補聴器装着など聴覚的介入でハイリスクグループの認知機能低下抑制―研究代表者が講演

補聴器装着など聴覚的介入でハイリスクグループの認知機能低下抑制―研究代表者が講演

米ジョンズホプキンス大学の研究チームは「認知症リスクが高いグループに対して聴覚的介入をすることにより、認知機能の低下が抑制された」とする研究結果を2023年7月、医学誌THE LANCETで発表。

世界的に認知症の有病率が急増するなか、リスク因子である難聴を予防することが認知機能低下の抑制につながる可能性が研究で示された。

同研究の代表者、フランク・リン教授がこのほど来日し、東京都内で開かれたメディアセミナーで研究の詳細について講演した。本セミナーの概要を紹介する。

ハイリスク群への聴覚的介入で認知機能低下48%抑制
リン教授らによる「ACHIEVE(高齢者における加齢と認知機能の健康評価)」ランダム化比較試験は2018年に開始。

心臓の健康に関する研究参加者から無作為に抽出した群(ARICコホート:238人)と、健康的な老化に関する研究の募集告知に応募した「健康的なボランティア」としての自薦による新規参加者の群(De novoコホート:739人)をそれぞれランダムに約半数ずつに分け、一方には聴力カウンセリングと補聴器および関連機器の提供など「聴覚的介入」を、もう一方には生活習慣病と身体的機能障害予防を目的とする健康教育専門家による「高齢者健康教育プログラム介入」をし、認知機能の低下状況を3年間追跡した。

その結果、ARICコホートでは聴覚介入している期間が長くなるにつれてコミュニケーション能力が向上し、認知機能の低下が48%抑制されたことが明らかになった。

また、MRIによる脳の構造の比較では脳皮質の厚みに十分な改善がみられたという。

リン教授は「聴覚的介入はコミュニケーション能力の向上につながるため、孤独感の軽減、認知症リスクの高い方に対しては認知機能の低下を抑制する高い効果が期待できる」と述べた。

一方、De novoコホートの参加者は、今回の研究では認知機能の抑制効果は確認されなかった。

これについてリン教授は「De novoコホートの参加者はもともと健康だったため認知機能の変化が小さい。

ARICコホートの参加者は、高血圧や糖尿病、喫煙などの高いリスク因子を持っているため、De novoコホートと比較すると認知機能の変化速度が3倍速いことが結果に影響していると考えられる」と説明。

さらに追跡を続けることで、De novoコホートでも変化がみられる可能性を示し、長期間にわたる調査が進行中だと話した。

聴覚的介入で生活全体が改善
聴覚的介入が有効である理由としてリン教授は「聴覚を改善するとさまざまなものが同時に改善する。

たとえば、よく聞こえることで脳に刺激が伝わり、脳がさらにはたらくようになる。

コミュニケーション能力の向上は、社会参加や他者との関わりを増やすことになる――といったように生活全体が改善するからだと考える」と説明した。

ACHIEVE研究の結果についてリン教授は「聴覚的介入は▽今まで十分に利用されていない▽リスクがほとんどない▽自己認識によるコミュニケーションを改善し、孤独感を軽減する▽リスクの高い人の認知機能低下を大きく抑制する」と総括。そして政府ができることとして、以下の3点の取り組みを挙げた。

1.成人に対する聴力検査ならびに聴覚的介入を保険適用
2.補聴器市場を広げ、補聴器を手軽に購入できる環境の整備
3.難聴や聴覚障害に対する啓発活動

高齢化の進展に伴って世界的に認知症の有病率は増加しており、30年で約3倍になることが予測されている。

2020年の認知症に関するLANCET委員会のリポートでは「中年期および老年期の認知症の最大のリスク因子は難聴」であると指摘。

リン教授は「難聴があると音が聞き取れないために認知的負荷が増えるとともに脳の萎縮、さらには社会的孤立を生み出すことがその理由だ」と説明した。

難聴を放置することによる個人や社会の不利益
続いて、愛知医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座の内田育恵教授が「認知症だけじゃない!

難聴を放っておいてはいけない理由」と題して講演。

難聴を放置することによって個人や社会に生じるさまざまな不利益について紹介した。

就労の問題
ノルウェーでの調査によると、難聴がある人は難聴のない人に比べて、「仕事でパフォーマンスを発揮できていない」と回答した人が5.1倍多かった。

また、難聴の人に補聴器を使用することで就業上の不利益をサポートできているかについて日本を含む複数の国で調査した結果、どの国でも「役に立っている」*と答えた人が8割を超えた。

*「少し役に立っている」「たいへん役に立っている」と答えた回答者の合計

社会的交流の問題
社会的交流に着目したアメリカの調査では、難聴は孤独感の有症率の高値と有意に関係していた。

また、愛知県に在住する高齢者の社会との交流についての内田教授らの研究では、難聴があると社会的ネットワークのサイズが小さいことが明らかになった。

転倒、受傷のリスク
難聴があると、注意喚起の聞き逃しや危険察知能力の低下などによって転倒や事故といった受傷リスクも高まることが米国の大規模調査などで明らかになっており、聴覚に問題ない人と比較すると難聴のある人は事故による受傷リスクが1.9倍高いという報告もある。

一方で、補聴器を使用することで負傷を伴う転倒のリスク軽減に加えて、アルツハイマー病や認知症のリスクが軽減されることが明らかになっている。

このように、心身の脆弱性が高まる高齢期に、社会的交流が減少して自身の心身に好ましくない影響が出ていても、自分では気付いていない場合がある。

内田教授は「健康寿命延伸のためには早期から難聴対応が必要だと考える」とまとめた。

高齢者の健診で聴覚スクリーニングを
セミナーで座長を務めた東京逓信病院病院長/東大病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科名誉教授、山岨達也先生が「高齢者の健康診断で必ず聴覚のスクリーニングをすることで、難聴があると分かった時にはまず受診してもらう。必要があれば補聴器を使うことが高齢者の健康サポートになり、認知症が減るということが重要だ。今後、高齢者の就業・労働力確保が必要となるなかで、難聴予防は極めて重要な問題だと思う」と総括。セミナーを主催した難聴対策推進議員連盟幹事長の大塚拓 衆議院議員は「本日、教えていただいたいろいろな研究の結果を生かし、さらなる政策展開を進めていきたい」と応じた。

リンク先はMedical Noteというサイトの記事になります。
Back to blog

Leave a comment