記事のポイント!
聴覚障害のある人ががんの診断や治療を受ける際、医療情報の理解や医療従事者との意思疎通が大きな課題となることがあります。番組では、がんを経験したろう者の体験を通じて、筆談だけでは十分に伝わらない現実を紹介しています。また、手話・字幕・イラストを活用したがん情報の提供や、病院への手話通訳者の配置、医療従事者向けの手話研修など、情報保障と合理的配慮を進める具体的な取り組みに注目しています。
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日本人の2人に1人が発症する「がん」。ろう者・難聴者のなかには、がんの症状や治療についての情報を得ることや、診察や入院の際のコミュニケーションなどに、難しさや戸惑いを感じる人も多い。そこで、ろう者・難聴者へがんの情報を手話で届ける動画制作の取り組みや、医療関係者とのコミュニケーション向上へ工夫を重ねる病院や団体の活動などを取材。安心できる「がん医療」のあり方を探る。(初回放送日 2026年10月7日(水))
もし”がん”になったら…ろう者・難聴者がぶつかる壁とは?
日本人の2人に1人が発症する「がん」。ろう者・難聴者のなかには、がんの症状や治療についての情報を得ることや、診察や入院の際のコミュニケーションなどに、難しさや戸惑いを感じる人も多くいます。
そこで、ろう者・難聴者へがんの情報を手話で届ける動画制作の取り組みや、医療関係者とのコミュニケーション向上へ工夫を重ねる病院や団体の活動などを取材。安心できる「がん医療」のあり方を探ります。
1. がんになったろう者の困りごと
【千葉美乃梨(ちば・みのり)アナウンサー】
「#ろうなん」、今回は、日本人の2人に1人が発症し、年間38万人が命を落とす「がん」。ろう者・難聴者が、がんとどう向き合っていけばいいのか考えていきます。
ゲストは、国立がん研究センターがん対策研究所の八巻知香子(やまき・ちかこ)さんです。八巻さん、やはりろう者・難聴者にとっても、がんというのはとっても大事なテーマになりますよね?
【八巻】
はい。ろうの方にお会いしたときに、「情報が届きにくい」、「病院に行きづらいから、がんの治療のタイミングを逃してしまった」というお話を聞くことがありまして、それは本当に残念なことだと思います。
障害のない人に届けているのと同じ情報を、ろう・難聴の方にも届けていかなければいけない。同じように届けていくことが、私たちのとても大事な仕事だと思っております。
【千葉】
まずは、ろう者ががんになると、どんな壁にぶつかるのか。がんを体験した方に話を伺いました。
中島明子(なかじま・あきこ)さん。2007年に卵巣がんと診断され、4年前(2022年)まで闘病を続けていました。

中島明子さん
【中島】
当時、胃の痛みがあって、それがきっかけでした。近くの内科を受診しましたが「大丈夫」と言われて、胃薬を飲んでいたんです。でもなかなか治らず、別の内科を受診したのですが、そこでも薬をもらっておしまいで。さらに別の病院へ行ったら、筆談で「腫瘍が見つかりました」と。「残念ながらがんで、ステージいくつです」と言われて、まさか…と。頭に「死」という言葉が浮かんで、「私、死ぬんだ」と、大泣きしました。
中島さんがまず直面したのが、「情報取得の壁」です。
【中島】
それまで、「がんは自分には関係ない」と気にしたことがなかった。がんになって初めて「情報がない」と。
がんの情報を得る機会があまりなく、「がんは死ぬ病気」だと思いこんでいた中島さん。
当時、がんについて書かれたパンフレットを読んだものの、難しい日本語が多く、ほとんど理解できなかったといいます。
不安を抱えながらの手術。その後、抗がん剤治療などで、入院は4か月に及びました。
この時にぶつかったのが、「コミュニケーションの壁」です。
手話がわかる看護師などにサポートしてもらいながら入院生活を送っていましたが、手話がわからない医療従事者とは、こんなやりとりが。
【中島】
手術から2〜3日後に、(看護師から)歩くように言われて驚きました。「なんで?」って。説明もなく、とにかく「歩きます」、「起きましょう」って言われて。「私のこといじめているの?」って思ったので、「嫌だ!」って拒否しました。
体が痛む中島さんに、突然、歩くように指示した看護師。しかし実は、理由がありました。
【中島】
「エコノミークラス症候群の予防のために歩く」と、夫には説明したらしいんです。「最初からそう言えばいいのに」と思いましたね。とにかく不安で、歩こうなんて気持ちもなくて。「もう死んでもいい。死んでもいいから歩きません」って気持ちでした。
コミュニケーションの壁は、他にも……。
【中島】
手術したところが、急に痛くなったんですね。夜中にすごく痛んで我慢できなくて、ナースコールをしました。看護師が来たのですが、「今から薬をあげます」としか紙に書いてくれなくて、なんの薬かも書いてくれなくて、とても不安になりました。飲んでいいのか不安で、「飲みたくない」と。お互いの考えが、全く通じませんでした。
中島さんのような経験をしたろう者は、少なくありません。
乳がんを経験した女性は……。
入院中の回診のとき
医師が同時に話すので 何を言われているかわからなかった
15年前(2011年)に胃がんになり、現在も経過観察中の女性は……。
手術後「体の向きを変えたい」と伝えたかったが
手話は使えず 筆談もなかったので伝わらなかった
4年前(2022年)に卵巣がんの治療を終え、現在は経過観察中の中島さん。
がんを経験したろう者などのコミュニティ「がんば聾(ろう)」で、自身の経験を伝える活動をしています。
がんになったろう者がぶつかる、「情報取得」と「コミュニケーション」の2つの壁。どうすれば 解消できるのでしょうか。
2. 情報取得の壁
【千葉】
がんになったろう者が経験する壁が、「情報取得の壁」と「コミュニケーションの壁」です。まずは、「情報取得の壁」から考えていきます。

【千葉】
スタジオには、中島明子さんにお越しいただいています。きょうは、聴導犬のマルクくんと一緒にご参加いただいています。マルクくんは、がんがきっかけで飼い始めたんですよね?
【中島】
そうなんです。きょうはなんだか、ここが自分の家だと思っているようです。
(マルクといると)精神的にもとても落ち着きますし、楽しみながらお世話をがんばっています。
【千葉】
中島さんもがんと聞いて、当時は死を意識されたということでしたけれども、具体的には当時、どういった情報を取得するための難しさがあったんでしょうか?
【中島】
情報が必要だと思って、パンフレットやいろいろなものを読んだのですが、日本語が苦手なので、文章を読んでもなかなか理解できなかったです。医療の専門用語なのですごく難しくて、読むのを諦めてしまう。「私はもう死ぬんだ」と思っていました。
【千葉】
八巻さん、今の中島さんのお話を受けて、改めて、ろう者・難聴者へがんの情報が届きにくいという現状をどうお考えですか?
【八巻】
2007年に「がん対策推進基本計画」ができ、2018年、第3期のがん対策推進基本計画で、初めて「障害のある人に情報が届きにくい」、それに対して、「それぞれの障害に合った方法で届けていく必要がある」という意味のことが最初に触れられました。
今、最新の計画が続いているんですけれども、その中では、「聴覚障害のある人にも情報が届くように」という意味のことも書き込まれるように、ようやくなってきたというところです。
【千葉】
まだここ10年ぐらいの話なんですね。
【八巻】
そうだと思います。少しずつ取り組みが進んでいるけれども、まだやるべきことはたくさんある。そんな状況だと思っています。
【千葉】
こちらをご覧ください。がん対策研究の紹介サイトになっています。

【千葉】
ここで公開されているのが、手話でがんの情報を伝える動画です。八巻さんのチームが作られたものなんですよね?
【八巻】
そうです。多くのろう者、通訳者にご協力をいただいて作ってきた資料です。今は大腸がんと肺がんの2種類を公開しています。

【千葉】
項目に分けられているのも、意味があるんですか?
【八巻】
がんがどんなものか、検査、治療にもいろんな種類がありますけれども、見たいところを選んで見られるようにということで、かなり細かく区切って、目次に沿って作っています。
こちらが、がんに関する情報を写真やイラスト、手話、字幕で紹介する動画です。

動画では、がんを調べる「検査方法」や、「抗がん剤」などの治療法、さらには、治療による副作用についても説明しています。

動画を作ったメンバーの1人、特任研究員の甲斐更紗(かい・さらさ)さんと、初期から参加している、薬剤師の柴田昌彦(しばた・まさひこ)さん。2人ともろう者です。
【甲斐】
体のどこにがんがあるのか。例えば「リンパ節にある」と言われても、ろう者・難聴者にとっては、日頃見聞きすることがない言葉なので、よくわかりません。イメージしにくい内容を正確に翻訳し、手話で伝えることがとても大切なんです。
動画は、がん対策研究所の研究者らが作った資料などをもとに制作。特に、医療用語をわかりやすく伝えることにこだわりました。
【柴田】
「緩和ケア」という用語ですが、「緩和」は「優しい」という手話で表現することがありますが、がんの説明ではその手話表現だと合わないので、「苦しさを減らすケア」という手話にしました。それならニュアンスが合っていると思って変えたんです。
また、正しい情報を提供することで、ろう者が持ちやすい「がんのイメージ」を変える狙いもあります。
【柴田】
「がん」と言われるのが嫌で、病院に行かないろう者もいます。がんは早く見つけて手術をすれば治せるし、もし、がんが進行していても薬もある。がんの症状を楽にする方法もあります。このような情報があれば、「病院に行こう」と思うろう者が増えるのではないかと思っています。
また、治療後の生活についても伝えています。
【手話通訳者】
治療のあとは、前と同じような生活で大丈夫です。食べものも前と同じように食べていいです。
【甲斐】
仕事もできますし、楽しく友達と遊びに行ったり、おしゃべりして、旅行に行ったり。以前のような生活ができるという安心感を、ろう者・難聴者に持ってもらいたいのです。この動画を見て、安心して治療を受けて、生活を送れるようになってほしいと思います。
(VTRを受けて)
【中島】
すごくいい内容だと思いました。入院中は情報がなかったので、このような動画があったら、見て理解できたと思います。「がん=死」と考えているろう者は、たくさんいると思うんです。ぜひこの動画を見て、安心して、治ると思って治療を受けてほしいと思います。
3. コミュニケーションの壁
【千葉】
続いては、診察時や入院中など、がんの治療中にぶつかる「コミュニケーションの壁」について考えていきます。
先ほど中島さんの経験も聞きましたけれども、今回、ほかの経験者からもお話を伺いました。
まずは、胃がんを経験したろう者からです。
医者が聴者の家族に説明をしていて 自分が聞いても
「大丈夫」としか言われず 情報を教えてもらえなかった
こんな意見もありました。
乳がんを経験したろう者です。
手話通訳がいないとき突然「今から治療法を説明する」と言われ
情報保障が不十分なまま説明を受けることとなった
【中島】
「がんば聾(ろう)」のメンバーにも、何名か経験した方がいますが、みんな「不安が大きかった」と言っていました。
【千葉】
本当にそうですよね。
こうした現状がある中、コミュニケーションの壁を取り除こうと取り組んでいる病院と団体があります。
兵庫県にある、市立伊丹病院です。ここでは、2009年から手話通訳者の職員を配置。事前予約がなくても、手話通訳を利用できます。
【医師】
いつも見ている肝機能。
【矢野】
(手話で)いつも見ている肝臓の数値。
【医師】
問題なし。
【矢野】
(手話で)問題ない。いつもどおり
【医師】
あとは「腫瘍マーカー」。これも問題ない。
【矢野】
(手話で)がんの数値、問題ない。大丈夫。

【患者】
筆談ではわかりません。「肝機能」と書かれてもピンとこないので、通訳がいると、とても助かります。
通訳者がいると、患者が知りたいことを、具体的に聞くこともできるといいます。
【矢野】
「いろんな治療方法があるからね」と言われたときに、(通訳が)「先生、治療って?」と、具体的に聞けたりとか。そう言ったら(医師が)「放射線」とか「ホルモン治療」とか、具体的なことを言ってくださったり。
その方の気持ちに寄り添いながら、その場ではちょっと質問できないこととか、確認できないこととかも、ちょっと時間を置いてから(医師に)つなげられるのかなとは思いますね。
この病院では、年間のべ700件ほどの通訳依頼を受けていますが、夜間など、ときには通訳者がいない時間も。そこで、緊急時にも対応できるツールを、新たに作りました。
【矢野】
聞こえない方が一人で来られたときに、簡単にチェックできるように作りました。
それが、この「コミュニケーションシート」。
イラスト付きの項目から、症状を選べるようになっています。

なかでも特に検討を重ねたのが、「痛み」です。その強さを、「表情」と「数値」で表すことにしました。実は、ろう者と聴者では、痛みの表現が異なるといいます。

【矢野】
(ろう者が)頭の痛みを言っていたときに、私たち「キリキリ」や「ズキズキ」と言うと思うんですけど、「ピッピッピッ」と言わはったんですよ。あぁ、そうなんやと思って。そういう表現って、私たちしないと思うので。手話サークル「たんぽぽ」に聞こえない方も来られているので、「こういうのだったら通じる?」と言って確認しながら、聞こえない方と作りました。
手話サークルに参加している通院中のろう者や、元患者などから意見を聞き、誰でもわかる表現にしたのです。こうしたツールを使うことは、医療従事者がろう者・難聴者のことを理解する助けにもなるといいます。
【矢野】
こういうの(コミュニケーションシート)を作ることによって、(ろう者・難聴者には)筆談だけでは通じないんですよということを、看護師さんにも理解してほしいなと思って作っていますね。
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気になる症状がある場合は
聞こえに不安がある場合は、早めに耳鼻咽喉科への相談をおすすめします。
原文掲載元はこちら
https://www.web.nhk/tv/an/hntv/pl/series-tep-J89PNQQ4QW/ep/F6P3PT1DSD
