田中祐也2026年1月12日 8時00分

デフリンピック東京大会で金メダルを獲得した4×100メートルリレーの日本チーム。右端が岡本隼さん=全日本ろうあ連盟スポーツ委員会提供
昨年11月に行われたデフリンピック東京大会の男子4×100メートルリレーで、大阪府豊中市出身の岡本隼(はやと)さん(19)が金メダルを獲得した。デフリンピックは聴覚障害者が出場する、4年に1度開かれる国際スポーツ大会。「4年後の大会にも出場したい」とすでに未来を見据えている。
岡本さんは生まれつき聴覚に障害があるが、近い距離で発せられる言葉は聞き取ることができる。豊中市立第五中学校で陸上を始め、短距離種目で全国大会に出場した経験もある。
聴覚障害のある選手が参加するデフ陸上との出会いは高校生のとき。両親に勧められて大会に出場したところ、18歳以下の日本代表に選ばれ、世界大会では金メダルを獲得した。
デフリンピックの予選を兼ねた2024年の日本選手権では、100メートルで上位に入れず、個人種目での出場はならなかったが、4×100メートルリレーの代表に選ばれた。代表合宿での競争を勝ち抜き、岡本さんは第1走者に抜擢(ばってき)された。
日本チームは24年の世界デフ陸上選手権で金メダルを獲得し、デフリンピック東京大会でも優勝候補だった。
予選を突破し、迎えた決勝。岡本さんたちが競技場のトラックに入り、観客に向かって手を振ると、大歓声に包まれた。「自分が主人公になったみたい。観客が背中を押してくれるようだった」
デフ陸上のスタートは、号砲と足もとに設置されたランプが合図だ。「ここまで来たら全力で走るしかない」。ランプだけに集中して、スタートを切った。リラックスした走りをみせ、上位で第2走者にバトンを渡した。日本は41秒22と世界記録に迫る好タイムで優勝を果たした。
「金メダルの瞬間はやったというより、ホッとした気持ちだった」と岡本さん。自分がメンバーに入ったせいで優勝できなかったらとずっと不安を抱えていたという。レース後の取材では一人涙を流して、質問に答えられないほどだった。表彰式で金メダルをもらったとき、やっと喜びが押し寄せてきた。
現在は近畿大学工学部(広島県東広島市)に通う2年生。インカレ出場を目指して練習に励んでいる。将来の夢は建築士だったが、デフリンピックに出場し、新しい目標ができた。
「社会人になっても陸上競技を続けて、4年後のアテネ大会には個人種目で出たい」
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