2025.12.14
雪野朝哉インタビュー2
前川 亜紀
ライター・編集者

©雪野朝哉/「ローワライ」/講談社「ヤングマガジン」
耳が聞こえず、話すことができない"聴覚障害者"の男子大学生が、"健常者"の友人と出会い、才能を発揮、笑いの道に進んでいく……Xで20万以上の“いいね”を獲得した漫画『ローワライ』は、2026年1月26日発売号から「ヤングマガジン」本誌で連載がスタートする。
「このクオリティすごい」
「大物作家の覆面なのでは」
と話題になっているが、まだ作者・雪野朝哉さんの素顔はほとんど知られていない。メディア初となるロングインタビューだ。前編では雪野さんが仕事を辞め、たった半年で初の漫画作品を書き上げた背景について伺った。ここでは、聾唖者×漫才という難しいテーマに取り組んだ理由について聞いていく。

雪野朝哉(ゆきのあした)
北海道出身、社会人を経て漫画家へ。2023年に『ひまわり』、2024年に『マイダンス』『残心』を発表。2025年『ローワライ』で、第92回ちばてつや賞 優秀新人賞を受賞しデビュー。好物は羊肉。
「ちばてつや賞」優秀新人賞で号泣
――『ローワライ』は、第92回ちばてつや賞の優秀新人賞受賞を受賞しました。
「大賞を取るために全てを出し切った作品で、描き上げた時の自信もありました。だから絶対に大賞を取れると思っていたんです。しかし、優秀新人賞という結果になってしまった。連絡があった時は、悔しくて号泣して、床をのたうちまわりました。本当に悔しくて、悔しくて……チキショー! って泣いていたんです。あまりにも落ち込み、3日ほど作業デスクに座れなくなりました。半年前のことなのに、今でも思い出すと悔しいです」
――その気持ちも、作品として昇華しそうです。
「そうかもしれません。私は悔しさや怒りを起爆剤にしているところがあります。今後、この悔しさが表現となって出てくるところはあるでしょう。『ローワライ』の主人公・平里(ひらり)も怒り、哀しみ、鬱憤、野心などを笑いとして昇華し、進んでいくキャラクターなので、私の悔しさはどこかで使うでしょうね」

©雪野朝哉/「ローワライ」講談社「ヤングマガジン」
音がない漫画だからやりたいと思った
――聴覚がなく、話せない……つまり聾唖者である平里が、話芸が主となる漫才をする。この設定は、どのように生まれたのでしょうか。
「もともと、漫画でしか表現できない作品を描きたいという構想がありました。漫画にないのは“音”ですよね。音がないことを前提にするなら、主人公は音が聞こえない聾唖者がいいのではないかと。
その人物と組み合わせるのは、できるだけわかりやすくメジャーなものがいい。いろんな候補を考えたのですが、“漫才”が最もしっくりきました。漫才も含むお笑いというジャンルは、テレビ番組、ドラマ、映画、演劇、ラジオ、サブスク、動画、小説、漫画などあらゆる媒体で展開している国民的なエンターテインメントです。それにお笑いは表現の幅が広い。
主人公・平里は、話すことができないゆえに、フリップを芸として昇華でき、独特な間が生まれる。相方の嶋は、兄が聾唖者で手話ネイティブという設定です。
プロットを考えている時から、私の中で、二人は作品の中で生き生きと動いているのです。ネームの大きな修正もなく、作品をスムーズに描くことができています。会話も漫才も、2人が勝手に話し合っているんです。私はそれを削ったり足したりして、コマに落とし込むだけなのです」

©雪野朝哉/「ローワライ」講談社「ヤングマガジン」
「M-1」やNON STYLEの石田さんのYouTubeでお笑い研究
――とはいえ、作品のテンポはよく、特に漫才の完成度が高い。笑いとして十分面白い。間の作り方など、かなり試行錯誤したのではないでしょうか。
「コマ割りも構図も、2人が自然にやり取りできるよう、そしてリアリティと共に読んでいただけるように、自然な流れを作ることに重きを置いています。そもそも、平里の“フリップ”は事前に準備したもので、セリフとして固定されているという前提がある。それに合わせて、テンポよく話を進めなければなりません。

©雪野朝哉/「ローワライ」講談社「ヤングマガジン」
お笑いのことはわからないので、2024年の年末はひたすら『M-1グランプリ』(以下M-1)を観て研究していました。ノートを広げM-1の敗者復活戦から夜中までひたすら見続ける。そして、気づいたことやセリフをメモしまくりました。演者さんだけでなく、司会者や審査員のトーク内容で気づいたことも書き残したのです。
1年分では足りないので、過去のM-1を遡って、朝から晩まで見ていると、ある傾向がわかってくる。それと同時にYouTubeでお笑いコンビ・NON STYLEの石田明さんが配信している、“笑いとは何か”という講義の動画で、ネタを作るための構造的な考え方、お笑い的な会話の流れなどを、何度も見て学びました。
あ!! そういえば、このインタビューの前に、石田さんと対談したんです。私が石田さんの動画を参考にしていることを、お伝えするのを忘れていました!
さて、お笑いを研究してわかったことは、ネタの真髄は“常識とのズレ”にあることです。漫才は基本的に、一人が常識とズレたことを言う。このボケをツッコミが正すというのが、フォーマットです。
『ローワライ』の主人公・平里は、聾唖者の常識と世間の常識がズレていることを知っている。そこをボケれば、健聴者である相方・嶋が“いや、普通こうでしょ”と突っ込んでくる。そこを平里が“いや、こうやろ”とさらにボケれば、笑いとして成立するのです。
2人の会話は手話で行うのですが、専門家に監修していただき、360度カメラで撮影した手話のアーカイブデータを見ながら、自分でも実際にやりながら描いています。どこを切り取るとわかりやすいか、見極めるには、自分でやってみるしかないのです」
友人から「聾唖者あるある」を教えてもらった
――とはいえ、雪野さんは、身内に聾唖者がいる手話ネイティブではありません。作品の圧倒的なリアリティはどのように生まれているのでしょうか。
「大学時代、発達障害も含め、困難を抱える小学生が通う放課後等デイサービスで働いていたんです。いろんな子供がいましたが、外見や行動からわかりにくいのが聾唖の子供たちでした。
何か伝えたいことや、困ったことがあったとき、私は手話ができないから、どう伝えていいかわからない。ただ、彼らと一緒に過ごすうちに、彼らは“聞こえないことが日常”なのだということが感覚的にわかってきて、自然にサポートできるようになりました。
また、私の親しい友人が、嶋同様、手話のネイティブなのです。家族に聾唖の方がいて、家族の会話は手話で行っていると聞きました。手話は会話よりもスピードが速いこと。加えて、親しいコミュニティ内でしか通用しない“なまり”があることも知りました。
彼女から“聾唖者あるある”も教えてもらいました。『ローワライ』の1話に、障害者である平里に対し、“ちゃんとお金払ってくださーい!”と言ってきたギャルに、手話で“全部見えているわ糞ブスが(中略)そのスカスカの脳みそ洗ってから金出してくる彼氏でも見つけてこいや”と言い返すシーンがあるのですが、これも彼女から教えてもらった話がヒントになっています。

©雪野朝哉/「ローワライ」講談社「ヤングマガジン」
この長いセリフを、実際に手話ネイティブの方が再現し、YouTubeに上げていました。このように、平里と嶋が私を離れて、いろんな方の表現に繋がったり、意見を言ったりしていることが嬉しいのです。みなさん好意的で、作者冥利に尽きます。
これから連載が始まりますが、私の目標は、ヤングマガジンの看板作家になること。漫画界は熾烈な競争があり、ライバル誌もたくさんあります。私はヤンマガとともに日本一を目指します」
雪野さんと主人公・平里が重なり、ハッとすることが多いインタビューだった。『ローワライ』は“障害者”のステレオタイプを覆し、世界を変える作品になるだろう。雪野さんは「実際にたくさんの障害のある方たちと出会いましたが、みんな普通の人なんです。優しい部分もあれば、粗野で陰湿なところもあり豊かで楽しい。活発だったりおしとやかだったり……。あくまでも1人の人間として、等身大の彼らを描いていきたい」と語っていた。
『ローワライ』の連載は2026年1月26日発売のヤングマガジン9号から始まる。今後の展開と、社会の変化を楽しみにしたい。
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