「恩返しの金メダルを」 デフ柔道 佐藤正樹選手 粘り強さ武器に東京の舞台で頂を目指す 山梨

「恩返しの金メダルを」 デフ柔道 佐藤正樹選手 粘り強さ武器に東京の舞台で頂を目指す 山梨

2025年9月15日 17:14

佐藤正樹選手

佐藤正樹選手


 「きこえない・きこえにくいアスリート」による国際スポーツ大会、デフリンピック。日本初開催となる11月の東京大会でメダル獲得が期待されるのが、富士吉田市出身で柔道男子66キロ級日本代表の佐藤正樹選手(32)です。世界大会を制し、「金メダルを目指す」と宣言するデフアスリートの強さに迫ります。


■デフ柔道 「聞こえない世界」で戦う

練習中の練習中の

「自分を信じて思い切り」


 聴覚障がい者による「デフ柔道」は、通常の柔道と基本的なルールは同じ。

 選手は試合中、補聴器などを外しているため、「始め」や「待て」の合図は選手の体をたたいて知らせます。

佐藤選手
「監督や応援の声が全く聞こえないので、相手をつかんで感じ、自分を信じて思い切り技に入ることが必要」

 3歳の頃に両耳に障がいがあることが分かった佐藤選手。柔道を始めたのは5歳のときでした。


■柔道を始めたきっかけ 気分は戦隊ヒーロー

幼い頃の佐藤選手

幼い頃の佐藤選手


佐藤選手

「柔道着がかっこいいと思って、兄の柔道着を奪って始めたのがきっかけ」

 柔道着を着れば、当時夢中になっていた戦隊ヒーローになった気分に。初めて出場した大きな大会で優勝したときは―。

佐藤選手
「大人たちがみんな泣いていた。私に耳が聞こえないハンディがあっても、それを乗り越えて優勝でき、みんなに勇気を与えられたと思っている」


■就職後にデフ柔道の道へ 快進撃見せ一念発起

テーピンテーピングをまく


 その後も吉田中、甲府工業高と山梨で一般の柔道を続けますが、高校を卒業して静岡で働き始めると、一度柔道から離れます。

 しかし、あるとき職場の仲間からの誘いでデフ柔道の大会に参加するように。

 すると佐藤選手は初出場の国際大会で見事優勝。

 以降も「粘り強い柔道」で快進撃を続け、前回2021年のデフリンピックで5位、2024年の世界選手権では優勝を果たしました。

徹底的に鍛える佐藤選手

徹底的に鍛える


 そして東京デフリンピックを見据え、環境を一新。トップレベルのパラアスリート集団「ケイアイチャレンジドアスリートチーム」に加入し、静岡を拠点にトレーニングをより本格化させました。

佐藤選手
「柔道に専念できる環境に置かせてもらっているので、本当にありがたい」


■「新たな応援団」家族の支えで高みを目指す

瑞己くんを抱く佐藤選手

瑞己くん


 平日の午前中はジムやパーソナルトレーニングで体を鍛え、午後は高校柔道部の稽古に参加。

 月に数回は大学の稽古にも通い、若い猛者を相手に徹底的に鍛え抜きます。

 そんな佐藤選手ですが、デフリンピックを前にプライベートも充実。

 7月に長男・瑞己くんが誕生しました。

 減量など辛いときに支えてくれる妻まりあさんとともに、力強い応援団を得ました。

佐藤選手

「(子どもには)今でも会いたい。もうかわいい」

 多くの人に支えられてきた柔道人生。感謝の気持ちを伝えるため、日本初開催のデフリンピックで目指すのは「金メダル」。

「金メダル」と書いた色紙を持つ佐藤選手

目標は「金メダル」


佐藤選手
「山梨県で18年間お世話になった。その恩返しとしてデフリンピックで金メダルを取る。その輝いた姿を見てくれるとうれしい」

 佐藤選手の得意技は背負い投げ、袖釣り込み腰、寝技。さらに立ち技から寝技につなげる動きも武器としています。また、一度技を仕掛けたら最後まで掛け切る、粘り強い柔道も持ち味です。

 佐藤選手が出場するデフリンピック柔道男子66キロ級は大会2日目の11月16日に東京武道館で行われます。

柔道着を着た佐藤選手

東京の舞台で表彰台のトップへ

 

 県勢では佐藤選手のほか、卓球男子に亀澤史憲選手(都留市出身)、自転車男子ロードで藤本六三志選手(都留市出身)がデフリンピックの日本代表に選ばれています。
(「YBSスポーツ&ニュース 山梨スピリッツ」2025年9月14日放送)

最終更新日:2025年9月15日 17:14


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