五木寛之:作家
2025.6.9 7:00
作家・五木寛之氏は聴力の衰えは「ボケ」を招く要因になる、と指摘する。より良く「ボケ」るために必要な心構えとサポートアイテムとは。※本稿は、五木寛之『遊行期 オレたちはどうボケるか』(朝日新聞出版社)の一部を抜粋・編集したものです。
衰えるとボケにつながる4つの力
補聴器を使って知的活動を活発に
ボケには、次の4つの「衰え」が密接に関係していると思います。

佐藤愛子氏 Photo:JIJI
1、聴力の衰え
2、視力の衰え
3、咀嚼力の衰え
4、歩行力の衰え
ジャーナリストの田原総一朗さんが著書『堂々と老いる』(毎日新聞出版、2021年)の中で、補聴器の話をしています。
田原さんは、じつは私の後輩です。単なる早稲田大学の後輩だけではない。私は若い頃、東京の練馬にあった業界紙の集配をやるオフィスに住み込みで働いていました。
部屋代を払わなくてすむのが住み込みの魅力です。その代わり、朝の4時に起きて働くという大変な仕事。きつくて1年ほどで辞めたのですが、私の後に入ったのが田原さんでした。
田原さんは、君の前にいた人はこういう人だよ、と社長から聞いていたそうです。後年、「僕は五木さんの後輩です、大学のじゃなくて…」と自己紹介されて驚きました。
それはともかく、田原さんは著書の中で「補聴器をつけるようになって、ずいぶん自分の知的活動が活発になった」と語っています。
田原さんによれば、補聴器は買ってきて耳に入れたらすむというものではありません。専門の医師の診断を受け、聴力の度合いに応じていちばん適切な補聴器を選び、それを使いこなすトレーニングをする必要がある。
専門医の指導で行うトレーニングには、ひょっとすると3カ月くらいかかるそうです。ただそれをちゃんと行うと、本当に自在に使いこなせるようになるらしい。田原さんは、補聴器を使うようになってずいぶん楽になったと言っていました。
トレーニングで視力・聴力を維持
不都合にはあらゆる方法で対応を
作家の佐藤愛子さんと3年ほど前、月刊誌『婦人公論』で「記憶の扉を開けてみると」というテーマで対談したときのこと。
佐藤さんは当時、97歳です。対談中、受け答えのタイミングがまったくずれず、とてもテンポよく、打てば響くように会話ができてとても感心したんですね。
そう伝えると、耳元の髪をちょっとかき上げて、隠れていた補聴器を見せて「これが役に立っているんですよ」と。佐藤さんも補聴器でずいぶん苦労なさったそうです。いろんな国産品を使ってみたけれども駄目で、結局、今の海外ブランドの高額のものにたどり着いた。「やっとこれで普通に会話できるようになりました」と笑っておられました。
つまり、佐藤さんの打てば響くような会話力は、さんざん苦労してたどり着いた自分に合っている補聴器が支えているわけです。
聴力が衰えてきても補聴器を活用したら、田原さん、佐藤さんのように知的活動を永続させることができるのではないでしょうか。ただし、できるだけいい補聴器をつけて訓練して使いこなすことが大事なのです。
ありがたいことに私は、まだ聴力の衰えを感じていません。
私の場合、かつてレコード会社で働いていたこともあるし、音楽の仕事に携わる機会が多かったので、耳をすごく大切にする癖がついているんですね。耳が悪いと音楽の仕事はできません。
音楽の仕事では音感と同時に聴力がものすごく大事で、さまざまな訓練法があります。それを私なりにアレンジして、若い頃に聴力を保護する訓練メニューを作った。要は鼓膜の弾力性を失わないためのトレーニングですが、今でも毎日、朝タ2回、ずっと続けています。
また、活字を読むことやしゃべることも私の仕事ですから、視力や発声力を保護するトレーニングもしています。最近、何年ぶりかに歯の大修理をやっています。おかげで滑舌がひどくそこなわれて苦労しています。
もし不都合を感じてきたら、補聴器に限らず、いろんな道具の力を借りて仕事を続けていくつもりです。たとえば視力がさらに衰えたら、いい眼鏡や拡大鏡を使う。新聞とか本とか、活字が読めなくなったら困りますからね。
聴力低下により会話力も衰える
会話を減らさない工夫とは?
聴力が衰えると、おしゃべりする場を嫌うようになって、どんどん会話力も落ちてきます。
いちいち「え?なんだって?」と、耳に手を当てて聞き返していると会話がスムーズに進まない。そうなると、いわゆる自己嫌悪におちいって、自分から会話の機会を遠ざけてしまうのです。
かといって。高齢者の人たちの集まりにありがちですが、ときどき相手のしゃべっていることが聞こえなくなるにもかかわらず、わかったふりをして相槌を打ったりするのもよくない。人の話をちゃんと聞いて話す、という会話力はものすごく大事です。
そういう意味でも、聴力の衰えをカバーする補聴器は、高齢者の人たちにとって必需品の1つと言えるでしょう。
毎日新聞(2023年6月23日付朝刊)の投稿欄「仲畑流万能川柳」にこんな一句が載っていました。
食事中人間だけが談笑す(久喜 宮本佳則)
人間と他の動物を区別する事柄はたくさんあるでしょうが、この川柳を目にして、私がすぐ思いついたのは葬礼、死者を弔う行為。しかし調べてみると、チンパンジーにもそういう習性があるらしい。
食事をしながら話をする。あるいは話をしながら食事をするのは人間だけ。言われてみるとなるほどで、なかなか鋭いところをついている句だと感心しました。
確かに、たとえば犬とか猫の親子に餌をいっぺんに与えると、とにかく各々がガツガツ食べている。ぜんぜん相手のことを考えず、押しのけるようにして黙々と食べるだけです。
人間の場合、「今度、一緒に食事でもしませんか」と誘うのは、基本的には「ちょっとお話をしましょうよ」という意味なんですね。犬猫のようにモノを食べるだけにはなりません。
飲食しつつ会話するというのは、人間と他の動物との区別の1つであると同時に、すごく大事な行動だと思います。
漬物を噛む音で睨まれる永平寺
同じ禅宗でも異なる食事のマナー
作家デビューして間もない頃、月刊誌『文藝春秋』の仕事で、福井県にある曹洞宗の大本山・永平寺に入門してほんの短い期間、禅修行の真似ごとをした経験があります。
曹洞宗の宗祖・道元が開いた永平寺の修行の厳しさは有名です。さまざまな厄介な決まりがたくさんあって、その中で私がいちばん辛かったのは「食事中、一言も声を発してはいけない」という禁止事項でした。
食堂では、食事の前に「五観の偈(げ)」を唱えます。
一つには功の多少を計り 彼の来処を量る
二つには己が徳行の 全欠を忖って供に応ず
三つには心を防ぎ過を離るることは 食等を宗とす
四つには正に良薬を事とするは 形枯を療ぜんが為なり
五つには成道の為の故に 今此の食を受く
みんなで唱え終わったら食事。最初、たくあんをパリッと噛んだだけで指導役のお坊さんにぐっとにらまれました。とにかく音を立てちゃいけない。もちろん、食事中に言葉を発しちゃいけない。これがすごく大変でした。そういう記憶があるものですから、「なるほど、禅宗というのは厳しいもんだな」と、ずっと思っていたのです。
しかしそのあと、中国広東省にある南宗禅の発祥の地・南華寺を訪ねて、禅宗の印象が変わりました。南宗禅は道元の禅のルーツと言われています。南華寺には南宗禅の祖・慧能(えのう)のミイラも祀られています。
南華寺の食堂では、僧たちがわりとしゃべりながら、がやがやと食べていました。禅堂では、みんなうちわのようなものを持って、あおぎながら坐禅を組んでいた。
それで鐘が鳴ると、僧たちはしゃべりながら、それぞれ勝手に禅堂を出ていく。
「日本の禅寺では食事の前に偈というものを唱えるんですが、ここはやらないんですか」と尋ねたら、気楽な調子で「いや、こころの中で唱えていますから」と。
同じ禅宗でもこんなに違うのかと、ちょっとびっくりしました。
そのあと、京都にある黄檗宗(おうばくしゅう)の大本山・萬福寺に行ったときにも驚きがありました。ここは江戸時代初めに来日した中国人僧、隠元が開いた禅寺です。
取材が終わったあと、お寺の名物の「普茶(ふちゃ)料理」を出してくれて、若い修行僧も交えた偉いお坊さんとの食事会になりました。それで食事の前に「永平寺では声を発してはいけないと言われたり、いろいろ大変でした。ですから、このお寺の食事のマナーを最初にうかがっておきます」と伝えました。そうしたら「和気あいあいです、もう自由にやってください」と。
永平寺との違いに驚くと同時に「和気あいあい」というのがすごく気に入って、以来、萬福寺のファンになりました。
「孤食」がもたらす悪影響を
回避するための理想の食事
さて近年、食事をするときに1人で食べる「孤食」が問題視されています。子どもの健康面や精神面への悪影響だけでなく、孤食はボケの原因の1つとも言われています。
やはり、歓談しつつものを食べる、というのが人間の理想でしょう。だから、みんな無意識のうちに、できるだけ1人で黙々とものを食べないようにしているのではないでしょうか。
家にいるときには家族そろって食卓を囲み、一家団らんの中で食事をする。あるいは、会社にいるサラリーマンが「帰りに一杯どうだい?」と同僚を誘って、上司の悪口を言い合ったりしながら飲んだり食べたりする。みんな無意識のうちに孤食を避けているのだと思います。

『遊行期 オレたちはどうボケるか』(朝日新聞出版社)五木寛之 著
しかし、昭和の戦時中に育った私たちの世代は、学校で「男は、『はい』と『いいえ』しか言うな」というような教練を受けました。たとえば、教室でぺちゃくちやしゃべりながら弁当を食べていると、先生から大目玉を食らった。だから私たちの世代は、ともすると食べるときに一言も声を発しない。早めし、早ぐそ芸のうち、男は黙ってサッポロビール。そんなふうになりがちです。
孤食になる傾向がある人は、意識的に孤食を避けるようにしたほうがいいと思います。
私も外食するときには必ず誰かを誘うようにしています。無理やりにでも来てもらって、一緒にしゃべりながら食事をする。ただ私の場合、このことを年をとってからボケ予防のために始めたわけではありません。学生の頃からの単なる習慣なんですが。
リンク先はDIAMOND onlineというサイトの記事になります。