メイドインジャパンの現場力
障害者と健常者が共に働くパナソニック コネクト吉備は、グループの事業転換の影響を受けながらも、リスキリングで得た技術で新たな挑戦に取り組んでいる。同社が進めている具体的な活動内容を紹介する。
2025年05月26日 10時00分 公開
近年、障害者の勤労意欲は高まっており、官民が連携してさまざまな施策が行われている。そして、ITをはじめとする技術の進展は、障害がある人々の可能性をも広げている。グループの事業転換の影響を受けながらも、リスキリングで得た技術で新たな挑戦に取り組んでいる、パナソニック コネクト吉備の現場改革事例を紹介する。
パナソニック岡山工場が閉鎖、ITのリスキリングに挑戦

パナソニック コネクト吉備の外観
岡山県吉備中央町にあるパナソニック コネクト吉備は、1980年に障害者の雇用促進が目的の特例子会社として吉備松下の名で設立された。日本で初めての第三セクター方式の重度障害者雇用事業所となっており、パナソニックの他、岡山県や吉備中央町も出資している。日本で2番目の第三セクター方式の重度障害者雇用事業所は、1981年に設立されたパナソニック コネクト交野(当時は交野松下)だ。
パナソニック コネクト吉備では下肢や聴覚、内部、知的、精神に障害がある38人と健常者41人を合わせて79人が働く(2025年3月時点)。非常用放送機器やプロ向けAV機器などのB to B機器の製造を、部材の入庫管理からユニット組み立て、本体組み立て、調整/検査、外観検査、包装/出荷まで一貫して行っている。また、新製品のRoHS検査も受託している。
開設当初は、据え置き型のVTRなどを製造していたパナソニック岡山工場(岡山県岡山市)向けにプリント基板を製作していた。2000年代に入ると自動化技術の進展で、カメラ機器の組み立てもできるようになった。しかし、「業務用AV機器事業の強化に向けた改革の一環」として、2020年に岡山工場の閉鎖が発表された。

過去から現在に至るパナソニック コネクト吉備のモノづくりの推移 出所:パナソニック コネクト

入庫管理から出庫まで一貫したモノづくりを行っている 出所:パナソニック コネクト
パナソニック コネクト吉備 社長の中村博文氏は「閉鎖の影響は大きかった。それまで岡山工場が材料の供給、工程の設計、品質の維持などを担っており、大きく依存していた。その岡山工場がなくなったことで、これらを全て自分たちで担わなければならなくなった」と語る。
そこで、2022年からスタートしたのが、アプリケーション開発などを行うITオペレーション/サービス事業だ。ただ、従業員がもともとそういった技術を持っていたわけではない。通信教育などを活用してリスキリングを行った。
「最近はローコードアプリが発達しており、以前のようにプロコード(高度なプログラミング)のスキルを身に付けなくてもソフトウェアの開発が可能である。また、通信教育であれば、理解できるまで何度も繰り返し学習でき、自分のペースで進められる。この通信教育という学習スタイルは、彼らに非常に適していた」(中村氏)
やがて、パナソニック コネクトの営業支援用タスク管理システムなどの設計、開発の他、システムの運用や社内研修の支援、動画編集なども業務として受けるようになった。

ITオペレーション/サービス事業の概要 出所:パナソニック コネクト

ITオペレーション業務の全体像と事例 出所:パナソニック コネクト
ITスキルを生かして工程改善、障害に寄り添ったモノづくり
パナソニック コネクト吉備では「働きやすさ」と「働きがい」の両立を目指している。2つの言葉は似ているが、ベクトルが違うと中村氏は語る。「働きやすさを重視すると働きがいは少なくなり、働きがいを重視すると働きにくくなるという関係にある。それぞれを両立させることが重要」(中村氏)。
働きやすさに関しては、障害に寄り添った設備、環境づくりを、働きがいに関しては、新しいことへの挑戦や学ぶ喜びなどを育むことに取り組んでいる。そして、リスキリングで磨いたITスキルは、個々の障害に寄り添った工程作りにも生かされている。

パナソニック コネクト吉備のカルチャー 出所:パナソニック コネクト
工場内は車椅子でも通行に支障がないよう通路幅を広めにとっており、掲示物も車椅子からの目線の高さを意識して貼られている。作業台の高さは、車椅子の高さに合わせて変えられるようになっている。台車は、車椅子の従業員でも運びやすいように、通常4隅にあるキャスターを中心部にも取り付けている。こうすることで、中心を起点に片手で簡単に回転でき、扱いやすくなる。
組み立て工程への部品供給は、表示灯で知らせる。「知的障害がある作業者が“水すまし(部品供給)”を担っているが、彼にとっては、いつ持っていったらいいか分からなくなり、不安になることが一番怖い。そのため、表示灯の色が緑から赤に変わったら持っていけばいいと、はっきり示してあげることで、安心して働くことができる」(中村氏)。

パナソニック コネクト吉備の工場内。通路の幅には余裕を持たせてある
キッティング時にスマートフォンで品番照合などができる、材料管理用のアプリも内製した。例えば、棚にある材料のQRコードを読み込むと、キット情報を照合して間違っていればNGを通知する。また、非定常作業が行われた場合は、関係者に連絡され、現場に行って確認する仕組みになっている。在庫情報や使用履歴も確認できるため、棚卸し作業の正確性やスピードも上がった。


スマートフォンに表示される画面。車椅子に乗る人が片手でも扱えるようにスマートフォン版も開発された
リモートカメラコントローラーの組み立てでは、部品の取り間違いやビスの有無、ラベルの品番など122カ所の外観検査を4台のカメラを用いて自動で行う画像認識装置を内製した。「誰が検査しても同じ結果になるよう、カメラによる検査を導入した」(中村氏)。同じように、カメラを使って包装作業をチェックする作業支援システムも開発した。

122カ所を検査する画像認識装置

こちらは55カ所を検査する画像認識装置
工場では、聴覚障害がある従業員も働いている。そこで、音声字幕ツールを内製した。これはモニターとカメラを備えており、相手の口元の映像とともに、発した言葉を文字に起こして表示するツールだ。聴覚障害者は、相手の口の動きから言葉を読み取る口話や手話、筆談でもやりとりができるが、健常者が長い話をすると伝わり切らないケースがあった。音声字幕ツールによって口話と文字を組み合わせることで、より円滑なコミュニケーションを可能にした。

口話と文字でやりとりができる音声字幕ツール[クリックで拡大]
ローコードの次はプロコードへ、ラズパイでPythonにも挑戦
パナソニック コネクト吉備では、リスキリングで得たITスキルをさらに高めるため、ローコードだけでなく、プロコードを使ったアプリケーション開発を始めた。既に、社内向けの社食注文システムを作った。
社員証を端末にかざすだけで注文が完了する。キャンセルしたい場合は、再度かざす。Raspberry Pi(ラズベリーパイ)にPythonを使ってプログラミングした。
以前は、掲示された表に各自が書き込み、集計していた。新しいシステムによって自動集計でき、数え間違いが発生しなくなった。
「これまでローコードアプリで開発していたが、次はプロコード、特にPythonに挑戦したかった。さまざまな機器を使いながらシステムを組めるようになりたかった」(中村氏)

ラズベリーパイを活用して社食注文システムを開発
パナソニック コネクト吉備 ITオペレーション課 アプリ開発係の槇和成氏は精神障害があり、2018年から同社で働いている。もともと調達のサポートが業務だったが、2022年のITオペレーション/サービス事業の立ち上げに加わった。
「ここはモノづくりの工場だったので、最初、ITは正直難しいと思った。習得に向けて自分自身も頑張ったが、周囲のサポートも大きかった。パナソニック コネクトの本社から技術者に来てもらい、要件定義から開発、テスト、運用まで、システム開発の流れをしっかりと教えてもらった。また、従来の業務がなくなり、社員の中で“自分たちで何とかしなければならない”という危機感を持ったことも、うまく行った要因だと思う」(槇氏)

パナソニック コネクトの社内販売用のシステムを作成し、運用している

RoHS検査をする従業員。車椅子でも扱いやすいように、装置を低めに置いている。車椅子がターンしやすように、机の脚の数を減らしている
岡山工場の閉鎖の影響で、2022年度は前年度(2021年度)比で半分以上の販売減予想となったが、ITオペレーションや新規生産対応の獲得によって挽回を図り、2024年度の販売額は2021年度比で5%以上の増加を見込んでいるという。
「障害によって不得手な部分があったとしても、それを補う仕組みなどを整えることで戦力として活躍できるようになる。そして、そのような評価が彼らのさらなる成長を後押しし、満足につながる。その手助けとなる環境づくりや寄り添いをこれからも続けていきたい。パナソニックグループ内にとどまらず、幅広くソリューションを展開することで、経営の安定にも寄与できる」(中村氏)
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