2025/11/30 7:00
PRESIDENT Online
音良 林太郎
医師、医療ライター
いまや音楽や動画、ゲームなどを楽しむときだけでなく、オンライン会議などでもよく使うイヤホンやヘッドホン。耳鼻科医の音良林太郎さんは「今、若くても難聴になる人が増えている。音楽や動画、映画、ゲームなどを楽しむのはよいが、イヤホンなどの使い方には注意が必要だ」という――。

※写真はイメージです
「耳栓は邪道」論争の危険な勘違い
先日、SNSのX(エックス)で、興味深い論争を目にしました。「ライブで耳栓なんて邪道。爆音を全身で浴びてこそだろう」。そんな投稿に対して、すかさず反論が飛んできました。「ライブハウスのスタッフやプロのミュージシャンも耳栓を使ってるよ」と。あなたはどちらの意見に共感するでしょうか。
大好きなアーティストのステージ、推しのライブ……爆音を浴びる瞬間は最高でしょう。しかし、耳鼻咽喉科医という立場から、どうしても伝えたいことがあります。私たちの耳は思っている以上に壊れやすく、しかも一度壊れたら元に戻らないということです。
ライブ会場の音量は平均で100dB以上、スピーカー近くでは120dBに達することも。これは労働安全衛生法では「騒音職場」として扱われるレベルで、工場や建設現場で働く作業者には防音保護具の着用が義務付けられる音量です。そして100dBの音は、たった15分の暴露で騒音性難聴を引き起こすリスクがあるとされています(※1)。
ライブは通常2〜3時間、アンコールを含めればさらに長時間に及びます。その間ずっと、耳の奥にある「有毛細胞」という音を感じ取る大切な細胞が、津波に襲われた建物のように、急激かつ深刻なダメージを受け続けているのです。これが「ライブ難聴(急性音響外傷)」と呼ばれる病態です。一瞬の高揚が、場合によっては一生の後悔につながる可能性があります。
※1 DecibelPro. How Loud Is 100 Decibels|What Does 100 Decibels Sound Like. Available
毎日のイヤホン使用もリスクになる
「でも、私はライブに行かないから大丈夫」、そう思う人も多いでしょう。しかし、毎日のようにイヤホンを長時間使っていないでしょうか。通勤・通学の電車内、仕事や勉強中のBGM、ゲーム、動画視聴、オンライン会議……、気がつけば一日中イヤホンを装着しているという人も少なくないでしょう。ご自身が使っていなくても、配偶者やお子さんが頻繁に使っている場合も多いはずです。
現代のイヤホンやヘッドホンは、耳にとって危険ゾーンである100dB以上の音を簡単に出力できます。そのため知らず知らずのうちに耳に大音量を浴びせ続けてしまい、世界保健機関(WHO)が警告している「イヤホン難聴」になる恐れがあります。「イヤホン難聴」は、「ライブ難聴」と同じく「感音性難聴」の一種。WHOの試算によれば、12〜35歳の約半数、つまり全世界で10億人以上の若者が、将来的な難聴のリスクにさらされているといいます(※2)。
ライブ難聴が急性の一撃だとすれば、イヤホン難聴は慢性的に少しずつダメージが積み重なっていくイメージです。しかも症状が出るまで気づきにくい。「最近、人の話が聞き取りにくいな」と感じたときには、すでに手遅れになっているケースも少なくありません。さらに若年で加齢性難聴(老人性難聴)が始まるリスクも示唆されています(※3)。つまり、40代で70代相当の聴力になる、ということが起こりうるのです。
※2 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「あなたにもヘッドホン難聴のリスクあり!」
※3 Fetoni AR, et al. Early Noise-Induced Hearing Loss Accelerates Presbycusis Altering Aging Processes in the Cochlea. Front Aging Neurosci. 2022;14:803973.
大音量を気持ちよく感じる仕組み
ここまで読んで「でも大音量が気持ちいいのに」と思った人もいるでしょう。じつは大音量が気持ちよく感じられる理由は、脳科学的に解明されています。
音楽がメソリムビック報酬系(ドーパミン)とオピオイド系を刺激
fMRI(機能的磁気共鳴画像法)やPET(陽電子放射断層撮影)を用いた研究によると、音楽を聴いて「ゾクッ」とする瞬間、脳の報酬系でドーパミンという快楽物質が放出されることがわかっています(※4)。
大音量が交感神経系の「心地よい覚醒状態」を作る
音量が大きいほど、脳の反応も大きくなることが示されています。ただし限度はあります。120dBを超えるような音量になると、今度は痛みや不快感を感じる神経回路が活性化します。
低音・大音量が前庭系と体性感覚を刺激し、「体ごと音に乗る」快感を生む
低音域は「音」というより「振動」として捉えられるため、耳で聴くというより体で感じる感覚に近いのです(※5)。特に90dB以上のダンスミュージックでは、体のバランスを調整する脳の部位「前庭系」が直接刺激されるという研究報告もあります。体が自然に揺れる感覚は気のせいではなく、生理学的な現象なのです。
集団での同期がエンドルフィン分泌を促し、社会的絆を強化する
大勢の人と同じビートに合わせて体を動かしたり歌ったりすると、脳内に痛みへの耐性を高めるエンドルフィンが分泌され、耳が痛くても気にならなくなりがち。さらに集団で同期することで結束感や満足感が増幅されます。「会場が一体になった」という感覚は、脳科学的にも実在する現象なのです。
※4 Ferreri L, Mas-Herrero E, Zatorre RJ, et al. Dopamine modulates the reward experiences elicited by music. Proc Natl Acad Sci USA. 2019.
※5 Todd NPM, Cody FW. Vestibular responses to loud dance music: A physiological basis of the "rock and roll threshold"? J Acoust Soc Am. 2000;107(1):496-500.

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イヤホンをつけたくなる心理とは
さらにイヤホンの場合は、もうひとつの心理的要素が働きます。それは「音楽によって、周囲から自分を切り離したい」という欲求です。電車の騒音、街の雑音、隣の人の会話。これらすべてを消して、自分だけの世界に浸りたい。そのための手段が、イヤホンでの大音量聴取なのです。
心理学ではこれを「マスキング(遮蔽)効果」と呼びます。外界の雑音だけでなく、自分の中の不安や嫌な思考までもかき消すことができるのです。したがって、ストレスの多い現代人ほど、イヤホンに依存しやすい構造になっています。
しかも、電車や街中が騒がしいと、その騒音の中でもはっきり音楽を聴こうとして、知らず知らずのうちに音量が上がっていく。これが大きな落とし穴になります。
このように大音量で音楽を聴きたくなるのは、多層的な「報酬」が同時に作用しているため。生物として本能的に「気持ちいい」と感じる仕組みが総動員されているわけです。しかし、その「気持ちよさ」が、皮肉なことに耳を破壊しています。
大音量によって難聴になる理由
では、どうして大音量で難聴になってしまうのでしょうか。
私たちの耳の奥(内耳)には、「有毛細胞」という細胞があります。この細胞の先端には、髪の毛のような繊毛せんもうが生えており、音の振動でこの繊毛が揺れることで反応します。繊毛が揺れると細胞内に電気信号が発生し、それが聴神経を通って脳に届きます。脳がその信号を「音」として認識するのです。
ところが、強すぎる音の波が作り出す衝撃を受けると、繊毛が物理的に曲がったり折れたりします。軽度の損傷であれば、数日以内に繊毛が修復され、聴力が回復することもあります。しかし限度を超えると、折れたままの状態で固定されてしまうのです。そうなると、もう元には戻りません。また、有毛細胞と聴神経をつなぐシナプス(接続部)が切断されることも。これも治りません。
さらに、大音量は細胞内の「発電所」ともいえるミトコンドリアを損傷させたり、活性酸素種(ROS)を大量発生させて炎症を起こしたり、内耳の血管を収縮させて血流を悪化させたりすることによって細胞を死滅させます。一度死んでしまった細胞は、二度と生き返りません。

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「音量」と「暴露時間」の危険ライン
具体的には、どれくらいの音量をどれくらいの時間聴いたら危険なのでしょうか。じつは、これには国際的な基準があります(※6)。国際基準では、音量が3dB上がるごとに安全な暴露時間は半分になります。
88dB → 4時間
91dB → 2時間
94dB → 1時間
97dB → 30分
100dB → 15分
先に述べたようにライブ会場の平均音量は100dBで、スピーカー近くでは120dBです。映画館もピーク時には110dB前後に達することがあります。地下鉄車内は約80dB程度ですが、その騒音の中で音楽を聴こうとすれば、簡単に90dBを超えてしまいます。カラオケも、盛り上がってくると100dBを超えることがあります。
ここで覚えておいていただきたいのが、「大きすぎる・近すぎる・長すぎる」という3つの条件です。この3条件が重なると、耳は深刻なダメージを受けます。一時的な聴力低下で済む場合もありますが、度を超えると永久的な聴力低下に移行してしまいます。「このくらいなら大丈夫だろう」という油断が、取り返しのつかない結果を招くことがあるのです。
※6 Understanding Noise Exposure Limits: Occupational vs. General Environmental Noise Blogs CDC
「耳鼻科に行けば治る」は幻想
もし大音量で耳を損傷してしまったら、治療で治るのでしょうか。結論からいうと、確立された特効薬は存在しません。
治療法としては、突発性難聴に準じて、「副腎皮質ステロイド」の全身投与、「高気圧酸素療法」を行うことがあります。これらである程度の聴力改善が得られる症例もありますが、統計的には平均して数デシベルから十数デシベル程度の回復にとどまります。臨床データを見ると、約37%が治癒しますが、約28%は改善しません。しかも、聴力検査上は「回復した」ように見えても、耳鳴りや聞こえ方の異常、言葉の聞き取り困難が後遺症として残るケースも少なくありません。
もしも、「ライブの後、耳が詰まった感じがする」「キーンという耳鳴りが止まらない」といった症状が「寝ても治らない」のであれば、できるだけ早く耳鼻咽喉科を受診してください。理想的には48〜72時間以内、遅くとも1〜2週間以内の受診がおすすめです(※7)。早ければ早いほど、回復の可能性は高まります。
ちなみに、突発性難聴(原因不明の急性感音難聴)の場合、自然回復率が30〜60%程度あるとされています(※8)。しかし、騒音性難聴は物理的な損傷であるため、自然回復の可能性はさらに限られます。だからこそ予防が何よりも重要なのです。
※7 Springer. Urgent treatment within 72 h for acoustic trauma. 2025.
※8 Medscape. Sudden Hearing Loss――Prognosis. Available
一生の聴力を守る5つの習慣
では、どうすれば聴力を守ることができるのでしょうか。安心してください。予防方法はとても簡単です。
①クラブやライブでは「ライブ用耳栓」を使う
ライブ用の耳栓は、音質を保ちながら音量だけを低減するように設計されています。プロのミュージシャンやライブハウスのスタッフも日常的に使用しています。むしろ「プロフェッショナルの常識」です。
②音量と時間を管理する――60/60ルールを実践
最大音量の60%以下で聴き、連続使用は60分以内とし、合間に5〜10分は耳を休ませましょう。WHOの推奨では、80dBで週あたり40時間(1日あたり約5.5時間)、98dBでは週あたり75分までが目安です。最近のAppleWatchやiPhoneには音量モニター機能が搭載されていて、危険な音量になると警告してくれます。この機能をぜひ活用してください。AirPodsとiPhoneの組み合わせなら、聴いている音量レベルがリアルタイムで表示されます。
ライブでも、ずっとスピーカーの前にいるのではなく、ときには静かな場所に移動してください。トイレ休憩でも構いません。その間に内耳が回復する時間を確保できます。休憩中に血流が回復し、軽微な損傷の修復が進みます。耳を休ませることが、耳を守ることにつながるのです。
③ノイズキャンセリングイヤホンを活用
通勤時など電車内などでは周囲の騒音をカットしてくれ、音量を上げすぎずに音楽を楽しめるノイズキャンセリング機能付きイヤホンがおすすめです。ただし、ノイズキャンセリング機能を使って大音量で聴くと危険なので注意してください。
最後に、意外に思われるかもしれませんが、睡眠不足や疲労は内耳の抵抗力を低下させるため、ライブ前後はしっかりと休息を取り、体調を整えることが大切です。また、喫煙者は非喫煙者に比べて難聴リスクが1.15倍高いというデータがあります(※9)。できればタバコはやめましょう。
※9 UK Biobank smoking and hearing loss data. 2014.
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