高橋 満: エディター/ライター
2025年9月29日 8:05

木村至信(きむら・しのぶ)医学博士・耳鼻咽喉科医・産業医。信州大学医学部卒業、横浜市大医学部大学院にて医学博士を取得。現在は、横浜市にあるクリニック、馬車道木村耳鼻咽喉科クリニック院長として地域密着の診療に励んでいる。1万人の難聴・耳鳴りの患者を救ってきた名医として定評がある。木村至信BANDのヴォーカルとしてもメジャーデビュー、シンガーソングライターとしても活動中。
本記事を執筆している高橋さんは、症状を自覚して数週間以上たってから病院へ行き、診断を受けました。「難聴の勝負は2週間」とよくいわれます。なぜ2週間なのか、2週間を過ぎるとどうなるのか?難聴や耳鳴りに詳しい医師に聞きました。(エディター、ライター 高橋 満)
難聴治療の「ゴールデンタイム」とは
シニアだけでなく、近年、若者の間でも増えているという難聴や耳鳴り。原因としては、長時間イヤホンやインカム、ヘッドホンを使用していることが挙げられますが、他にも、太り気味、生活習慣病を患うリスクが高い、ストレスを感じることが多いといった人も、難聴や耳鳴りが発症するリスクが高くなります(前編)。
ところが実際には、難聴や耳鳴りの自覚症状があっても、医師に相談しない人が非常に多いそうです。馬車道木村耳鼻咽喉科クリニック院長で『1万人の耳の悩みを解決した医師が教える 耳鳴りと難聴のリセット法』の著者である木村至信(しのぶ)先生によると、自覚症状があるのに10年以上放ったらかしにしていたという人もいたとか。
視力が落ちたらほとんどの人は眼科を受診してメガネをかけるし、白内障と診断されれば手術を受けるのに、なぜ聴力が衰えても耳鼻科を受診しないのか。それは徐々に聞こえが悪くなるので、不便になっていることに気づいていても、その状態になんとなく慣れてしまうからだろうと木村先生は考えています。
「突発性の難聴の場合、発症してから2週間以内が「治療のゴールデンタイム」と言われています。発症して2週間以内にステロイド治療をすれば難聴が回復する可能性が高くなりますが、2週間を過ぎるとステロイドの効きが極端に落ちてしまうのです」
発症してすぐに病院に行くと、症状や状態によっては入院治療になるケースもあります。これは外来だとステロイドの一種プレドニンの服用が30㎎が限度なのに対し、入院治療だと250mg程度点滴できるから。投与する量が増える分、免疫力が落ちたり肝機能が悪化したりするため、入院が必要になるのです。
入院期間は7~10日が目安になります。実は本記事の担当編集者も、突発性難聴の経験者。耳の異常やめまいに気付いて数日で病院に行き、約1週間入院してステロイド治療を受けています。ゴールデンタイム(2週間以内)に治療を始めた結果、聞こえなくなった耳は完治し、めまいもなくなりました。
「7~10日と聞くと、忙しいビジネスパーソンは『そんなに長く入院することはできない』と考える人も多いでしょう。でもよく考えてみてください。悪くなった耳を放置していたら難聴が進行し、商談や会議で相手が話していることが聞き取れなくなったり、大切な人との会話が困難になったりするかもしれません。『おかしいな』と感じたら一刻も早く病院を訪れてください。入院が必要と言われたら指示に従い、すぐに治すことがもっともコストパフォーマンスがよく、仕事にロスがないと思います」
医師に「ストレスが原因」と言われても、それだけで納得してはいけない
私は3月初旬に「低音障害型感音難聴」と診断されましたが、原因ははっきりとはわかっていません。最初はメニエール病が疑われ、「めまいは?」「睡眠不足は?」と聞かれたものの、該当するものはなし。次に脳梗塞(こうそく)などを疑いMRI検査も行いましたが異常はない。最終的に「ストレスですね」と言われ、「はぁ……」と釈然としない気分になりました。
このことを木村先生に話すと、少し呆れたような表情になりました。
「たしかにストレスは万病の元です。ストレスがあるとさまざまなサイトカイン(細胞から分泌されるタンパク質)が出て、粘膜が浮腫を起こしたりします。その結果、自律神経のバランスが崩れて代謝が落ちて血流が悪くなり、難聴になることがあります。でも私は医師として『ストレス』と『老化』は逃げの言葉だと考えています。だって誰もが大なり小なりのストレスは抱えているものだし、人は誰もが歳を取るのですから、そう言っておけば外れることがないんです」
医師から「ストレスが原因」と言われたら、そうかと納得するのではなく、一体何がストレスとして自分に影響を及ぼしているのかを考えるとともに、他に原因があるのではないかと疑うことも必要。そして診断に納得がいかない場合は、面倒でも別の病院に行ってもう一度検査を受けることが大切だと木村先生は言います。
初動が遅く、「2週間」を過ぎるとどうなるのか
私は難聴が発症した際の初動が遅く、症状を自覚してから数週間以上、違和感を感じながら過ごしていました。結果、病院に足を運んだときには治療のゴールデンタイム(2週間)はとっくに過ぎていました。
検査の結果、「低音障害型感音難聴」と診断され、3種類の薬が処方されました。処方された薬を木村先生に見てもらうと、どれも難聴の患者に処方する定番の薬とのこと。
しかし、処方された薬の一つである「イソソルビド内用液」というシロップが、普通では考えられないほどマズいのです……。「耳が良くなるのなら」と我慢して飲み続けましたが、3カ月以上飲み続けても改善の兆しが見えなかったので(むしろ悪化しているように感じたり、副作用でトイレが近くなったりすることもあった)、医師と相談して服用を中断した経緯があります。
「メチコバールやアデホスコーワといった薬は、耳の薬というわけではなく、広く神経を賦活(ふかつ、活動を盛んにすること)させることを目的に飲んでいただくものになります。乱暴な言い方になりますが、非常にざっくりした切り口で飲んでいただいているので、どうしても効きは甘くなります。ただ、これほど安全な薬はないんです」
外傷と違い、難聴や耳鳴りは神経が原因。さらに症状や原因となっている部位もさまざまなので、ピンポイントで作用する薬を開発するのが難しいと言います。
木村先生は、牛車腎気丸や八味地黄丸といった漢方薬も積極的に処方しているそう。ただし、漢方薬は自分の症状に合わせて、耳鼻科の医師に処方してもらうことが重要です。
「難聴や耳鳴りはホルモンバランスの崩れによって始まることもあります。あまり知られていないのですが、45~59歳の女性はプラセンタの注射が保険適用になります。こういう制度も上手に使いながら、自分に合った治療方法を探していただきたいですね」
耳鳴り&難聴を自分でリセットする方法
『1万人の耳の悩みを解決した医師が教える 耳鳴りと難聴のリセット法』(木村至信、アスコム)
一度発症するとなかなか完治しない難聴や耳鳴りですが、木村先生は難聴や耳鳴りの進行=老化を遅らせる「耳鳴り&難聴リセット法」を提唱しています。「あくび耳抜き法」「アオアオ発声法」「餃子耳法」「耳マッサージ法」という4つの方法があるので、具体的なやり方は『1万人の耳の悩みを解決した医師が教える 耳鳴りと難聴のリセット法』(p.50~)を見ていただければと思います。
「人の歯ぐきは年齢とともに痩せていきますよね。それと同じで、粘膜も年齢とともに硬くなり、萎縮していきます。人間の身体は老化によって硬化するのは避けられません。筋肉が硬いと感じたらストレッチでほぐすのと同じように、『耳鳴り&難聴リセット法』は耳の周りや耳の中をほぐし、血流をよくして、聞こえの神経に栄養を届けることを目的としています」
私はこの本を読んだ6月上旬から「耳鳴り&難聴リセット法」を実践しています。正直、最初のうちは4つの方法を行っても特に変化はないので、続けるのが面倒になりました。しかし先生への取材が決まり、「途中でやめちゃいました……」というわけにもいかないので続けていたところ、7月中旬ごろから変化を感じられるようになったのです。
私は右耳の耳鳴りがひどく、調子が悪い日だと左耳もなんとなく耳鳴りがしていたのですが、「耳鳴り&難聴リセット法」を行うと左耳の耳鳴りはすぐに気にならなくなります。右耳もいまだ耳鳴りが続いているものの、会話の聞こえ方が改善していることを実感しています。
もちろん耳鳴りと難聴は日によってムラがあり、ひどい日はかなりしんどいものの、「耳鳴り&難聴リセット法」を行うことでしんどさが軽減されるので、今では朝と寝る前、そして日中の思い立ったときに行うのが習慣化しています。
違和感を感じたら、一刻も早く適切な治療を受けてほしい
「悪くなった人の体は、元に戻すのに3倍の時間を要すると言われています。難聴や耳鳴りも同じ。症状に気づいているのに放置していたとしたら、治すにはかなりの時間が必要です。だからこそ、違和感を覚えたら一刻も早く適切な治療を行うことが大切です」
私は耳に違和感を覚えた後もしばらく放置したため、なかなか元に戻らず苦労しています。もしみなさんが少しでも「おや?」と思ったら、まずは耳鼻科に行って、検査と診療を受けてください。「自分はまだ若いから大丈夫」とは考えないこと。毎日音楽を聴いたり、イヤホンを付けて仕事をしたりと、現代社会では若い人も難聴や耳鳴りを発症するリスクにさらされているのですから。
>>前編を読む:「若者の難聴」が深刻化する意外な理由、WHOが警鐘を鳴らす深刻なリスクとは【医師が解説】
リンク先はDIAMOND onlineというサイトの記事になります。