しいが、外部に任せるなら可能だ」という判断を後押ししてしまう。
そのため、障害者雇用ビジネスを活用する根拠を、国自らが与える構造になっているとも考えられる。
就労選択支援制度によって、障害のある人が職場を移りやすくなる一方で、企業は本社で受け入れるのではなく、環境整備を外部に任せられるビジネスに頼りやすくなっている。
こうした仕組みこそが、規制が強化されている状況にあっても、この市場が拡大し続ける根本的な理由である。
ニューロダイバーシティの視点 ―― 単なる「数合わせ」を超えて
今後、企業に求められるのは「何人が働いているか」という量的達成から、「どのような価値を生み出しているか」という質的評価への転換である。
ここで重要となるのが、人それぞれ異なる認知の特性を「多様性」として捉える考え方である「ニューロダイバーシティ(脳の多様性)」の視点だ。
障害を「欠損」と見なし、できない部分を補う目的で障害者雇用ビジネスを活用するという考え方は、今日の議論においては必ずしも十分とはいえなくなりつつある。
むしろ、特定の認知特性をもつ人材が、適切な環境やツールを整えることで、平均的な社員以上の成果を上げる可能性に目を向けることが求められている。
次世代の障害者雇用ビジネスに求められる価値は、単に働く「場所」を用意することではない。
一人ひとりの特性に合わせた専門的なマネジメントや適切なツールを通じて、働く力を引き出し、その成果が企業の生産性向上につながる。今後は、そうした成長と活躍を支える存在としての役割こそが中核となるであろう。
経営課題としての「ウェルビーイング」と障害者雇用
障害者雇用ビジネスについては、その是非を単純に善悪で判断することは難しい。自社内で十分な環境整備や支援体制を構築することが困難な企業にとって、外部の専門的リソースを活用することは、現実的かつ合理的な選択肢として位置づけられる場合がある。
一方で、こうした仕組みが機能するかどうかは、企業が雇用主としての責任をどの程度主体的に担い続けるかに大きく左右される。
就労の場が自社拠点以外であっても、障害のある労働者を自社の組織の一員として位置づけ、業務の意義や成果を共有し続ける姿勢が欠かせない。マネジメントを外部に委ねるのではなく、関与の質が問われている。
法定雇用率の達成という数値目標を超えて、個々の働きが企業活動の中でどのような意味を持つのかを捉え直すことができたとき、障害者雇用ビジネスは単なる業務の外部化ではなく、企業のウェルビーイング経営を支える一つの手段として再定義される可能性を持つのではないだろうか。
※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 シニア研究員 後藤 博
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