毎日新聞 | 2025/3/9 14:00(最終更新 3/9 14:00)

風船や手のひらで楽器に触れ、音を体感する参加者たち=福岡市南区で2025年1月23日、金澤稔撮影
音が聞こえる人も聞こえない人も一緒に音楽を楽しむには――。そんな実証実験に九州大大学院(福岡市)の学生と聴覚障害の当事者たちが取り組んでいる。形がない分、伝達が難しく、演劇など他の芸術と比べて情報保障が遅れているとされる音楽。どのようにすれば満足いく音の「通訳」ができるのだろうか。
「みなさん拍手をお願いします」。1月下旬、福岡市内で開かれたコンサート「見える音楽?~だれもが楽しめる音楽を目指して~」。冒頭で聴覚障害のある司会の女性が手話でそう伝えると、観客約120人が両手を上げひらひらさせる拍手の手話で応え、会場は一体感に包まれた。
序盤は、観客が演奏者のそばへ近寄り、ピアノや打楽器に直接手で触れたり、トロンボーンの前で風船を持って振動を確かめたりしながら音を体感するひとときだ。別の曲では、聴く以外の楽しみとして音を「見える化」。スクリーンに、音の大きさや高さに応じて変化する波形やピアノ奏者の手元などが映し出された。

スクリーンにピアノの音色を周波数や色で表しながら繰り広げられた演奏=福岡市南区で2025年1月23日、金澤稔撮影
他にも、体を楽器に見立て、観客が示された文字を声に出しながら指や体を動かす▽光の点滅や演舞で音のイメージを伝える――といった多彩な手法で全4曲が展開された。
大学院では2022年度から、障害のある人の表現などを研究する長津結一郎准教授らの授業で、聴覚障害者も楽しめる音楽のあり方を研究。今年度は大学院生12人が受講し、福岡県聴覚障害者協会青年部のメンバーなどの協力を得て、初めてコンサートで実証実験をした。
表現手法の検討は試行錯誤の連続だった。例えば、風船と楽器のコラボレーション。研究当初は風船を手で持つだけの想定だったが「振動は分かるけどこれは音楽なの?」と当事者に問われ、練り直した。光を点滅させる表現も、当事者から「光がただピカピカしているだけで眠たくなる」と反応はいまいち。そこで本番では、曲から連想されるものを身体表現に変換し、光る棒を持った2人が戦うような演出を取り入れた。
鑑賞した聴覚障害がある徳田貴昭さん(33)は「光や動きを通し、初めて音楽の盛り上がりを見て楽しめた。日常でもこんなふうに音を感じられたら」と笑顔を見せた。大学院1年の北垣玲音(あかね)さん(24)は「聴覚をどの感覚で変換できるのか考え、聞こえなくてもおもしろがってもらえるような演出にこだわった」と手応えを感じた様子だった。
国は17年成立の文化芸術基本法で基本理念の一つに、障害の有無に関わらず鑑賞できるような環境整備を掲げる。翌18年施行の「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律(障害者文化芸術推進法)」でも障害者が鑑賞しやすい設備と環境整備の促進をうたい、24年施行の改正障害者差別解消法では民間事業者にも合理的配慮の提供を義務化した。
しかし、環境対応が整った鑑賞機会などの提供はまだ限りがある。20年の文化庁調査(全国の国公私立の劇場や音楽堂1424施設が回答)によると、障害者対象の事業をしていないと回答した施設が86・5%を占め、理由として「具体的にどういう事業を実施したらいいかわからない」「知識のある人材がいない」との回答がそれぞれ4割にのぼった。また、推進法が障害者の芸術活動推進に関する計画の策定を自治体の努力義務とする中、文化施設を設置する自治体が文化政策に関する自治体条例で障害者対象の事業を明記していたのは11・6%にとどまった。
文化庁の担当者は「東京オリンピック・パラリンピックをきっかけに一部で取り組みが進んだが、まだ壁が残る。職員の入れ替わりなどもあり施設の経験や知識の蓄積が難しい」とする。

字の形を体を動かして表現する参加者たち=福岡市南区で2025年1月23日、金澤稔撮影
中でも聴覚障害者に対するコンサートでの情報保障は遅れているとみられる。NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(東京)によると、24年に聴覚障害者へのサポートに対応した公演は、演劇が100公演以上あったのに対し、音楽中心のコンサートは16公演にとどまった。ネットワークの広川麻子理事長は「『聴覚障害者にとって音楽は縁遠い』という認識が大きいと思う」と指摘。サポートについても「聞こえる人と同等の体験につながっているかどうかなど、当事者のニーズを確かめることも重要」と話す。
長津准教授は「大切なのは聞こえるマジョリティー側だけの常識でやらないこと。障害者だけでなく、高齢者や子連れなどさまざまな人たちとの建設的な対話を重ねて作り上げていくことが、誰もが共に楽しめる場につながる」と提言した。【田崎春菜】

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