障害者雇用「5人→10年で33人」奈良医大の大改革

障害者雇用「5人→10年で33人」奈良医大の大改革

インクルーシブ(inclusive)とは、「全部ひっくるめる」という意。性別や年齢、障害の有無などが異なる、さまざまな人がありのままで参画できる新たな街づくりや、商品・サービスの開発が注目されています。

そんな「インクルーシブな社会」とはどんな社会でしょうか。

医療ジャーナリストで介護福祉士の福原麻希さんが、さまざまな取り組みを行っている人や組織、企業を取材し、その糸口を探っていきます。【連載第17回】

来年(2024年)4月から、民間企業での障害者の法定雇用率が段階的に引き上げられる。

現行の民間企業の法定雇用率は2.3%、これは従業員43.5人以上に障害者1人の雇用に相当する*。

それが来年4月からは同2.5%(従業員40人以上)となり、2026年7月からは同2.7%(従業員37.5人以上)となる。

各企業では身体障害、知的障害、精神障害、発達障害のある人をどのように雇用していくか、検討と実践を重ねている。

そこで今回は、奈良県立医科大学附属病院(橿原市)の障害者雇用の様子を紹介したい。

毎日9時から16時まで勤務

精神障害のある角谷(かくたに)翔太さん(28歳)は、2019年から同院に非常勤雇用の形態の1つである時間雇用職員として勤務する。

月曜から金曜の週5日間、毎日9時から16時まで、看護部や薬剤部、人事課、外来化学療法室から依頼された仕事をこなす。

取材した日の前日は、午前中に外来化学療法室と薬剤部の作業をした。

外来化学療法室のいすは、がん患者が抗がん剤を点滴するときに使うため、清潔な状態を保つよう白いシーツが敷いてある。

このシーツはベッド用のものを使うのだが、サイズが合わない。

そこで適当な大きさに裁断して使っている。角谷さんはこの裁断作業を任された。

薬剤部から依頼された仕事では、薬の説明書約400枚を患者に手渡ししやすい大きさに折る。

角谷さんはコツコツと仕事をすることが得意だ。

このほか、人事課から依頼される出退勤や年次休暇のデータ入力、文書作成などを担当する日もある。

どんな仕事でも、初めて作業するときは必ず依頼者と一緒に作業をし、でき上がりの見本を見せてもらう。

障害の特性上、抽象的な表現の指示はイメージしにくいからだ。

仕事が順調に進んでいるときでも、急ぐことなく自分のペースで作業するよう心がけている。

職場で悩みや困ったことが起きたときは、1人で抱え込まず上司に相談する。

このように気を付けていることには理由がある。

精神疾患がある場合、服薬によって生活が安定し、医師から就職可能と判断されても、身体的心理的なストレスやプレッシャーによって、体調に波が出やすいからだ。

体調を崩すと、自宅から外に出られなくなる。

大学のときに統合失調症を発症

角谷さんは大学時代に統合失調症を発症した。

生活する気力が湧かず、塞ぎこんで登校できず、苦しい日々が続いた。

しかし、治療を続けるうちに体調が安定するようになった。

その後は 障害者就業生活支援センターから紹介を受けて、同院へ入職した。

仕事中、障害のある職員(以下、係員)は揃いのポロシャツを着ているが、このポロシャツを見た患者から、励ましの声をかけられるそうだ。

角谷さんはこう話す。「患者さんから『ありがとうございます』と言われると、私も『よかった』『次も頑張ろう』とやる気が出ます」

両親も、毎朝通勤する姿を見てうれしそうだという。

「病気になり悩みましたが、働くことで頑張れるようになった。親孝行できているかなと思います。働くことが生きがいになっています」と角谷さんは笑顔で答える。

奈良県立医科大学が障害者雇用に力を入れるようになったのは、2014年から。前年、同大学の障害者雇用率は1.28%で、法定雇用率に達していなかった。

関連施設の中で病院は業務量がかなり多い。

そこで、大学が障害のある人を雇用して、系列施設の病院で働いてもらうことにした。

彼らの採用に当たったのは、系列の保育園で園長をしていた岡山弘美さん(61歳)だ。

まず、2014年に知的障害のある人を5人雇用したところ、働きぶりがよかったため、2015年には大学の人事課に障害者雇用推進係ができ、岡山さんが係長に就任した。

2022年からは、同大学のベンチャー認定企業MBTジョブレオーネが設立され、岡山さんが代表取締役に就いた。

以来、業務委託の形を取っている。

現在は雇用率2.87%を維持

同院では毎年少しずつ雇用人数を増やし、現在は知的障害のある人が24人(ダウン症、水頭症、てんかん発作、身体半身まひ、聴覚障害など、そのうち障害が重度のA判定2人を含む)、精神障害のある人が3人(統合失調症、パニック障害、高次脳機能障害)、発達障害のある人が6人(アスペルガー症候群、自閉症スペクトラム症候群、広汎性発達障害など)の合計33人。

現在の雇用率は法定雇用率を上回る2.87%を維持する。

勤務時間は基本的には9時から16時までだが、人によっては短い時間しか働けず、8時半から12時半までの人もいる。

給料は地域別最低賃金(奈良県の場合、936円)を少し上回る時給940円(2023年10月から)で設定されている。

当初、日常的に忙しい病院スタッフが係員の仕事ぶりをどのように受け止めるか、岡山さんは懸念を抱いた。

そこで、岡山さんは病院長、看護部長と話をつけて、トップダウンで係員との協働をスムーズにできるような指示を出してもらった。

障害のある人が働く場合、とかくその人ができないことを指摘して、それを改善させようとする、いわゆる「医学モデル」の考え方が出やすい(本連載第1回:なぜ「ふかふかの絨毯」は車いすだと困難なのか?参照)。

だが、看護部長は発想を転換してインクルージョンの考え方のもと、「彼らができないことを改善するのではなく、できることを探しましょう」と現場に指示を出した。

それは、看護師が「その人らしく生きることを支援する」という教育を受けてきたからできた発想だ。

仕事は作業工程を細かく分割して、係員には1つひとつを詳しく説明していく。

そのうえで「こうやって、隅々まで拭くのよ」と見本を見せながら指導する。

新人研修よりはるかに時間はかかるという。

最初は戸惑いの声もあった

係員を配置した当初は、病院スタッフが彼らの特性をよくわからず、「ひとり言をつぶやきながら業務をする人とチームを組むこと」に戸惑いの声が上がったこともあった。

さらに、忙しい病棟は岡山さんに「何度説明しても、係員に理解してもらえないのは、なぜですか」と詰問した。

岡山さんは病棟スタッフと係員の信頼関係を構築するため、「障害の特性から、いろいろなことをすぐ覚えられないところはありますが、ていねいに親切に指導していただいたら、いい結果を出します」と説明して回った。

係員の仕事ぶりのよさは、少しずつ病院内に広がった。看護副部長の平島規子さん(58歳)は「仕事を覚えるまでに時間はかかりますが、私たちが期待する以上に隅々まできれいに掃除してくれます」と太鼓判を押す。

平島さんは、係員との仕事では「人それぞれ、働くスピードが違うこと」を意識する。

そして「相手を否定せず、できたことを承認する言葉がけ」を心掛けるという。

通常の感覚で仕事のノルマを決めると、係員が達成できないとき、お互いにイライラしたり不安になったりするからだ。

係員には支援員を3人付けている。

そのうちの1人はジョブコーチ(障害の特性に合った職場環境を作る役割を担う)を兼ねる。

岡山さんはチーム作りや係員の育成は病棟スタッフに任せ、トラブルが起こったときに病棟で対応するだけにとどめている。

「世の中で生きていくことは本当に大変で、係員によっては、それに応えられないかもしれません。でも、頑張らないといけないんです。病院スタッフの中には厳しいことを言う人もいますが、『私たちが応援するから、頑張っていこか』という感じです」と岡山さんは話す。

1時間に100枚折るのが目標

知的障害のある三浦大輝さん(23歳)も、前出の角谷さんと同じように同病院で働き始めて5年目になった。

三浦さんは、病棟で大量に必要となるタオルを三つ折りして袋詰めしたり、おしぼりや患者の体を拭くための清拭(せいしき)用タオルを整理したりする。

係員の業務の中で、タオルの三つ折りは「基本作業」として位置付けられるほど重要視されている。

タオルは病院のあらゆる診療科で使うため、1日約2200枚必要になる。

三浦さんら係員は、ホコリや髪の毛が付いていないか、ホツレや破れがないかを目視で確認してから、きちんと折りたたむ。角が少しでもずれていると、袋詰めしたときに先輩係員から注意され、折り直しになる。

三浦さんは1時間に100枚折ることを目標にしている。

三浦さんは病室の清掃チームにも入る。

2~3人でベッド回りや床を清掃したあと、ベッドメイキングもする。

シーツの角を折りたたむことは難しいが、ていねいに作業する。

チームワークを崩さないよう作業することに留意しているが、強い口調で注意してくるチームメンバーとのコミュニケーションは苦手だ。

決まっていることをやらない人に対して、注意することもできない。

こんなふうに、障害の特性によって起こるコミュニケーションの難しさに悩んだり落ち込んだりしたときは、岡山さんに相談している。

三浦さんはまた、障害の特性からいつも体が動いてしまう。

入職時には周囲から「落ち着きがない」と批判された。

急いで処置をしているスタッフのそばに近寄ってしまうなど、場の空気を読みづらい弱みもあった。

そんなとき、岡山さんは「スタッフとの信頼関係が構築できない理由は、作業の種類や人間関係のマッチングが悪かった」と考え、持ち場を異動させる。

三浦さんも異動後は、とても働きやすくなった。

「彼らは、すでに十分頑張っています。信頼関係を築けないのであれば、同じ持ち場で頑張らせるのではなく、異動してもらったほうが彼らにとっても気持ちが安らぐと考えます」と岡山さんは説明する。

障害のある人の雇用を増やしてから10年経ち、いまでは係員の定着率は約9割を維持する。

病院スタッフも多様性のある人とチームを組むことで、さまざまな経験ができ、院内全体でその経験値を共有するようになった。

「係員とは根気よくお付き合いしていただいたら、彼らはきちんと仕事をこなすだけでなく、一生懸命頑張って裏切りません。私の理想では、当院ぐらいの規模の場合(992床)、病棟に看護助手を1人、障害者を2人配置したら、病室の清掃やベッドメイキングが回ると考えています」と岡山さんは提案する。

障害者雇用推進係長として、係員と10年間仕事を一緒にしている岡山さん自身にも大きな変化があった。

もともとは、相手を引っ張る強いリーダーのタイプだった。

しかし、今は係員の落ち込む気持ちに寄り添うことが増えた。「相手の話を聞き、気持ちを受け止めることの大切さに気付きました」と話す。

社会で就労する道を作ってほしい

岡山さんはこう強調する。

「社会では、障害のある人には仕事ができないと思っている人がいるかもしれません。しかし、周囲の対応によって、できなくなっているのです。親切に根気よく説明し、ほめて育てたら、しっかり仕事ができることを認めてほしい」

障害のある人は、特別支援学校の高等部卒業後、居住地域の自治体や社会福祉法人が経営する作業所や授産所で作業することが多い。

しかし、岡山さんは「一度は社会で就労する道を作ってほしい」と、社会に出る機会の重要性を強調する。

特に、病院は全国のどんな地域にもある。奈良県立医科大学附属病院のノウハウが広がれば、障害の有無にかかわらず働けるインクルーシブな職場が増えていくだろう。

*法定雇用率は「民間企業」「特殊法人」「国・地方公共団体」「都道府県教育委員会」の4種類あり、それぞれ異なる。
https://www.mhlw.go.jp/content/000859466.pdf

来年からの民間企業を対象にした変更は以下で確認できる。
https://www.mhlw.go.jp/content/001064502.pdf

リンク先は東洋経済ONLINEいうサイトの記事になります。
Back to blog

Leave a comment