音源がない環境下で、金属音に似た「キーン」という音や「ブーン……」という低い音など、突然耳に音が届く「耳鳴り」。
身近な体の不調の一つだが、なかには早急に治療が必要な耳鳴りも存在するという。
耳鼻科の専門医に、耳鳴りが抱えるリスクについて聞く。(清談社 真島加代)
耳鳴りは鳴り方によってリスクが異なる
突如、耳の奥に響く不快な「耳鳴り」。厚生労働省の「令和4年 国民生活基礎調査」によると、国民全体の31.4%、65歳以上では60.2%もの人々が耳鳴りの症状を訴えているという。
「医学的には、体の外には音源がないのに、音が聞こえるように感じる状態を“耳鳴り”と呼んでいます」
そう話すのは、富田耳鼻科クリニックで院長を務め、自身のYou Tubeチャンネル「耳鼻科医富田のいいみみCh」で、耳や鼻、喉に関する情報を発信している富田雅彦氏。
じつは、ひと口に耳鳴りと言っても、その鳴り方によって緊急度が異なるという。
「リスクが低いのは、ときどき両耳に発症して2~3分で治まる耳鳴りです。たとえば『ピー』という音が両耳で聞こえて、すぐに消えた場合は病院の受診は不要。睡眠不足やストレスによって自律神経のバランスが乱れたために、耳鳴りが生じた可能性が高いです」
また、朝起きた時に耳鳴りがしていたが朝食のころにはいつの間にか消えていたようなケースも問題ない。規則正しい生活を送るのが先決とのこと。
加齢による難聴と耳鳴りの深い関係
そのほか、加齢によって耳の聞こえが悪くなる「加齢性難聴」による耳鳴りも緊急性は低い、と富田氏。
「私たちの聴力は20歳から少しずつ低下していき、年齢とともに“高音”が聞き取れなくなっていきます。高い音の電気信号が脳に届かなくなると、“難聴の脳”になります。脳はより多くの高音を受け止めるために『大脳聴覚野』の高音部分のみ、神経活動を活発にする。その結果、脳が過度な興奮状態になり、高い音の耳鳴りが聞こえるようになるのです。これが加齢性難聴によって耳鳴りが生じるメカニズムです」
年齢を重ねると、蚊が飛ぶ音を意味する「モスキート音」など、日常生活では聞こえなくても困らない高い音から聞き取れなくなっていく。
そのため、加齢性難聴を自覚するまでには時間がかかり、耳鳴りの症状だけを感じている人も多いという。
「耳鳴りに悩んで当院を訪れた患者さんの約9割が、加齢性難聴を併発しています。男性ならば55歳以上、女性は60歳以上で、一日中、両耳に『キーン』という金属音や『ピー』という電子音が半年以上続いている場合は、加齢性難聴の可能性が高いですね」
加齢性難聴が進むほど、耳鳴りの音が大きくなるのも特徴。年齢による聞こえの悪化と耳鳴りは、深く関わっているのだ。
「加齢性難聴の耳鳴りは、誰しも発症する可能性があります。現代医学での根治は難しいです。あまりにも耳鳴りが気になるなら、その音をかき消すような雑音や『ホワイトノイズ』と呼ばれる音を聞く『音響療法』をおすすめします。そのほか、趣味に没頭するなど、脳全体を活性化させて耳鳴りから意識をそらす時間を増やすのも効果的です」
また、難聴を自覚しているならば「補聴器の使用」も解決策の一つ、と富田氏。
「補聴器を通して、聞こえにくくなった高音が脳に伝わるようになると、神経ネットワークが変化して“難聴のない脳”に戻ります。それに伴い、耳鳴りも聞こえなくなるのです。『補聴器外来』など、専門の医療機関で適切な診察を受けてから使用しましょう」
すぐに医療機関を受診!キケンな耳鳴り
先述のように、一時的なものや加齢による耳鳴りもあれば、早急な治療が必要な耳鳴りもある。
緊急性が高い耳鳴りの特徴とは?
「2~3時間、あるいは1日中、片耳だけに耳鳴りがする、あるいは片耳が詰まっていると感じる人は、すぐに耳鼻科を受診してください。これらは『突発性難聴』や『急性低音障害型感音難聴』という疾患の症状で、医療機関で治療を受ける必要があります。どちらも聴力の神経が傷み、難聴になる病です」
突発性難聴と聞くと、“突然まったく音が聞こえなくなる病”をイメージしがちだ。
しかし、聞こえにくさや、耳鳴りが症状として現れるケースも珍しくないという。
「突発性難聴の耳鳴りは『キーン』という甲高い音や『ピー』という電子音、あるいは『ザー、ザー』や『ジー、ジー』という雑音が聞こえる人もいます。加齢性難聴も似たような音が一日中聞こえますが、突発性難聴は“片耳だけ”に現れ、ほとんど再発しないのが特徴です。男女関係なく、どの年齢層も発症しますが、40~60代の働き盛りの年代に多い傾向があります」
突発性難聴の原因は特定されていないが、ストレスとの関わりが指摘されている。
そして富田氏は「突発性難聴を発症したら、すぐに治療を受けてほしい」と話す。
「発症から48時間以内に、医療機関で治療を受けるのがベストです。この疾患が完全に治る確率は3~4割ほどですが、早期に治療を開始するほど聴力の回復が見込めます。しかし、1カ月以上、突発性難聴を放置すると治療しても治りません。『小さな耳鳴りだから、いずれ治るだろう』とそのままにしておくと、手遅れになる可能性があるのです」
失った聴力は戻ってこない。「たかが耳鳴り」と軽く考えるのは禁物だ。
ストレスや疲労が原因「急性低音障害型感音難聴」
もう一つの「急性低音障害型感音難聴」は、その名の通り、低い音が聞き取りにくくなる疾患。
片耳が詰まっている感覚や「ブーン」というモーター音が一日中続くのが特徴だという。
「“耳の中に水が入っている感覚”と表現する患者さんもいます。聞こえる音は人それぞれですが、一日中耳の症状が続くなら、やはり早めに耳鼻科を受診しましょう。この病気は、20~30代の女性に多く、疲れやストレス、睡眠不足、自律神経の乱れが引き金になり、耳奥の内耳のリンパ液のむくみによって発症します」
耳鳴りのほかに、ふわふわする“めまい”を感じる人もいるという。
突発性難聴に比べて、治療によって聴力が回復しやすい一方で、再発のリスクがあるという。
「疲れやストレスを感じたときに、急性低音障害型感音難聴を再発するおそれがある疾患です。セルフケアとして日頃から1日1.5リットルほど水分を取ったり、体内の水分バランスを整える市販の漢方薬『五苓散』を服用したりすると、3日ほどで治癒するケースもあります。そうした対策をしても、3日以上症状が続く場合は、やはり耳鼻科で治療を受けましょう」
ストレスや体調の悪化によって急性低音障害型感音難聴は発症・再発する。
片耳から聞こえる低い音の耳鳴りは、体からの警告音なのかもしれない。
「そのほか、どこかにぶつけて耳に圧がかかったり、タイヤがパンクした音を聞いたりしたあとに、耳鳴りが治まらない場合も要注意。鼓膜の破れや、耳の奥まで圧がかかり、難聴になっている可能性があるので、すぐに医療機関を受診しましょう」
ヘッドホン・イヤホンの長時間利用はNG
音の種類や聞こえ方によってリスクが大きく異なる耳鳴り。
富田氏は、緊急性が低い場合は「耳鳴りを気にしないことも快適に過ごすコツ」と話す。
「心配性の人やきちょうめんな人は、耳鳴りにとらわれやすく、意識するほどより強く音を感じてしまう悪循環に陥りがち。『加齢性難聴』の耳鳴りが気になるなら『これはキケンな耳鳴りではない』と自らに言い聞かせるだけでも、気が楽になりますよ」
また、加齢性難聴を防ぐ生活を送ると耳鳴りの予防につながる、と富田氏。
とくに耳を酷使している人は、意識的に“耳を休める”必要があるという。
「最近は、電車移動中にイヤホンをつけて動画や音楽を楽しむ人が増えています。車内での視聴中は、音量を上げて動画の声が聞こえるようにしているかもしれませんが、その分、耳には大きな負担がかかっているのです。そのままの生活を続けていると、20年後に急激に聴力が落ちるリスクが高まります。視聴しないのがベストですが、せめてノイズキャンセル機能があるヘッドホン・イヤホンを使い、雑音を抑えつつ小さなボリュームで視聴するように心がけましょう。また、耳栓をして“耳を休める時間”も取り入れてください」
耳のケアをおろそかにしていると、加齢性難聴の発症を早めてしまうのだ。
まずは、耳をいたわる習慣を身に付けよう。
「日本人の3割が耳鳴りに悩んでいます。もしも、その音が大きなストレスになっているならば、一度耳鼻科を受診してみてください」
医師に相談して耳鳴りの原因とリスクを正しく知り、適した対策を取る。
それを実践すれば、より長く自分の聴力をキープできるはずだ。
<識者プロフィール>
富田雅彦氏
医学博士
山形大学医学部医学科卒業後、新潟大学医学部耳鼻咽喉科学教室に入局し、新潟県内の病院で研修、診療。2006年に新潟大学医学部博士号取得。新潟大学耳鼻咽喉科助教に就任した後、長岡赤十字病院耳鼻咽喉科部長として勤務。2019年に富田耳鼻科クリニックを開院し、多くの患者と関わる。また、You Tubeチャンネル「耳鼻科医富田のいいみみCh」を通して、耳、鼻、喉の情報を発信中。
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