イヤフォンとヘッドフォン、どっちが耳に優しい?~難聴にならないために~

イヤフォンとヘッドフォン、どっちが耳に優しい?~難聴にならないために~

音のスペシャリストも目からウロコ!聴覚障害の新事実

2025年6月12日 18:00 519 24

小川先生と小森雅仁氏

世界保健機構(WHO)によると、現在世界でおよそ5億人が聴覚障害を抱えており、2050年までに9億人に急増すると推測されている。WHOはさらに、スマホで音楽や動画、ゲームを大音量で楽しむことが、イヤフォン難聴・ヘッドフォン難聴につながると警鐘を鳴らしている。

難聴は誰にとっても起こりうる身近な問題と言える。音楽ナタリーでは、耳の症状に特化した耳鼻咽喉科「オトクリニック東京」の院長で、慶應義塾大学の名誉教授や国際耳鼻咽喉科学振興会の副理事長なども務める小川郁先生へのインタビューを打診。米津玄師やOfficial髭男dism、藤井風といったアーティストの作品に携わり、普段から「オトクリニック東京」で受診しているというサウンドエンジニアの小森雅仁氏にインタビュアーをお願いする形で、小川先生に難聴にならないために気を付けることや、耳の不調を感じた際に取るべき行動などを教えていただいた。

取材 / 小森雅仁文・構成 / 丸澤嘉明撮影 / 小原泰広



イヤフォンとヘッドフォン、どっちが耳に優しい?

小森雅仁 本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。僕が最初に小川先生に診ていただいたのは、仕事中の事故で一瞬ものすごく大きな音を浴びて耳鳴りがするようになってしまい、オトクリニック東京に駆け込んだのがきっかけでした。幸い今はその症状は収まっているんですが、エンジニアの仕事をしているとやはり不安に思うことも多いです。そのとき小川先生にいろいろ教えていただいたり、その後自分で調べたりもしたんですが、改めて音響外傷や難聴について教えていただけますか?

小川郁 けがをするのと同じように、大きな音が刺激になって耳が壊れてしまうのが音響外傷です。これに対して音響性難聴は大きな音が原因で起こる難聴で、場合によっては耳が壊れるまでは行っていません。小森さんのように一時的に悪くはなるけれども、その後回復してくる場合も含めたものも音響性難聴。ほかにも長時間うるさい音響空間の中で仕事したり生活したりすることが原因で耳が傷付いて起こる騒音性難聴、原因がよくわかっていない突発性難聴もあります。同じ大きな音による難聴でも呼び名が違っているんですね。

小森 音楽リスナーやアーティストの間でも問題になっているイヤフォン難聴やヘッドフォン難聴は、騒音性難聴の一種という認識で合っていますか?

小川 騒音性難聴のように、何年にもわたってずっと音にさらされて起こるような難聴とは若干違って、どちらかと言うと音響性難聴の1つと考えていただければいいと思います。

小森 昔からイヤフォンはヘッドフォンより鼓膜に近い位置で音が鳴るから耳に負担がかかると言われていますが、それは実際間違いないのでしょうか?

小川 イヤフォンとヘッドフォン、どちらが原因で難聴になるかはあまり本質的な問題ではなくて、結局どれだけの音圧が耳に負荷されるかなので、イヤフォンがヘッドフォンよりも鼓膜に近いからというような理由ではないですね。

小森 そうなんですね。仮に鼓膜に届く音量が同じ場合でもイヤフォンとスピーカーで耳に対する負担が違うのかどうかずっと気になっていたんですが、それは同じということでしょうか?

小川 同じです。例えばイヤフォンの場合、地下鉄に乗りながら皆さん音楽を聴いたりしますね。そうすると地下鉄の騒音も一緒に聞こえるので、どうしても音量を上げてしまう。それに対してヘッドフォンはイヤフォンと比べると遮音効果が高いですから、そこまでボリュームを上げなくて済む。そういう意味で言うと、イヤフォンの方が音圧を上げやすくなってしまうリスクはあると思います。

ヘッドフォンの遮音効果を説明する小川郁先生。

ヘッドフォンの遮音効果を説明する小川郁先生。

 

ノイズキャンセリング機能は難聴予防になる?

小森 最近のイヤフォンはノイズキャンセリングの性能が向上しているので、地下鉄で音楽を聴く場合でもそこまで音量を上げないで済みますよね。

小川 ノイズキャンセリング機能はヘッドフォンの密閉した空間と類似しているので、同じイヤフォンでもノイズキャンセリング機能が付いているほうが難聴に対する安全性は高いと言えますね。

小森 イヤフォンやヘッドフォンで音楽を楽しむ場合──もしかしたらそれに限らないかもしれませんが、大きい音量で長時間聴きすぎないこと以外に注意したほうがいいことはありますか?

小森雅仁さん

小森雅仁さん

小川 基本的に難聴は物理的な刺激によって起こる障害なので、「音圧」×「聴いている時間の長さ」。ある一定の音圧までであれば長時間聴いても耳に対する負担は少なく、具体的には85dBが1つの指標と言われています。デシベルと言ってもなかなかわかりにくいと思いますが、「比較的大きな音を長時間聴けばそれだけ耳に負担がかかる」と単純に考えていただいてかまいません。

小森 今はスマホで音楽を聴いているときに、一定の音量を超えた場合にアラートが出る設定にできるので、そういうのも使いながら対処するのがよさそうですね。

小川 フランスなどのように、国によってはもともとデバイスに音圧のリミットをかけているところもあります。販売される時点で、ある一定以上の音圧は出ない設定になっているんですね。

小森 イヤフォンや再生機器がそういう仕様なんですね。

 

難聴にならないために

小森 僕が小川先生に診ていただいたときに、エンジニアの仕事を続けるうえで注意すべきことをいろいろアドバイスしていただきましたが、それについて改めて伺いたくて。そのとき教えていただいたのが運動すること、汗をかくこと、水をたくさん飲むこと、ちゃんと寝ることだったんですが、やはり代謝を上げたり血行をよくしたりするために運動が重要ということでしょうか?

小川 そこについては2つ原因と結果を考えないといけません。まず1つは、一般的に音響性難聴とか騒音性難聴で痛むのは、内耳(※耳の一番奥にある器官)にある有毛細胞という部分になります。この有毛細胞の頭に感覚毛と呼ばれる毛が生えていて、この毛が音の振動によって揺れることで音を感じる、言わばセンサーの役割を果たしているわけですね。あくまで物理的に動いているので、ある一定以上の音圧が入ると、この毛が抜けたり折れたりして、壊れてしまいます。これが強大音によって起こる音響外傷や音響性難聴です。

小森 はい。

小川 もう1つは、有毛細胞の周りに有毛細胞を守っているリンパ液という液があるんですね。リンパ液の中で有毛細胞が音の振動で揺れて音を感じるんですが、このリンパ液の代謝が悪くなると、やはり難聴になってしまうと。

小森 有毛細胞は空気に触れているのではなくて、リンパ液に触れているんですか?

小川 そうです。音の刺激によってリンパ液に波動が伝わり、それによって毛が揺れることで音を感じます。有毛細胞を守っているこのリンパ液は、有毛細胞が音のエネルギーを感じるときのバッテリーのような役目もあります。(置いてあるICレコーダーを指さして)例えばこういう音を拾う電子機器にしても、バッテリーがあって動いていますよね。それと同じように有毛細胞もリンパ液がないと音を感じることができません。

小森 リンパ液は非常に大切な役割を果たしているんですね。

小川 非常にストレスフルな生活をしていたり、運動不足で不摂生な生活を送っていたりすると、このリンパ液の代謝が悪くなり、有毛細胞の働きも悪くなってしまう。つまりバッテリーが落ちて働かなくなってしまう。このリンパ液の代謝をよくするために運動をして汗をかいたり水分補給をしたり、あるいは睡眠が大事というお話をさせていただいたわけです。

小森 そういうことだったんですね。

小川 ですので非常に大きな音を聴いたときの難聴には、2種類の異なる機序があると考えていただければと思います。小森さんのように微細な音のお仕事をしている方はやはり音に対して非常に敏感に反応すると思いますが、それがストレスになっていたり、あるいはデスクワークが多いお仕事内容だったりするとリンパ液の代謝が悪くなり聞こえ方も悪くなりますよ、ということですね。

小川郁先生と小森雅仁さん。

小川郁先生と小森雅仁さん。


入浴、睡眠が大切な理由

小森 汗をたくさんかくために運動するのはもちろんいいことだし、お風呂でかくのもいいんですよね?

小川 お風呂で汗をかくのもいいことですね。水分をよく摂って、汗をかいて水分を出す。そうすると内耳の中にある利尿ホルモン──体の中のいろんな水分を調節するホルモンが活性化し、リンパ液の代謝がよくなります。リンパ液は有毛細胞を守ると同時に有毛細胞が正常に働くためのバッテリーの役目をしていますから、そこが機能することが音をしっかりと認識するためには必要になりますね。

小森 僕はお風呂に入るメリットは血行がよくなることだと思っていたんですが、そういうわけではないんですね。

小川 血行の問題もあるんですよ。血行が悪くなることによって何が起こるかと言うと、やはり先ほどから言っているリンパの代謝が悪くなるので、結局はつながっているということですね。

小森 体調不良で病院に行っても原因がよくわからず、「自律神経が乱れているかもしれませんね」と言われることがあるんですが、不摂生による自律神経の乱れもリンパ液の代謝に悪影響を及ぼしますか?

小川 もちろん。利尿ホルモンのほかに、自律神経が働いてリンパ液の代謝を調整しています。代謝というのは古いリンパ液が吸収されて新しいリンパ液が作られること。その量がイコールであれば代謝がきちんと働いているんですが、新しいリンパ液ができるのに古いリンパ液の吸収が悪くなっていると、内耳のむくみにつながり聴覚機能が悪くなる。自律神経は体の中の無意識的な調節にすべて働いていますから、自律神経が乱れると体のさまざまな組織の機能が悪くなることにつながります。

小森 耳に限らず、普通に健康維持するために運動や睡眠は大事なんですね。

小川 そうですね。自律神経には交感神経と副交感神経の2種類があります。交感神経は日中活動するときに主に働いていて、副交感神経は体を休めるときに体の物質の調節をするために働いています。その昼夜のリズムが合ってちゃんと整っていれば、基本的には自律神経の乱れは起きませんが、睡眠不足が続いたり、疲れが溜まったり、あるいは昼と夜のリズムがアンバランスになりがちな方には、自律神経の乱れによってさまざまな不調が起こる。メニエール病という病気をお聞きになったことがあるかもしれませんが、これはリンパ液の代謝が悪くなって起こる病気の代表的なもので、そういう方々がなりやすいという特徴もあります。

小森 同業の大先輩から、若い頃にすごく無理して徹夜ばかりしていたらメニエール病になってしまった話を聞いたことがあります。音楽制作に携わる人間は不規則になりがちでして。仕事を終える時間を自分で決められない場合もあるので、より一層気を付けようと思います。

小川 やはり音楽関係の方、あるいは私はテレビ局に行って診療もしていますけれども、放送関係の方や、若い看護師の方の生活も不規則ですね。そういう方々に耳の障害が比較的多く出る傾向はあると思います。

小川郁先生

小川郁先生

 

ビタミンB12の効果

小森 耳鳴りがしたり、耳に違和感があるときに耳鼻科に行くと、よくビタミンB12を処方されるんですが、あれはなぜなんでしょう?

小川 ビタミンB12は向神経ビタミンと呼ばれていて、神経組織が何かで傷付いた、あるいは神経組織に負荷がかかって疲れたというときに、その神経組織を修復するために必要なビタミンなんですね。傷付いた細胞がそのまま死んでいくのか、あるいは復活していくのか。その復活に必要なビタミンと考えるとわかりやすいと思います。ですので耳だけではなく、例えば手足の神経のシビれなどの障害にもよく使われますね。

小森 そうすると違和感があるときに限らず不足しないほうがいい?

小川 もちろん不足しないほうがいいですが、日本人の標準的な食生活をしていれば不足することはないでしょう。ただ、多くの細胞が修復のためにビタミンB12を必要とするような事態になった場合には、外から与えてあげる必要があるということですね。

小森 病院で処方されるビタミンB12と薬局で売っているサプリでは、内容が違うものなんでしょうか?

小川 内容はおそらくほとんど変わらないと思います。ビタミンは体が必要とする物質の総称みたいなもので、体内で自分の力で合成できません。ビタミンB12にいろいろな基質がくっついて薬として販売されているということで、その基質が、市販薬と病院で処方される薬とで違うことはあると思いますが、ビタミンB12にそのものに関してはそんなに大きな違いはありません。

 

もしも難聴の症状が出たら

小森 今まで難聴にならないための対策や生活習慣について伺いましたが、もしも耳鳴りがする、片耳が詰まって聞こえるなどの症状が出てしまった場合の対処法を教えていただけますか?

小川 まずしなければいけないのは、もしその時点で非常に大きな音を聴いているのであれば、一旦静かなところに移動して休むということですね。有毛細胞のように物理的に動く細胞は、ある一定の動きにさらされるとそれだけ疲れます。疲れが溜まっていくと今度は細胞が壊されていきますので。

小森 それは騒音性難聴はもちろんですし、突発性難聴も含めてとにかく一旦静かなところで安静にするという認識で合っていますか?

小川 突発性難聴の場合もまず一番は安静なんです。ストレスが原因によるリンパ液の異常なのか、有毛細胞の異常なのかはわかりませんけれども、いずれにしても耳の組織に負担がかかっているので、まずは体を休めるということが一番大切ですね。

 

ライブハウスでの飲酒は難聴リスクが増加

小森 僕はもちろん仕事で大きな音を聴く機会も多いですが、ライブを観に行くときは、着けるかどうかは現場で判断するとして、遮音具合が調整できる耳栓を持ち歩いています。子供にイヤーマフを装着させる方もいますし、ライブ会場ではそういう対策も有用ですよね?

小川 皆さんライブ会場ではやはり生で臨場感のある音楽を聴きたい欲求があると思うんですね。一方でそういう大きい音が鳴り続ける空間にいると、個人差は非常に大きいものの、音に対する耐性が弱い方は難聴になってしまうかもしれない。これが昔からコンサート難聴とかロック難聴と呼ばれ、音楽を楽しむことによって起こる音響性難聴のリスクとしてありました。特に小さなお子さんや若い方の場合は有毛細胞が傷付いてないフレッシュの状態でして、逆に言うとそれだけ大きな音に対して障害されやすいということでもあるので、しっかりとイヤーマフで守ってあげることは重要だと思いますね。

小森 場合によってはスピーカーの近くで鑑賞することになる場合もあるでしょうし。

小川 スピーカーの近くはより危険度が上がりますね。あとはお酒を飲むと体の防御機構が弱くなってしまいます。ライブハウスのような場所で飲酒をしながら大音量の音楽を楽しむということは、それなりにリスクが増えることでもあると認識しておいたほうがいいと思います。

小森 それは知りませんでした! お酒を飲みながら大音量で音楽を聴くのってとても気持ちよくて、ライブ鑑賞の醍醐味の1つと言っても過言ではないと思っていましたが、そのリスクについて知っておくことで、当日の環境や体調に合わせて適切な判断ができますよね。

小川 例えばThe Whoのギタリストのピート・タウンゼント氏は、重度の難聴を抱えていることでも有名ですね。ご自分の大音量のロック音楽で耳が聞こえなくなったので、「H.E.A.R.(Hearing Education and Awareness for Rockers)」という難聴予防を目的とした非営利団体の創設にあたり資金を提供しています。今ではイヤモニを使って耳を守るのはある程度常識になっていますが、彼らの時代は大音量で音楽を聴きながら演奏していたわけで、そうすると難聴になるリスクは高くなりますね。

小川郁先生と小森雅仁さん。

小川郁先生と小森雅仁さん。


不調を感じたらすぐに病院へ行くべき?

小森
 耳の不調を感じたら、やはりすぐに病院行ったほうがいいでしょうか?

小川 比較的短時間でまたもとに戻ってくれる一過性の難聴もあるので、初期の段階では静かな環境で少し休んで、それで症状が改善するのであればそのまま様子を見られて大丈夫だと思います。ただ、静かなところで休んでも耳鳴りがずっと続くような場合には、やはり早めに病院に行ったほうがいいでしょうね。有毛細胞は一旦壊れると再生しません。ステロイドやビタミンが必要とされるかどうかのような二股に分かれるときにいかに早く治療をするか。それによって壊れないで回復するのか、あるいはそのまま壊れて耳鳴りが後遺症として残ってしまうかの分かれ道になるので、もし症状がなかなか改善しない場合には、なるべく早く治療を開始したほうがいいと思いますね。

小森 耳に違和感を覚える患者さんが来たときに、壊れるか壊れないかの境目にある有毛細胞に対してどのような治療を行うんでしょうか?

小川 有毛細胞が壊れるのを完全に防ぐ薬は残念ながら今のところありません。今最も使われている薬は、副腎皮質ホルモン、いわゆるステロイドという薬です。このステロイドは、壊れかけた細胞を保護して、その間に細胞が自分の力で回復していくのを助けてあげる薬ですので、炎症を抑える役目と細胞を保護する役目から、突発性難聴をはじめとする急性の難聴の治療に最もよく使われています。しかしながら早く治療したら完全に治るかと言うとそうも言えません。例えば突発性難聴の場合には早期治療を始めたとしても完治率はだいたい40%くらいです。10~20%は治療をしても症状はまったく改善しない。残りの半分くらいは、改善するけれども元通りまではいかない。そういう意味では非常に直しにくい病気の1つですので、やはりなるべく早く対処することが重要だと思いますね。

小川郁先生

小川郁先生


小森 アーティストの方で突発性難聴になってしまうケースも多いですしね。なるべく早くというのは、どのくらいが目安になりますか?

小川 障害の程度にもよりますが、一般的に言われているのは1週間以内です。遅くても2週間、それより遅くなったら完治するのは難しいだろうと言われています。

小森 一度難聴になったらなかなか完治しないことを知っている方も多いと思うので、耳の不調を感じるとすごく怖いと思うんです。ちょっとパニックになってしまうというか。例えば発症したのが土日だったら救急病院に行ったほうがいいんでしょうか?

小川 症状を説明して、受け入れてくれるようなところがあれば早く行って治療を受けたほうがいいと思いますね。

 

耳鳴りの種類である程度原因がわかる

小森 実際に病院にかかった際、耳の聞こえづらさってすごく主観的な感覚なので、診察してくれる医師への伝え方が難しいと思うのですが、コツみたいなものはありますか? 僕はエンジニアなので、自分でオシレーターを使って「もしかしたら今日は右耳の10kHzがちょっと聞こえにくいかも」といった判断をできますが、一般の方はそういうわけにもいかないでしょうし。

小川 最近はスマホでもある程度ラフな聴力検査ができますけれども、聞こえの状態を自分で判断するのは、おっしゃるようになかなか難しいんですよ。例えば高い周波数が聞こえにくくなったとしても、4kHzよりも低い周波数が正常に働いていると、一般的な会話の聞こえ方にはあまり影響がありません。そういうときには、聞こえない症状よりも耳鳴りのほうが指標になりやすい。一般的に耳鳴りというのは難聴になった周波数と裏腹の現象なんですね。

小森 聞こえにくくなっている帯域が耳鳴りとして鳴っていると。

小川 そうです。高い音が聞こえなくなると「キーン」という高い周波数の耳鳴りを感じ、逆に低い音が聞こえなくなると「ゴー」とか「ザー」といった低い耳鳴りを感じます。それが診断にあたったドクターにとっては、その方が今どういう耳の状態なのかを考える大きなポイントになります。リンパ液の代謝が悪くなって起こる難聴は、どちらかと言うと低い音が悪くなります。それに対して大きな音を聴いて物理的に有毛細胞に負担がかかった場合には高い周波数が悪くなる。それで難聴の原因がどちらにあるのかある程度の判断はできるかなと思いますね。

小森 もちろんケースバイケースだと思いますけど、大きい音を聴きすぎたことが原因による場合は高域が聞こえなくなることが多くて、不摂生やストレスが原因の場合は低域が聞こえなくなることが多いと。もし耳鳴りを感じていたら、「キーン」なのか「ゴー」なのか、できる限り伝えたほうがいいですね。

小森雅仁さん。

小森雅仁さん。

小川 あとは耳が詰まったり塞がったりする感じ、あるいは耳に圧力がかかるような感じも、どちらかと言うと低い周波数が障害されると起きやすいので、そのあたりも正確に伝えていただくとわかりやすいと思いますね。

小森 僕が初めてオトクリニックさんにかかったときに、聴力検査がすごく精密で、ほかの病院で診てもらえなかった帯域まで計測してもらえてすごくびっくりしたんです。例えば「今日は左耳の12kHzがちょっと聞こえづらいかも」くらいの違和感で病院に行っても4kHzまでしかチェックしてもらえなくて、「いやむしろ普通の人より聞こえていますよ」と言われて帰されてしまったことがありまして。特に音楽制作者の場合、繊細な判断を求められるので、やはり聞こえ方にシビアな人が多いんです。そういう読者の方が自分の生活圏内の耳鼻科でオトクリニック東京さんのように繊細な部分まで診てくれる病院を探すコツはあるんでしょうか?

小川 一般的に行われている聴力検査は、高い周波数でも8kHzまでなんです。8kHzまでが聴力レベルとして正確に測定できる範囲で、それ以上測ろうと思ったら、それなりの施設が必要になるので。うちは難聴に特化しているクリニックなので防音室なども標準的な耳鼻科よりはしっかりしたものがありますけれども、一般的なクリニックではどうしても難しいので、しっかりと診てもらいたい場合は大学病院みたいなところに行かれるのがよろしいかなと思いますね。

 

うつ病やアルツハイマーのリスク

小森 僕はオトクリニック東京さんの待合室に置いてあったハンドブックを読んで知ったんですが、難聴になると、うつやアルツハイマーのリスクが高まるというのは本当なんでしょうか?

小川 本当といえば本当なんですが、ただ医学的、科学的なエビデンスがあるかと言うと、まだちょっとクエスチョンマークが付くかなというところでして。例えば認知症の危険因子にはいろいろなものがありますけれども、世界アルツハイマー協会が4年に一度発表している研究結果によると、難聴が一番認知症のリスクとして影響が大きいと言われています。なぜ難聴の影響が一番大きいかと言うと、まず1つは大脳辺縁系という認知症に関わる脳の部分と、耳の非常に細かい神経や血管の組織が似ている。つまり同じような原因でダメージを受けやすいという共通原因仮説があります。

小森 まだ仮説だけど、そういうことが言われていると。

小川 あとは難聴になると単純にコミュニケーションがなくなりますね。我々は会話をすることによって頭の中でいろいろなことを考えます。なおかつ会話というのは常に“楽しい”とか“悲しい”といった情動の反応があり、脳の機能の活性化につながっているわけです。ただ難聴の人が本当に認知症になりやすいかと言うと、そこはまた少し複雑で。結局会話が少なくなるかどうかは、その方の住んでいるコミュニティや人間関係がどうなっているか。1人暮らしのご高齢者なのか、ご家族と一緒に住んでいるのかなど、いろんな要素が関わってくるので、一概に難聴になったから認知症になりやすいと断言はできません。そこがクエスチョンマークが付くところ。

小森 確かにそうですね。

小川 じゃあ難聴になったら補聴器を付けて会話をしやすくするのがいいだろうとなるけれども、補聴器を付けるだけで認知症が予防できるかと言うと、当然そうとも言えない。やはり付けることによってしっかりと脳の活性化が起きるような会話の機会が生まれないと意味がありませんので。そういうことも含めて考える必要がありますから、「これだけをやれば認知症が予防できる」と断言するのは難しいということですね。

 

なぜ聴覚障害に対する特効薬が生まれないのか

小森 いろいろお話を伺っていて、とにかく難聴にならないように気を付けるのが一番だと思いました。

小川 残念ながら、難聴は本当にならないように気を付けていただくしかないので。私は医者になってもう40数年になりますけど、難聴、耳鳴りといった聴覚障害に対する画期的な薬は1つも出ていないんですよ。

小森 えっ、1つも? 世界中の医学界全体でですか?

小川 医学界全体で1つも出てない。なぜかと言うと、内耳が非常に微細な器官で、体の中で一番硬い骨に守られている。防御が硬いので、そこを攻めるのも難しい。治療するときに中の細胞がどうなっているかを知りたくても、そう簡単には見えないんですね。例えば目の場合には眼底鏡を使えば眼底の網膜は見えますが、耳の場合はまず鼓膜があって、鼓膜の奥に中耳があって、その奥に内耳という一番硬い骨で守られている器官がある。外からいくらがんばっても見えないわけですね。

小森 観察が難しいので、研究も難しいと。

小川 突発性難聴になったときに何が起きているかを検査するために、例えばがんのように細胞を取って検査をすることが耳ではできません。

小森 もしそれを無理やりやろうとすると?

小川 細胞を取って検査をすると聴覚を失うことになってしまいます。現実的にはそういう検査ができないので、耳の中でいったい何が起きているかは今まで動物実験での知見でしかわかりませんでした。ただ最近、山中伸弥先生のiPS細胞を使った研究が進んでいます。iPS細胞というのは患者さんの血液を取って、その血液の細胞からiPS細胞というものを作ると、このiPS細胞はどんな組織にも分化できる万能な細胞なんですね。ですから、患者さんの血液からiPS細胞を作って、そのiPS細胞から内耳の有毛細胞を試験管の中に作ることができます。

小森 それはもうすでにできるんですか?

小川 それはできます。そうすると有毛細胞の中でいったい何が起きているかを、顕微鏡で見ることができる。患者さんから内耳の組織を取ることはできないけれども、バーチャル生研と言って、あたかも細胞を取って検査したのと同じようなことを、iPS細胞を使うことによって再現することができると。

小森 それで有毛細胞を再現できるようになったら、新しい治療法が見つかる兆しが見えてきそうですね。

小川 1つのハードルを越えることになって、新薬ができるかもしれない。例えば突発性難聴になった方の血液をいただいて、それから内耳の細胞を作ってその中で何が起こっているか。こういう異常が起こっているんだったら、こういう薬を使ったら正常化するんじゃないかということで、新しい薬を創薬できる可能性があります。もしそれができたら、ノーベル賞間違いなしと言われていますね。

小森 それはすごい。確かに難しいと思いますが、希望の光が見えていることがわかってうれしいです。本日は本当にありがとうございました。

小川郁先生と小森雅仁さん。

小川郁先生と小森雅仁さん。

 

プロフィール

小川郁


耳の症状に特化したオトクリニック東京の院長。慶應義塾大学名誉教授、公益法人国際耳鼻咽喉科学振興会副理事長も務める。

オトクリニック東京 - 渋谷区千駄ヶ谷の耳鼻咽喉科


小森雅仁


1985年2月生まれ。バーディハウスを経てフリーランスのエンジニアに。米津玄師、Official髭男dism、藤井風、Yaffle、cero、小袋成彬、AAAMYYY、Creepy Nuts、浦上想起といったアーティストのレコーディングやミックスを手がける。

Masahito Komori/小森雅仁
小森雅仁 Masahito Komori (@mkmix4) / X

※記事初出時、本文に表記ミスがありました。お詫びして訂正いたします。


リンク先は音楽ナタリーというサイトの記事になります。


 

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